無意味だった特別
「──っていうかさぁ、何で鏡夜くんも灯里ちゃんも、何も気が付かなかったの?」
「……? 何のことですか?」
一方その頃。風の結界の中。
甘音の修復という名の治療は、璃空の番になっていた。
いつ結界が壊されてもおかしくない状況。
灯里と鏡夜は、注意深く外の様子を伺っていた。
そんな緊張感が漂う中で、甘音だけは何も変わらぬ様子で、璃空についての話を始めた。
本人ですら理解できない話を、灯里や鏡夜が理解できるわけもなく、三人とも首を傾げた。
「いや、鳴神くんの霊力の話。え……? 本当に誰も気が付いてなかったの……?」
その様子に、彼女は呆れて、ため息をついた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、鳴神くん。ちょっと身体強化を使ってから、能力使ってみて?」
「え? あ、あの……治療は……」
「いいから。すぐに終わるから大丈夫」
「は、はあ……?」
甘音は、治療を中断し、璃空に能力を使うことを催促する。
彼女の言葉が理解できず呆然とする璃空。
そんなことをしている時間などないのではと思う一方で、ここで彼女に逆らって、ああだこうだ言っている時間の方が無駄だと理解していた。
納得はいかないが、すぐに終わるという彼女の言葉を信じて、璃空は彼女の指示に従った。
身体強化をしてから数秒後、雷撃を掌に発生させる。
「……あの、これで一体、何……が──」
やはり、何の意味もない行為だったのではと思い、灯里と鏡夜の方を見た璃空。
しかし、二人の唖然とした表情に、璃空は言葉を詰まらせた。
「……嘘。全然、気が付かなった……」
「どういうことだ……!?」
何も理解が追い付かない璃空は、不安そうに甘音の方を見る。
彼女は、大丈夫と言い聞かせるように璃空の頭を撫でた。
「推測でしかないけど、普段から身体強化と能力を同時に使用していたせいで、気が付きにくかったんだと思う。それに、もうほとんど混ざっちゃってるし」
「……教えてください、甘音さん。俺の霊力は、どうなってるんですか……?」
「そうだね。結論を先延ばししてもしょうがない、か。……鳴神くん。あなたの身体の中には、あなた自身の霊力と、複数の別の霊力が存在しているの」
不思議と、その言葉に対する驚きはあまりなかった。
「この氷と同じ霊力も、鳴神くんの中から感じる。……何か心当たりがあるんじゃない?」
璃空には当然、心当たりがあった。
一度目は、花梨を失ったあの日。
二度目は、職人街で悠乃を守ろうとしたあの時。
あの時振るった力は、間違いなく自分のものではなかった。
分かっていながら、理解できないフリをして目を逸らし続けていた。
「恐らく、ブラックアリスの能力が、噂通り、『他者の能力を奪って、他者の能力を行使する』能力であるのならば、あなたは『他者の霊力を用いて、独自の能力を行使する』能力なんだと思う」
「……甘音さん。もう一つだけ教えてください」
「いいよ。何?」
「……俺のこの力は、特別な力……なんですか……?」
平然を装って尋ねる璃空の両肩は、小刻みに震えていた。
誰もが璃空の様子に気が付いているが、誰も何も言わなかった。
「──そうだよ。君の力は特別。こんなの他の誰にだってできやしない」
きっと、この事実の方が、璃空にとっては受け入れがたい事実だと、甘音は分かっていた。
それでもなお、甘音は冷たい現実を、璃空の胸に突き立てた。
「……っ!!!」
その瞬間、璃空は立ち上がり、甘音の胸倉を掴んでいた。
「だったら……だったら!! 何で……何で、何で何で何で!! 何で、俺はこんなに弱い!? 何で誰も救えない、誰も守れない!! 何で……俺なんかが、そんな特別な力を持ってるんだよ……」
大粒の涙を流しながら、彼女に八つ当たりをする璃空。
特別な力がありながら、誰も救えず、誰も守れない。
無力な自分が、悔しくて悔しくて仕方がなかった。
本当に自分が特別なら、物語の主人公のように、みんなを救えるはずだ。救えるはずだった。
だが、実際には、誰も救えず、こんなに惨めに泣き叫ぶことしかできない。
「何を思い上がってるの? 以前までの君が、この力を使えたところで誰も救えなかったよ。むしろ、その力を過信して、誰も彼もを救おうとして、誰も救えてなかったと思う。それこそ、何の意味もないし、価値もない、宝の持ち腐れ」
現実から逃げるように力なく崩れ落ちた璃空に、甘音は容赦なく事実を突きつけていく。
「──でも、今の君は違う。大事なものを失って、自分の無力さを嫌ってほど知って、呪って、それでも、守りたいって思えるものを見つけたんでしょ? だから、大丈夫」
璃空のことをほとんど知らないくせに、甘音は璃空の傷ついた心を直していく。
それが出来たのは、彼女が何年も付き合ってきた、一癖も二癖もある仲間たちの様子から察したからだった。
璃空もそれを分かっていた。
この人は、ただ自分が欲しがってる言葉に気が付いて、その言葉を与えているだけなのだと。
でも、その言葉を後ろで見守っていた灯里と鏡夜の存在が、真実へと変えていた。
「……あり、がとう」
だから、璃空はここまで抱えてきた色んなものを、たった一言の感謝と共に、すべて吐き出したのだった。
◇
「──ほう」
建物の上で、天霊都市という舞台での戦いを観劇していた男が、異変に気が付き、顔を上げる。
「……何笑ってんの? 嫌な予感しかしないんだけど」
「見ろよ、ルクスリア」
ルクスリアと呼ばれた女性は、嫌悪感満載の表情で視線だけを男が指差した方角に動かす。
それを見て、嫌な予感が的中したと言わんばかりに、女性は深いため息をつく。
先ほどまで、街の中に出現していた風の壁が消え、その中にいたであろう人物たちは、どこにもいなくなっていた。
「──さあ、来るぞ……!!」
男は楽しそうに笑い、自身の背後に向かって拳を振るう。
その拳は空を裂き、そのまま、背後にいた甘音が振るった刀と激突する。
「ははは!!! あの一瞬で、俺の首を取れる死角に移動するか、女!! 気に入ったぞ!!!」
「そりゃどうも。──でも、生憎と心に決めた人がいるから、ノーセンキュー!!」
甘音は、男の拳を逸らし、その胴体に重い蹴りを炸裂させ、建物の上から叩き落す。
「はぁ!? ちょっ……っ!!」
建物から男が叩き落されるのと同時。
男の方に注意が向いたルクスリアの顔を、暴風を纏った鏡夜の拳が襲う。
「……あのさぁ、私の顔を攻撃する意味。分かってる?」
それを、隠し持っていた銃で防ぎ、彼女は鏡夜を殺意に満ちた表情で睨みつけた。
「知らねえよ。お前みたいな女、趣味じゃねえんだよ!!」
防がれた拳に纏わせていた風が、拡散し、鏡夜とルクスリアの距離が離れる。
「おいおい、ひでえことしやがるなぁ!!」
一瞬の静寂をかき消すように、建物の下に落ちたはずの男は一足飛びで、建物の上へと戻ってくる。
「当然でしょ? 殺し合いなんだから」
「はははははははは!!! 全くもってその通り!! 本当に気が合うぜぇ、女!」
「女じゃない。甘音璃々」
「──そうか。お前があの、ゾディアック最強の甘音璃々か。だったら、こっちも名乗らねえとなぁ」
甘音の名前を聞き、その強さに納得したのか、男は獰猛な笑みを浮かべて、その名前を口にした。
「セブンスのリーダー、『傲慢』四神穿螺だ。そんでそいつが、『色欲』のアンスリウム・ルクスリアだ。そっちのガキ。てめえは何て名前だ?」
「……白蓮鏡夜だ」
「いい名前だ。覚えたぜ」
二人の名前を知り、楽しそうに笑う四神とは対照的に、名前を勝手に教えられたことが嫌だったのか、ルクスリアは露骨に不機嫌そうな顔をしていた。
「それじゃあ、血肉湧き踊る殺し合いを始めようぜぇ!!!!!」
四神の咆哮と共に、四人の殺し合いが幕を開けた。
◇
同時刻。
「──んん?」
ある建物のカフェテラスで、状況を静観していた流転哭井とメイリア。
のんびりとコーヒーを飲んでいた哭井は、状況が変わったことに気が付き、立ち上がる。
「……? どうしたの、哭井」
「メイリア、戦闘の準備を。──来ますよ」
不思議そうな顔をするメイリアに対し、真剣な声で呟く哭井。
次の瞬間、二人がいるカフェテラスに向かって、大量の血の翼弾が撃ち込まれる。
二人は空中からの攻撃を回避するため、建物の中に逃げ込んだ。
「っ!! 盾なる乙女よ!!」
だが、それを見透かしたように、一筋の光が建物の壁を突き破り、最高速のまま、二人に向かって直進してくる。
メイリアが、何か魔術を使って防ごうとするが、それよりも早く、雷星は二人を建物の外へと蹴り飛ばした。
二人は地面を転がり、建物の壁に叩きつけられる。
「がはっ……哭井……生きてる……?」
「……ええ。あなたのおかげで……どうにか」
二人は血を吐きながら、自分たちに何が起きたのか確認しようとする。
そこで、哭井とメイリアは、自分たちを見下ろす二つの影に気が付く。
見上げるとそこには、比翼の鳥がいた。
一人では何もできなかった少年と、一人では負の感情の檻から抜け出せなかった少女。
凍りついた雷翼と燃え盛る血翼を携えた二人は、地面に倒れる二人を静かに見つめる。
「──始めよう、玖遠さん。俺たちの復讐を」
「うん。私たち二人で、あいつを殺すんだ」
静かな激情を翼に変えて、二人は赤く染まる夜空に羽ばたいた。
それを見た哭井もニヤリと笑う。
「メイリア。私たちも、本気を出すとしましょう」
「哭井……」
「あの翼を千切り落とし、再び絶望の只中へと叩き落してあげましょう…‥!!」
そう言って、哭井は初めて霊装を抜き放つ。
立ち上がったメイリアは、彼の言葉に頷き、彼の攻撃に合わせて、魔術を行使する。
璃空と灯里が放った一撃と、哭井とメイリアが放った一撃がぶつかる。
こうして、天霊都市での最後の戦いの火蓋が落とされたのだった。




