篝灯魔
篝灯魔は、いたって普通の少年だった。
特別な生まれでもなければ、特別な異能者でもない。
ただただ、どこにでもいる普通の少年だった。
だから、自分の周りで起きる事件もどこか他人事のようだった。
ずっと仲の良い幼馴染の郷月八恵と、いつまでも幸せな日々が続くと思っていた。
──あの日までは。
その日は、偶然にも八恵はおらず、灯魔一人で学校から帰っていた。
「──そこの君」
「……?」
そんな藤間を、一人の少年が呼び止めた。
最初は、勘違いかと思ったが、少年は間違いなく灯魔を呼び止めていた。
「……え? 俺?」
「ああ。君が、篝灯魔だね」
見ず知らずの少年は、何故か灯魔の名前を知っていた。
少し警戒しながらも、何か用件があるのならば、聞くだけ聞いてやろうと灯魔は考えた。
「……そうだけど。あんた、何者だ……?」
「確かにその警戒心は正しい。ようやく見つけたから、つい先走ってしまった」
少年は、懐から何か取り出し、灯魔に見せた。
「……はぁ??」
「Orpheus第零部隊所属、明星輝夜だ。君に、あることを聞きたい」
まさかの人物の登場に驚く灯魔。
しかし、そんな彼の驚きを気にもしていないのか、輝夜は話を続ける。
「まあいいけど、何を聞きたいんだよ」
「君の幼馴染、郷月八恵についてだ」
「は……?」
灯魔は嫌な予感がした。
何故、Orpheusの人間から、よりにもよって第零部隊の人間から、彼女の名前が口に出るのか。
「何で、あんたらがあいつの名前を知ってるんだよ……。それじゃあ……」
それではまるで、彼女が──。
「そうだ。彼女は天霊だ。僕は彼女を殺すためにここに来た」
輝夜は、灯魔が目を逸らそうとした現実を突きつける。
「ふざけんな!!! あいつが天霊……? そんなわけないだろ!!」
「君がそう言いたい気持ちはわかる。でも、全て事実だ。郷月八恵。及び、その両親に至るまで全員が天霊だ」
「それが何だよ!? あいつが何かしたわけじゃないだろ!!」
「ああ。でも、彼女が何かをするかもしれない。天霊は野放しにしていてはいけないんだ」
事実と現実だけを淡々と話す輝夜の胸倉を掴み、灯魔は叫ぶ。
昨日まで、自分の知らないところで起こる事件を他人事だと思っていた自分に吐き気がする。
何かした天霊を殺すならまだしも、何もしていない天霊を殺すことが、どれだけ歪んでいることか初めて理解した。
しかし、そんなことを今更理解しても遅かった。
二人の背後から、誰かがどこかに逃げ去る足音が聞こえてきた。
「聞かれてしまったか」
「っ!? まさか……!!」
灯魔は輝夜を無視し、遠ざかる足音を追いかけて走り出した。
どれくらい走っただろうか。
気が付けば、そこはいつも幼馴染の少女と共に遊んだ空き地だった。
そこには、後ろを向いた八恵が立っていた。
「や、八恵──」
「灯魔はさ、私のこと知ってたの?」
何を言えばいいのか分からず、彼女の名前を呼ぶ灯魔の言葉を八恵が遮る。
「知らなかったよ……知ってるわけないだろ……!?」
「……そっか、よかった。灯魔がOrpheusに密告してたんだったら、私は本当に世界を呪ってた」
「な、何を言って……」
「……でも、私の正体を知られたからには生かしておけない。ここで死んで……!!」
「……え?」
振り向いた彼女の右腕は鏡になっていた。
そして、灯魔を取り囲むように、無数の鏡が浮遊していた。
「──さようなら、灯魔」
その言葉と共に、八恵は目の前の鏡に向かって、いくつもの魔力の弾丸を放った。
魔力の弾丸は、鏡の中に消えたと同時に、灯魔を取り囲む鏡から同時に発射される。
「なっ!?」
灯魔は咄嗟に能力を使用し、障壁で弾丸を防ぐ。
「無駄だよ。灯魔の能力の弱点は分かってる。障壁を同時に二か所展開することは出来ない……でしょ?」
八恵は彼の背後、障壁の内側に鏡を創り出し、魔力砲を叩きつける。
「ごふっ……」
そのまま、内側から障壁を叩き壊し、灯魔は弾丸の雨にさらされる。
「がぁぁぁぁぁ!!」
急いで障壁を展開し直すが、同じことの繰り返し。
「頼む……話を聞いてくれ……!! 俺は、お前を……」
ボロボロになっていく灯魔は、血反吐を吐きながら叫ぶ。
灯魔は八恵を救いたいと思っていた。
今すぐここから逃げ出して、誰も知らない場所に逃げ出そう。
そう言いたかった。
「人間なんていう虫の話を聞く気なんてないよ。私は天霊。人間と天霊では、立ってるステージが違うの。身の程を知れ!!」
しかし、無情にも八恵はその言葉を切り捨てた。
人間と天霊は違う生き物だとそう叫びながら、灯魔を徹底的に打ちのめしていく。
「な、んで……」
灯魔の呟きも虚しく、彼はボロボロになって地面に崩れ落ちた。
動けない灯魔に、八恵はゆっくりと近づいていく。
「──」
彼女は、何かを言おうとした口をつぐみ、懐から取り出したナイフを、灯魔の心臓目掛けて振り下ろそうとする。
「っ!!」
そんな彼女を貫くように、灼熱の炎を纏った矢が飛来する。
八恵は鏡を展開し、矢を受け流すが、風の塊が彼女の身体を吹き飛ばした。
地面を転がる八恵が顔を上げると、灯魔の前に一人の男が立ちはだかった。
「どうやら、間に合ったみたいだね」
「お、まえ……」
そこにいたのは、武器を構える輝夜だった。
「これで分かっただろう? 人と天霊は分かり合えないと。あとは僕が請け負おう」
「……ふふふ。あはははは!! そうだよ、灯魔。そこの彼の言う通り。人と天霊は分かり合えない! だから、私はあなたたちを殺す!!」
怒りと共に、無数の鏡の檻を展開する八恵。
しかし、彼女が攻撃を放つよりも前に、輝夜は手に持っていた武器の形状を変え、蒼き炎を纏う刀を一振りする。
放たれた炎は、瞬く間に周囲を焼き尽くしていく。
炎に視界を塞がれ、次の一手を打てなくなった八恵。
だが、ここで攻めの姿勢を崩せば、間違いなく殺されると考え、攻撃を続けようとする。
「……は?」
そう考えた八恵は、いつの間にか宙を舞っていた。
何が起きたのか、理解する時間はなかった。
「っ!!!」
いつの間にか目の前に現れていた輝夜。
急いで鏡の盾を展開しようとするが、それよりも早く、大地を纏った輝夜の拳が、八恵の腹部に重たい一撃を加えた。
隆起した大地に叩きつけられた八恵。
「あ……ぐぁ……」
身体中の骨が砕け、身体を動かすことなど出来なかった。
そんな彼女にとどめを差すべく、輝夜は近づいてきた。
「これで終わりだ。さようなら、天霊」
そう言いながら、無慈悲に霊装を振り下ろす輝夜。
「──」
しかし、それが八恵に届くことはなかった。
その刃は、彼女を守る障壁に阻まれていた。
「ふ、ざけんな……勝手なこと、してんじゃねえ……!!」
倒れていたはずの灯魔は、輝夜の肩を掴み、振り返らせると、思いきりその顔面を殴った。
そしてそのまま、ゆっくりと輝夜の持っていた霊装を奪い取る。
「よすんだ……! その霊装は僕以外では……」
「黙ってろ」
輝夜の言葉通り、霊装は灯魔を拒絶するように、彼の霊力を吸い取っていく。
ただ、そんなことは今の灯魔にはどうでもよかった。
「……八恵」
「……な、に?」
息も絶え絶えに返事をする八恵。
「どうしても分かり合えないのか……? 俺は、お前を救いたいだけなのに……」
「えへへ……。さっきも、言ったでしょ? 人間と天霊じゃ生きている世界が違う。永遠に分かり合えないよ」
そう言って、八恵は辛うじて動く指を彼の方に向け、魔力弾を撃った。
それは、彼の障壁に阻まれ、届くことはなかった。
彼女の想いは、永遠に灯魔に届くことはなかった。
灯魔は涙を流しながら、笑顔を浮かべる八恵の心臓に霊装を突き刺したのだった。
地面に崩れ落ちる灯魔と、その様子を静かに見守る輝夜。
そんな時間がどれくらい続いただろうか。
灯魔が口を開く。
「……なあ」
「何だい?」
「八恵はこれからどうなるんだ?」
「……天霊の死体は、霊装に創り変えられる」
「……そうか」
灯魔は立ち上がり、輝夜の霊装の切っ先を、彼の喉元に突きつけた。
「だったら、俺をOrpheusに入れろ! 八恵は俺のものだ。誰にも渡さねえ。呑めないって言うんなら、ここでお前を殺す……!!」
その殺意と覚悟は、疑うまでもなく本物だった。
「……ああ。分かった。必ず君に彼女を返そう」
彼は、その言葉通り、灯魔をOrpheusに入隊させ、八恵だった霊装を手渡した。
Orpheusに入隊した彼の最初の仕事は、八恵の両親の討伐だった。
彼らは天霊であり、八恵の考えを歪ませた張本人たちだった。
殺される直前、二人は何かを言っていたが、灯魔は何も聞かずに、二人を殺した。
──人間と天霊じゃ生きている世界が違う。永遠に分かり合えないよ
「……ああ、そうだな。分かり合えないし、分かり合いたくもない」
不意に、彼女の声が聞こえた気がした灯魔は、吐き捨てるように、そう呟いた。
それが、篝灯魔という男の全てである。
◇
「な、んで……」
突然、自ら死を選んだ灯魔。
その選択に理解が追い付かない悠乃は、掠れた声で呟くことしかできなかった。
「言っただろ……? 覚悟が揺らいじまったってな。それじゃあ、今まで奪ってきた命を侮辱することになる。だから、俺が死ぬときは、俺の覚悟が揺らいだ時だって、決めてたんだよ」
呆然とする悠乃に、血を流しながら灯魔は空を見上げる。
「本当に……余計なこと思い出させてくれやがって……」
悠乃は、急いで灯魔の元に駆け寄るが、彼の命の篝火が消えかけていることは明らかだった。
死に近づく灯魔の目には、ひび割れた赤い空が映る。
もうまともに見えない視界の中に映り込む悠乃が、灯魔がかつて分かり合いたかった少女に重なって見える。
「──ああ、そうか。俺は……あいつと分かり合うのを諦めたことを、ずっと後悔してたのか」
今更後悔しても遅いことは分かっていた。
だから、向こうに行ったら、精一杯謝ろう。
許してもらえるまで謝り続けよう。
──今度こそ、諦めずに。
「……大丈夫。きっと分かり合えるよ」
悠乃は、動かなくなった灯魔の手を握り、祈るように呟いた。
そして、落ちていた霊装の欠片を拾い、それをポケットにしまった。
人と天霊は分かり合えることを一番近くで見ていてもらうために。
こうして、天霊都市での戦いの一つが終わりを迎えたのだった。




