天霊都市最終戦Ⅰ
天霊都市の一角。
身体がひび割れたかのように光を放つガハットと青い髪の悠乃が生み出した斬脚蟹が同時に攻撃を繰り出す。
その攻撃を、篝灯魔は鏡のような太刀と生み出した鏡で受け止める。
「──っ!!」
そして、それは悠乃の背後から放たれた。
「水宮……!!」
「余所見してる場合か?」
彼女の方に振り向いてしまったガハットに、斬脚蟹を斬り伏せた灯魔が迫る。
「ああ。お前程度の相手なら、余裕だよ!!」
だが、ガハットは一切視線を動かさず、灯魔の目の前で指を鳴らす。
次の瞬間、二人の間に強烈な閃光が生じる。
「ぐぁっ!!」
「やっぱりな。お前の霊装の能力は、いくつもの鏡を生み出し、それを繋ぐことで、敵の攻撃をいなし、逆に敵を攻撃する。でも、こういうしょうもない目くらましとかには、無意味らしいな」
「それが……どうした……!!」
視界を焼くほどの光に、灯魔の視界は白く塗り潰されるが、構わず刃を振るう。
その刃を、巨大な鋏が受け止める。
「──よくも……私の、私の友達を……傷つけたな……!!」
そこには、斬脚蟹が力尽きる前に、その力を取り込んだ悠乃が、頭部から血を流しながら立っていた。
「なっ……!!」
ようやく視界が戻った灯魔は、自分の危機を悟る。
「ガハットくん!!」
「分かってるよ!!」
この好機を逃すまいと、悠乃は灯魔の刃を弾き、そのまま彼の身体を後方に吹き飛ばす。
「くっ……。──っ!? 何だこれ……!!」
そんな灯魔の視界を塞ぐように煙幕が立ち込め、彼の身体を縛るように、地面から無数の糸が放たれる。
「邪……魔だぁ!!!」
とどめを差すように放出された大量の針。
灯魔は糸を引きちぎり、大量の針を、視界を塞ぐ煙幕と共に薙ぎ払う。
「──!!」
「終わりだ……!!」
既に死角に潜り込んでいたガハットは、灯魔を殺すために、光の弾丸を撃てるだけ打ち込む。
「──はぁ。まさか、こんな早々に使う羽目になるなんて、本当にお前たち天霊は人類の敵だよ」
しかし、追い詰められたはずの灯魔は冷静な表情で、二人に殺意を向ける。
そして、次の瞬間、灯魔とガハットが放った攻撃が全て消失した。
「え……消え……」
「まずい……! 水宮──」
灯魔が何をするのか勘付いたガハットは、急いで水宮の方に駆け寄ろうとする。
「がぁっ!!」
光の速さで駆け寄り、悠乃に向かって伸ばしたガハットの身体の数か所が、どこかから放たれた光の弾丸に撃ち貫かれる。
「ガハットくん……!? うーちゃん、お願い!!」
バランスを崩し、地面を転がる彼の身体を受け止めた悠乃は、食傷兎を生み出し、急いで彼の治療を始める。
「な、にこれ……」
そして、一体何が起きたのか確認するために、辺りを見渡した悠乃は驚愕する。
二人を囲うように浮き上がる無数の鏡と、巨大な鏡と化した地面。
それは灯魔が創り出した鏡のドームだった。
「これでお前たちは逃げられない。終わりってのはこういうことを言うんだよ」
その言葉と共に、宙に浮かぶ鏡たちが一斉に光出す。
「ま、さか……」
「精々、頑張って足掻くんだな」
灯魔の非情な言葉と共に、ガハットが放った大量の光の弾丸が、鏡から一斉に掃射される。
「っ!! 光成鳥!!」
痛みに耐えながら、咄嗟に、光を取り込み成長する魔鳥を生み出した悠乃。
しかし、足元から突き出された刃が、魔鳥を切り裂いてしまう。
「バードン!? 戻っておいで……!」
悠乃は魔鳥が切り裂かれたことに動揺しながら、その力を自身の中に取り込んでいく。
「うぐっ……!」
悠乃は、全身を襲う痛みを我慢し、背中に生えた翼で、無秩序に飛び交う光の弾丸を取り込もうとする。
だが、ガハットが放った弾丸は、鏡と鏡を行き来する間に速度を増していた。
翼で光を取り込む悠乃の身体は、光の弾丸に削られ、傷が増えていく。
「ほら、無理しない方がいいぜ」
さらに、そこに混じるように灯魔の斬撃が、悠乃の身体に深い傷を残していく。
それでも、悠乃は膝を折らず、ガハットを守るために身を挺し続ける。
「──み、なみや」
そんな彼女の苦痛に歪んだ声に、ガハットは目を覚ます。
「……っ!! ガハット、くん……。だ、大丈夫……私が、守るから……!」
今にも倒れそうな状態なのを隠して、机上に笑う血まみれの悠乃。
「……お前、まだ魔獣生み出せるか?」
「……え? えーっと……一応……」
現在、悠乃は食傷兎を生み出し、斬脚蟹と光成鳥を取り込んでいた。
これ以上同時に取り込むのは、悠乃の身体が耐えられる自信がなかったが、斬脚蟹の力を解除すれば、どうにかなると考えていた。
「だったら、熱に強い魔獣を作って身を守っとけ」
「え? どういう……」
「こいつ、返す。急げよ」
悠乃の質問に答えず、ガハットは上に乗っていた食傷兎を彼女に返し、両手を地面についた。
「──極光熱界」
ガハットの身体から放たれる光は、明度と熱量を増していく。
その熱量は、辺り一帯を溶かすほどの極熱地獄を形成していた。
「ちょっ……! お願い、耐熱鹿!!」
自分すらも巻き込む暴挙に怒りながら、悠乃は極熱でも行き得る魔獣を生み出し、その力を取り込む。
そして、ボロボロの身体で、飛び交う光の弾丸を取り込もうと翼を広げる。
「……あれ?」
そこで、悠乃は気が付く。
二人の元に飛んでくる光の弾丸が、徐々に勢いを失い、数も減り始めていた。
「くそっ……!! とんでもねえことしやがって……!!」
どこかに消えた灯魔もガハットの行動に焦りを見せる。
「あっ……! 鏡が、溶けてる……!?」
悠乃の視界に映る鏡の檻が、ガハットの生み出した熱により溶かされていたのだ。
そのせいで、光は出入口を失い、悠乃たちの元に放たれなくなったのだ。
「だったら……お前を殺して、そこの女も殺すだけだ!!」
溶け落ち、歪み切った鏡の中から響く灯魔の声。
最悪の事態を阻止するために、敵の行方を探す悠乃。
しかし、その時はあっけなく訪れる。
「──死ね、クソガキ」
「ごふっ……」
二人の声に振り向いた悠乃。
そこには、ガハットの心臓を貫く血まみれの霊装があった。
「あ、あぁ……」
悠乃は、力なく崩れ落ちる。
揺らぐ視界と、眩む世界に過去の光景が浮かび上がる。
誰かを守れる強さと、理不尽に奪われる命。
理不尽に命を奪う自分。
過去と決別し、誰かを守れる強さを手に入るために、再び歩き出したはずだった。
しかし、現実はこんな簡単に人の命を奪い去っていく。
やはり自分は奪われる側なのだと、失意の底に沈んでいく悠乃。
「ようやく諦めたか。安心しろよ。お前もすぐにこいつの元、に……」
心の折れた悠乃にとどめを差そうとする灯魔。
その声が、何かに無理矢理止められたように止まる。
「──な、に、下向いてんだ……!!」
「え……?」
耳に届いた微かな声に、悠乃は顔を上げる。
「お、い……嘘だろ……!?」
「が、ガハットくん……!!」
そこには、自分の心臓に突き立てられた霊装を握りしめるガハットがいた。
「離せ、死にぞこない!!」
「離すわけねえだろ、クソ野郎が!!!」
抵抗する灯魔を逃がすまいと、霊装にひびが入るほど握りしめるガハット。
そして、宙に浮いた光の弾丸を自身の真下にいるであろう灯魔を目掛けて、全弾ぶち込んでいく。
「があああああああ!!!」
逃げそこなった灯魔は、もろに光の弾丸を受け、たまらず霊装を手放してしまう。
ガハットは、そのまま霊装を叩き壊す。
その瞬間、鏡の檻は崩れ去り、鏡の中に隠れていた灯魔は外に放り出される。
「ガハットくん……!!」
悠乃は、急いで少年の元に駆け寄り、傷を確認する。
「……!? 心臓、避けてる!!」
「あぁ……まあ、ギリギリだったけどな……」
血を吐きながら、掠れた声で答えるガハットの口を塞ぎ、身体の上に食傷兎を乗せた。
同時に、自身の身体に宿していた魔獣の力を解除する。
ガハットの傷を食べ続け、悠乃の傷も食べていた食傷兎は大きく成長していた。
食傷兎は成長すればするほど、傷を食べる速度が上がる権能も保持しており、さらに悠乃が兎にだけ霊力を注ぐ方向に切り替えたため、ガハットの傷は瞬く間に食されていく。
微かだった呼吸が正常に戻っていく様子を見て、悠乃は安堵の息を漏らす。
「──!!!」
完全に戦いが終わったと油断し、警戒の糸が切れた悠乃の背後。
血塗れの灯魔が、隠し持っていた小太刀を握りしめ、悠乃に振り下ろそうとする。
それを見向きもせずに、悠乃は彼の胴体に強烈な蹴りをお見舞いする。
「ごはっ……!」
瓦礫に叩きつけられた灯魔は、もはや動ける身体ではなかった。
悠乃は、ボロボロになった灯魔の元に近づいていく。
「──」
そんな彼女に、灯魔はゆっくりと腕を向ける。
その手の中には、握りしめた霊装の欠片があった。
「……どうして、あなたはそんなに私たちに敵意を向けるの?」
異常なまでの天霊への殺意を感じた悠乃は、どうしてそこまでの殺意を向けるのか聞いてみたいと思った。
「随分と……分かりきった質問を……するんだな。──天霊とは分かり合えない。天霊は殺すしかないんだ」
彼女の質問に呆れながら、冷たい声で灯魔は答える。
天霊という人知を超えた化け物と人間は分かり合えない。
その言葉は、天霊を狩る組織にいるから出た言葉ではなく、彼の確かな経験から出た言葉だと少女は感じ取った。
「何で……? 天霊だって、同じ人間だよ……? みんながみんな、分かり合えないわけじゃないと思う」
みんなが絶対に分かり合えるなどと、夢物語のようなことを思っているわけではない。
事実、悠乃は分かり合えなかった結果、人の世界から外れる選択肢を取ってしまった。
だが、悠乃のことを分かってくれる人もいた。
これは、人間でも天霊でも同じはずだ。
分かり合える人もいれば、分かり合えない人もいる。
だから、全てを否定するような灯魔の言葉には納得できなかった。
「いいや、分かり合えない。分かり合えるわけがない。お前たち化け物と、俺たち人間は分かり合えないんだよ……!!」
「それはそうだよ。分かり合える人と分かり合えない人がいるのは当然。でも、みんながみんな、分かり合えないっていうのは間違ってる……!! 分かり合えないから殺すなんて、絶対に間違ってる……!!」
「ガキが……! こんな世界で、夢見てんじゃねえよ!! お前だって、そう思ってるはずだ!!」
「分かってないのはそっちだよ……! 意地を張って、自分の信じた道以外見ないようにしてるだけでしょ? 少なくとも、私は分かり合えるって信じてる。私を救ってくれた人たちのことを信じてる」
悠乃の脳裏に浮かぶのは、自分のことを救ってくれた少女と少年。
誰が何と言おうと、二人のおかげで、彼女は彼女自身が信じたことを信じ続けられるのだ。
「俺も、天霊とは分かり合えないって信じてるよ。……分かり合えたらダメなんだよ」
その言葉に、天霊とは分かり合えないと頑なに言い続ける灯魔の心の底が、少しだけ見えた気がした。
「……もしかして、あなたは分かり合いたかった誰かがいたの?」
「……いねえよ。もう、そんなやつどこにもいねえんだ。俺は天霊と分かり合えない。……もう、そんな夢は諦めたんだ」
どこか悲しそうな灯魔の声に、悠乃は何も言えなかった。
それはきっと、他人が触れてはいけないものだと、直感的に理解していた。
灯魔にも分かり合いたい誰かがいて、それが叶わなかったが故の意地なのだろう。
「──なのに、どうしてそんな真っ直ぐな目で俺を見るんだよ。どうして……あの日の俺と同じことを言って、俺が信じられなかったことを信じてるんだよ……」
悠乃に向けていた腕が、力なくゆっくりと地面に落ちる。
「今からでも、遅くない……って、私は思う」
そんな灯魔の手を、悠乃は優しく握りしめる。
分かり合えなくても、手を取り合えると訴えかけるように。
「……バカだな、お前。何もかも、もう遅いんだよ。俺は、お前のせいで、思い出したくもないことを思い出しちまった。──あの死体の前で誓った覚悟が揺らいじまった。」
その手を振り払って、悠乃の身体を突き飛ばした。
「いたっ……! な、なにす──え……?」
──そして、次の瞬間、灯魔はその手に握っていた霊装の欠片を、自らの心臓に突き刺した。




