最後の一騎打ち
「……終わった?」
「──うん。終わったよ」
流転との戦いから数分後。
璃空は、重たい身体を引きずって、灯里が戦っていた場所までたどり着いた。
彼女もまた、傷だらけの身体を休めるように、近くの建物の屋上に腰かけていた。
「あとは撤退するだけだね」
「……まあね」
灯里の言葉に、璃空は歯切れ悪く答えた。
その反応に首を傾げる灯里だったが、何を隠しているのか問い詰める前に、二人を呼ぶ声が聞こえた。
「璃空―! 灯里―!」
「あ、この声……! 悠乃!!」
璃空と灯里は、声のする方に顔を向ける。
そこには、ボロボロになりながらもどうにか歩く水宮悠乃の姿があった。
彼女の隣には、熊に背負われた少年もいた。
「……横のやつ、誰だ?」
「あー。ガハットくんだよ。この街の生き残りで、私のこと助けてくれたの」
「そっか。じゃあ、後でお礼言わないとね」
意識を失い、眠り続けるガハットを見た二人は、その傷の深さから、本当に悠乃を命懸けで助けてくれたのだと理解する。
「お、いたいた。おーい!」
そして、璃空たちの元に、甘音と鏡夜も合流する。
「甘音さんに、鏡夜か。……って、その女誰だ?」
璃空は、鏡夜が背負う女性を指差し、首を傾げる。
悠乃と同じく、現地の協力者だろうか。
「……まあ、こいつの説明は戻ってからするよ」
そんな璃空の疑問に、鏡夜は答えず不自然にはぐらかした。
問い詰めたい気持ちは山々だったが、今はとにかくこの場を脱出する方が先決だった。
「……悠乃。この街からの脱出、任せてもいいか?」
「え、うん。出来るけど……」
「悪いな、頼んだ」
璃空は、悠乃の頭を撫で、全員に背を向けた。
「え、ちょ……ちょっと待って……! 鳴神くんは、どうするの……? その言い方だとまるで……」
「ブラックアリスたちに、戦いが終わったこと知らせないといけないからな。……それに、あのバカだけは、きっとどんな傷を負っても向かってくるだろうしな」
自分一人だけで、この戦場に残ろうとする璃空の腕を掴む灯里。
振り向いた璃空は、優しく、諦めたような笑顔を彼女に向けた。
「……だったら、約束して」
璃空の覚悟を決めた表情に、説得することを諦めた灯里。
その代わり、璃空に向けて小指を向ける。
「絶対に、生きて帰ってきて。……まだ、話したりないことがいっぱいあるんだから」
「──ああ、約束するよ。君の元に、絶対に生きて帰ってくるって」
璃空は、灯里に小指に、自分の小指を重ねた。
そして、再び全員に背を向けると、雷と氷の翼を生やし、最後の戦場へと飛び立っていった。
◇
ブラックアリスたちの元に降り立った璃空。
「終わったのかしら?」
「ああ。もう全員撤退してる。二人も撤退してくれ」
璃空が何かを言う前に、その表情を見て、戦いが終わったことを悟る。
「ええ、分かったわ。迎えは必要?」
「……できれば頼みたいけど、まあ、状況次第ってとこかな。玖遠さんたちのことを優先してくれ」
「本当に、馬鹿な男ね。でも、嫌いじゃないわ」
「悪いが、もう心に決めた人がいるんだ」
「知ってるわよ。死なないように、死ぬ気で足掻きなさい」
「──了解」
短いやり取りを終えると、ブラックアリスは、意識を失った杏沙を抱きかかえ、その場から姿を消した。
「まさか、君一人で僕と戦うつもりかい?」
「そう言う割には、随分あっさりと二人を見逃してくれたな」
静かに二人のやり取りを見つめていた輝夜が、ようやく重たい口を開いた。
「彼女と本気でやり合えば、僕も無事では済まないからね。……そうなってしまっては、沙織を守ることも難しい」
「……お前、何か勘違いしてないか?」
「勘違い……?」
璃空は、輝夜の言葉を鼻で笑い、一蹴する。
「ムカつくから、あいつのことなんか理解したくないけどな……。でも、あいつのことを誰よりも一番近くで見てたはずのお前が、あいつの強さを理解していないことが、一番ムカつくんだよ…‥!!」
全てを凍てつかせる雷撃の刃が、璃空の翼から放たれると同時に、最高速で駆け出した。
そんな分かりやすい攻撃を輝夜が許すはずもなく、彼は霊装を抜き放ち、その攻撃を相殺しようとする。
「──!? 霊装が、起動しない……!?」
しかし、輝夜の霊装は、どういうわけか何の効力も発揮しなかった。
一体、誰の仕業なのか。
そんなことを考えている余裕は、輝夜にはなかった。
弾丸のように、一直線に駆け抜けてくる璃空と、追随する氷雷の刃。
輝夜は、瞬時に、璃空の刃を受け流すことを選択する。
だが、反応の遅れた輝夜の刃が、雷撃の速度で振るわれた璃空の刃に追いつくはずもなかった。
璃空の刃が、輝夜の喉元に迫る。
死を覚悟した輝夜は、不可思議な光景を見た気がした。
普通、命懸けの戦いの際に、敵から目を離す者はいないだろう。
だというのに、璃空は、輝夜ではなく、自身の背後に視線を向けていた。
彼の後ろには、何があるのだろうか。
それを直接見ることは出来なかったが、輝夜は、その正体にすぐに気が付くことになる。
璃空の刃が、輝夜を切り裂こうとしたその瞬間、二人の間に境界線を引くように、炎の壁が出現する。
その壁は、璃空の放った刃も全て燃やし尽くした。
「この炎……まさか…‥!」
「さっき、守れないとか何とか言ってたけど、あいつはそんなに弱くない。あいつが誰のために戦ってたのか、お前が知らないわけないだろ」
璃空は、炎の壁に背を向けて、自分の背後に立っているであろう彼女に振り返った。
「……鳴神ごときが、知った風な口、聞かないでもらっていい?」
そこには、血塗れでもなお立ち上がる、篠宮沙織の姿があった。
「沙織……!! 今すぐに、この壁を解除するんだ!! そんな傷では──」
「……私は、大丈夫です。天霊になってしまったせいか、少しだけ傷の治りがいいんです」
「……!? 沙織が、天霊に……」
炎の壁越しに、沙織は、自身が既に人間ではなくなってしまったことを告白する。
その言葉に、輝夜は酷く動揺した。
「ですから、私の戻る場所は、もうどこにもありません。……きっと、あなたは私よりも、英雄という役目を取らざるを得ないから。だから、あなたとはここでお別れです。あなたに、そんな重荷は背負わせたくない」
それは天霊になった親友を殺すことで、痛みを知った彼女だから言える言葉だった。
同時に、天霊になったとはいえ、沙織が親友を殺すことを止められなかった彼に、沙織を守ることなど出来ないと、彼女は断言した。
「そんなことは……僕は、ただ──」
「──さようなら、輝夜。私を救ってくれた、私だけの愛しの英雄」
「沙織──」
その時、沙織がどんな表情でその言葉を発したのか、輝夜には知る由もなかった。
ただ、その言葉と共に放たれた爆炎が、軽々と輝夜の身体の身体を街の外まで吹き飛ばし、彼の意識を容易く刈り取った。
「……それで、そんなに愛してるあいつを突き放してまで、ここに残った理由は何だよ?」
二人のやり取りを静観していた璃空は、視線を戻した沙織に尋ねた。
「決まってるでしょ。天霊になったとはいえ、私はOrpheus第零番隊所属。危険な天霊になったあんたを、放っておけるわけないでしょ」
「嘘つけ。それは理由の一部でしかないだろ」
「ふん。言わなくても分かってるくせに」
完全に霊力の尽きた沙織は、拳を構え戦闘態勢に入る。
「さっき、輝夜に話してたことは本当。あんたを放っておけるわけないってことも本当。……でも、ここに立ってる本当の理由は、たった一つ。──あんたと、ちゃんと決着をつけたい」
「だろうな。……俺も同じだよ。みんなを撤退させるために、ここに来たのは本当のことだ。でも、こうなるってことを分かってて、みんなには黙ってた」
同じく霊力が尽きた璃空も、拳を構える。
「お前との決着に、外野は必要ない。いつだって、俺とお前の喧嘩は、二人きりの時だったもんな」
「今回は、引き分けなんてないから」
「ああ。決着つけようぜ。……俺とお前の、後悔ってやつにさ」
璃空は、沙織があえて言わなかったことを、口にする。
沙織が本当に決着をつけたいもの。
それは、親友の花梨を殺してしまったことに対する負い目や後悔なのだろうと、璃空は確信していた。
そして、そんなやり場のない思いをぶつけることが出来るのは、おかしな話だが、あの一件で深く傷ついたであろう、璃空だけだった。
彼女を殺すことしかできなかった沙織。
彼女を守ることが出来なかった璃空。
天霊都市で再会したときには、立場も実力も違ったことで、二人はきちんとぶつかることが出来なかった。
──でも、今は違う。
ここにいるのは、二人の天霊。
その日、救うことが出来なかった少女と同じ天霊になったのだ。
璃空と沙織は、ゆっくりと歩み寄る。
そして、強く踏み込むと同時に、いくつもの思いを乗せて、二人は拳を振るうのだった。




