白蓮鏡夜
白蓮鏡夜の両親は、彼が物心ついた頃には他界していた。
彼に残された唯一の肉親は、妹の鏡華だけであった。
それ以外にもいることに入るが、鏡夜は彼らと同じ一族でいたいとは思わなかった。
理由は至極単純で、白蓮という家は『天霊至上主義』の家だった。
天霊でないものに、生きる権利はない。
そんな一族の人間でいることが、鏡夜には嫌悪感があった。
しかし、幼い二人が生きていくために、彼らの援助を受けるしかないことも分かっていた。
「──鏡華。大きくなったら、ここを出て、二人で一緒に暮らそう」
「……うん! 二人で一緒に暮らす!!」
幼い二人は、いつかこの家から抜け出そうと約束を交わした。
──その約束は、思わぬ形で叶えられることとなる。
それは、鏡夜が小学生の時の話である。
家に帰ってきた鏡夜は、違和感を感じる。
「うっ……何だ、これ……」
敷地を跨いだ瞬間に、吐き気がするほどの強力な霊力が鏡夜を襲う。
気持ち悪さを堪えながら、玄関を開ける。
「ただいま……」
呻くように零した声。
いつもはその声に反応して、鏡華が一目散に出迎えてくれる。
「……鏡華? いないのか……」
だが、いつまで経っても、鏡華が現れることはなかった。
帰ってきていないのかと考えたが、靴はあるし、部屋に荷物も置かれていた。
「鏡華……!! どこにいるんだ、鏡華!!」
屋敷中を見て回るが、鏡華はどこにもいない。
「──探し物か、鏡夜?」
「っ!! 白蓮、鏡迅……!!」
そんな鏡夜の背後に、亡霊のような風が吹く。
そこに立っていたのは、鏡夜たちの祖父にして、白蓮家当主・白蓮鏡迅だった。
祖父とは思えない外見や、彼の持つ思想の全てに至るまでが、嫌悪の対象だった。
「鏡華はどこだ……!!」
「そんなに怒るな。今すぐに会わせてやろう」
鏡迅は、屋敷の奥へと歩いていく。
その背中を睨みつけながら、鏡夜も後ろをついていく。
当主にのみ立ち入りを許された部屋を抜けた先。
小さく長い階段を下りた鏡夜の視界に映ったのは、白蓮家の人間たち。
そして、それらに崇め奉られるように、鏡華が磔にされた状態で眠っていた。
「な、んだよ……これ……」
「何だ、も何もない。鏡華は、真に白蓮家の人間へと生まれ変わったのだ」
鏡迅の言葉に、集っていた白蓮の人間は歓声を上げ、拍手をする。
気持ちの悪い声と音が反響し、おぞましくうねった霊力の中に鏡夜の意識は溺れていく。
その耳に、悍ましい歓声は聞こえない。
その眼に、醜い人間たちは映らない。
聞こえる声は、鏡華の弱弱しい呼吸だけ。
見えるのは、髪の色が翡翠色に変わり、身体中に翡翠色の紋様が浮かび上がった妹の姿だけ。
「感謝しろ、鏡夜。お前の妹を天霊にするために、我々の霊力を分けてやったのだ。まあ、過剰な投与と消費を繰り返させたから、しばらくは目を覚まさんだろうがな」
次はお前の番だとでも言うように、誰かが鏡夜の腕を掴もうとした。
「え……?」
その腕は、鏡夜の腕を掴む前に、地面に転がった。
鏡夜は、男が悲鳴を上げるよりも早く、男の首を落とす。
「なっ……! 血迷ったか、鏡夜!!」
その鏡夜の行動に驚いた別の人間が、鏡夜を取り押さえようとする。
「──死ね」
それよりも早く、鏡夜はその男ごと、周りの人間を風で切り裂いた。
「ほう。貴様ごときが、我ら白蓮家を相手取るつもりか?」
鏡迅は、鏡夜の行動を嘲笑う。
その声も、鏡夜には届かなかった。
彼の怒りを表すように吹き荒れる暴風。
殺意の風の中心で、鏡夜は、鏡迅ただ一人を睨みつけ、怒号を放つ。
「ぶっ殺してやる、白蓮鏡迅──!!」
「ふん。やつを殺せ」
動き出す鏡夜と白蓮家。
鏡夜は、向かってく敵を風で切り刻みながら、一目散に鏡華の元へと向かう。
磔にされていた鏡華を助け出し、彼女を抱きしめる。
「何もかもぶっ壊してやる!!」
彼女を取り戻した今、手加減をする必要はどこにもなかった。
自身の持てる霊力だけでなく、辺り一帯の霊子を無理矢理に全て取り込み、極大の暴風を発生させる。
それは、地下にいた全員を切り刻むだけではなく、白蓮の敷地全てを跡形もなく粉砕した。
「はぁ……はぁ……」
返り血を浴び、赤に染まった鏡夜は、限界を超えた力の行使に膝をつく。
「ふふふ。はははははははは! 思わぬ収穫、嬉しい誤算だぞ、鏡夜ぁ!!」
しかし、鏡夜の耳には、聞きたくもない、醜く悍ましい声が響き渡る。
「白蓮鏡迅……!! どこだ、どこにいる!!」
鏡迅の姿を探すが、既に霊力の反応はなく、声だけを風に乗せているのだと勘付く。
「──また、会おう。鏡夜」
「絶対に逃がさない……! 必ずお前を見つけ出して、殺してやる……!!」
もうこの場から消えた鏡迅に向かって叫ぶ鏡夜。
静けさに包まれた地下で、鏡夜は空を見上げて呟く。
「……逃げないと。ここから、早く、逃げるんだ」
力が入らない身体を無理矢理に動かし、天霊と化した一人の少年は、廃墟となった場所を後にした。
白蓮本家崩壊からしばらく経ったある日。
薄暗い廃墟で、鏡夜は一人の男と密会していた。
「──それで、本当に鏡華は助かるのか?」
「厳密にいえば、助かるとは違う。うちのメンバーの能力を使えば、天霊化を強引に押さえつけることが出来るってだけだ。あくまで応急処置でしかない」
男の名前は、三崎空理。
鏡夜の能力に目を付けた彼は、鏡夜をメンバーに引き入れようとしていた。
その条件として、鏡夜が提示したのは、当然、鏡華を救うことだけだった。
「……それでも構わない。鏡華を救えるなら何でもいい。頼む」
「それは、俺たちの仲間になるってことでいいんだな」
「ああ。俺のことは好きに使え。その代わり、鏡華に何かすれば、お前たちを殺す」
「好きにしろ、クソガキ。行くぞ」
拠点に辿り着いた鏡夜は、筒乃守深雪と引き合わされる。
彼女の能力を利用し、鏡夜と鏡華の霊力を繋げ、鏡夜の霊力で、強引に強化の霊力を抑え込む。
それが、鏡華を一時的に救う方法だった。
自分の力の一部を封じられるという代償があると言われたが、鏡夜にとって、そんなものは代償にもならなかった。
こうして、鏡夜はゾディアックに加入することとなった。
鏡華を救う方法を探し、鏡迅をその手で殺すために。
◇
「あれ? もう終わり?」
動かなくなった鏡夜に、ルクスリアは残念そうな表情を浮かべる。
「……まあいいや。それなら、ここで終わっちゃいなよ」
彼女はつまらなそうに、空を弾いた。
大気の弾丸に弾き飛ばされた鏡夜は、建物から落とされた。
このままでは、自分の生み出した風の洞へと真っ逆さまに落ちてしまう。
「──っ!」
しかし、すんでのところで意識を取り戻した鏡夜は、風を巻き起こすことで、無理矢理に別の建物の上に転がった。
「何だ。生きてたなら言ってよ。死んだかと思った」
「そ、んな……簡単に、死ねる、かよ……!」
ごぼっと血反吐を吐きながら、風の糸で自分の身体を無理矢理に起こす。
「威勢や虚勢も結構だけれど、そんな状態で何が出来るの?」
「──お前を倒すことが出来る」
傷だらけの鏡夜は、彼女の冷たい言葉を叩き伏せる。
ゆっくりと立ち上がる鏡夜の周りに、風が吹き荒れる。
まるで、鏡夜に呼ばれているように。
「……へぇ。ここからが本気ってわけだ」
ルクスリアは、髪の一部が翡翠色に染まり、風を纏う鏡夜の様子を見て、ニヤリと笑う。
「ああ。俺の全力をもって、お前を殺すぜ。アンスリウム・ルクスリア……!!」




