天霊都市最終戦Ⅱ
天霊都市の建物から建物へと飛び移る影が一つ。
荒れ狂う風を纏いながら、白蓮鏡夜は敵から距離を取り、体勢を立て直す。
「くそっ! 次から次へと……!!」
弱音をこぼす鏡夜を仕留めようと、複数の天霊たちが、彼のいる建物に向かってくる。
それを風の刃で切り裂き、遠くの建物にいる敵を睨んだ。
「随分遠くまで行っちゃったけど、さっきまでの威勢はどうしたの?」
セブンスの色欲、ルクスリアは屋上の淵に座り、つまらなさそうに鏡夜の奮闘を見つめていた。
戦いが始まってから、彼女はその場から一歩も動いていない。
彼女は鏡夜を殺せと自身の駒に命じただけ。
たったそれだけで、鏡夜はルクスリアに圧倒されていた。
しかし、それも長くは続かないだろうと鏡夜は考えていた。
彼女の能力は、他人を操るものだろう。
どういう条件が必要なのかは分からなかったが、現在の彼女の駒は、天霊都市の住人達であることは容易に想像できた。
その状態では、ルクスリアの元に辿り着く前に殺されるのは目に見えていた。
加えて、彼女はやろうと思えば、いつでも鏡夜のことも操ることができる。
そうなった時に、雑兵がいるのといないのとでは大きく違ってくる。
そのために、鏡夜は逃げ回りながら、彼女の駒を確実に削っていった。
もはや、彼女を守る兵という盾はないも同然。
仕掛けるならここだと考えた鏡夜は、勝負に出る。
「檻穽風洞!!」
周りに味方がいないことを確認し、自分とルクスリアを隔離するように、触れたもの全てを切り刻む風の檻を作り上げる。
そして、間髪入れずに、次の行動に移る。
風の矢を何発か打ち出し、近くの建物を粉砕する。
建物の破片や砂埃が、風に巻き上げられる。
「退路を断つ。視界を塞ぐ。なら、次にやることは──」
ルクスリアはゆっくりと立ち上がり、背後に向けて銃を構える。
「奇襲、でしょ?」
「──ああ、正解だ」
そこには、風の爪を今にも振り下ろそうとする鏡夜が立っていた。
「でも、残念。君はそこから動けない」
「……っ!?」
しかし、それよりも早く、彼女の言葉が鏡夜の身体を支配した。
指先は愚か、血管や細胞、鏡夜を構成する何もかもが動かせなかった。
「君は、どこにいたって私の掌の上だって気が付かなかった? 君に能力をかけなかったのは私の気まぐれだって、1ミリも疑わなかったの?」
彼女は、動けない鏡夜の身体に優しく触れ、静かに囁く。
「まあ、君のその悔しそうな顔が見れたから、私の顔を傷つけようとした無礼は許してあげる」
そう言いながら、ルクスリアは鏡夜の眉間に銃口を突きつける。
「何か言い残すことがあるなら、聞いてあげるけど?」
「……お前の言ったことぐらい考えてたさ。お前こそ、俺が無策でここまで近づいてきたなんて、思ってるわけじゃないよな?」
「威勢がいいのは結構だけれど、今のあなたに何が出来るの?」
「確かに、今の俺には何もできないな。口を動かすので精一杯だ。──でも、それで十分」
何かを企んでいる鏡夜の表情に、ルクスリアは早く目の前の男を殺さなければと、引き金を引こうとする。
「遅い。──風洞開門!」
それよりも早く、鏡夜が口を開いた。
その瞬間、建物が大きく傾き、彼女は体勢を崩す。
「っ!? 何……!?」
何が起きたのか理解できない彼女は、周囲を確認する。
すると、彼女の眼下に、全てを粉砕し、呑み込もうとする風の洞があった。
さっさと別の建物に乗り移ろうとする彼女の身体に、強烈な蹴りが炸裂する。
肺の中の空気を吐き出しながら、上を見上げた彼女の目に映ったもの。
それは、風の騎士が吊るす糸に括りつけられた人形のような鏡夜だった。
身体を動かせないのであれば、外部から無理矢理に動かせばいい。
そう考えた鏡夜は、彼女に近づく前に風の糸を身体に括りつけていた。
そして、操られた体を無理矢理動かして、彼女を攻撃した。
驚くルクスリアは、鏡夜に何かを言おうとしたが、その前に、彼女は風の洞に真っ逆さまに落ちていった。
その様子を見届けて、鏡夜は別の建物の上に飛び移り、崩れ落ちる。
動かない身体を無理矢理動かした反動か、身体が軋み、悲鳴を上げていた。
「はぁ……終わったぁ……」
戦いが終わったことに安堵し、肩の力を抜く鏡夜。
「……いや、まだ戦いは終わってない」
そう。あくまで終わったのは鏡夜の戦いである。
この街での戦いはまだ終わっていなかった。
「急いで甘音さんの手助けに行かないと」
一番近くで戦っているであろう甘音の手助けに行くため、風の檻を解除しようとする。
「……は?」
しかし、鏡夜が創り出したはずの風の檻は、鏡夜の意志に背くかのように外界との接触を断ち続けていた。
さらに、檻の中の全てを喰らいつくすように、風の洞がどんどん拡大していく。
「な、何が……」
「──どうやら、本当に君のことを過小評価しすぎていたみたいだね」
自分の能力が自分の意志に逆らう理解不能の状況。
そんな鏡夜を嘲笑うように、暗い穴の中から心の奥底にまで響く声が聞こえてきた。
「そして、君も私の能力を過小評価しすぎたみたいだね」
「う、そだろ……!?」
ただ呆然と、悪い意夢でも見ているのではないかと思う鏡夜に、全て現実だと突きつけるように彼女は姿を現した。
その姿は、鏡夜への嫌がらせのように、風の衣を纏い、鏡夜を遥か高みから見下ろしていた。
彼女は何も言わず、ただ静かに、鏡夜に向かって指を差した。
指先には、彼女の霊力が集められていく。
「ばーん」
そして、その一言と共に、霊力の弾丸が放たれた。
何が起こっているのかは理解できないが、彼女自身の強さが変わったようには思えなかった。
現に、放たれた霊力の弾丸も、鏡夜であれば、容易に防ぐことができるものであった。
風の障壁を展開し、彼女の攻撃を迎え撃とうとする鏡夜。
「っ! はぁ!?」
その瞬間、鏡夜の巻き起こす風が霧散し、弾丸が直進してくる。
驚愕しつつも、避けなければと身体が勝手に動く。
そんな鏡夜を逃すまいと弾丸は軌道を変え、その脚を抉り貫いた。
「ぐぁっ……!! な、めるなぁっ!!」
体勢を崩され、地面を転がりながらも、ルクスリアに向けて、風の弾丸を乱れ撃つ。
だが、その弾丸も彼女に届く前に霧散した。
「嘘、だろ……」
「現実だよ」
ルクスリアは、鏡夜を現実から逃すまいと、その場で手を叩いた。
次の瞬間、彼は周囲の大気に挟まれ、叩き潰された。
地面に倒れそうになる身体を、どうにか支える鏡夜。
そんな鏡夜で遊ぶように、ルクスリアは目の前の何もない空間を指で弾き続ける。
その動作に呼応するように弾かれた空気が、鏡夜の身体を打ちのめしていく。
何度も何度も、徹底的に鏡夜を攻撃し続けた。
弾かれ続ける身体はボロボロになり、もはや痛みも感じなかった。
他人を支配するだけのはずの彼女の能力で、どうしてここまで不可解な現象が引き起こされているのか。
彼女の能力の真価を理解できないまま、ついに鏡夜は地面に崩れ落ちた。
『──。──!』
薄れていく意識の中。
鏡夜は、泣きたくなるくらい懐かしい誰かの声を耳にした気がした。




