本当の強さ
「はぁ……はぁ……!」
戦いの余波で揺れる街を、悠乃は必死に走り回っていた。
生存者を探して回るが、辺りに転がるのは悲惨な死体ばかり。
生きている人も全て、操り人形にされてしまっていた。
救える人がいない絶望感、何もできない焦燥感に足を止めそうになるが、みんなが自分を頼ってくれたことに答えるために、足を止めずに走り続ける。
そうして、どれだけの時間が経った頃か。
「……っ! だ、大丈夫ですか……!?」
悠乃は、悲惨な死体たちに紛れて、瓦礫に叩きつけられるようにして気を失っている少年を見つけた。
生きていることを願いながら、悠乃は彼に近寄り、心音を確かめる。
「い、生きてる……! お願い、食傷兎!!」
少年が生きていることを確かめた悠乃は、急いで能力を使い、傷を食べて成長する相棒を呼び出した。
兎は、少年の上に飛び乗り、彼の傷を食べていく。
傷が消えていくにつれて、少年の呼吸も少しずつ安定してきていた。
その様子を見て、悠乃は少しだけ安堵するが、周囲への警戒心は怠らなかった。
「出ておいで、罠蜘蛛」
悠乃の呼び出しに応じ、小さな蜘蛛が悠乃の掌に現れる。
「うっ……!」
その瞬間、悠乃の身体に痛みが走る。
彼女の能力は、あらゆる権能を持つ魔獣を生み出し、またその魔獣の権能を取り込み、自身の力とすることが出来るものである。
その能力には、当然制限があり、生み出せる魔獣と取り込める魔獣は一匹ずつである。
それ以上、同時に生み出す、あるいは取り込もうとすれば、全身に痛みが走り、痛みは、その数に比例して増していく。
しかし、今はそれ以上に、周囲への対策が必要だった
「お願いね?」
小さな蜘蛛は、悠乃の言葉に頷いたように飛び跳ね、そのまま瓦礫の中に消えていった。
それと入れ替わるように、大きくなった兎が悠乃の肩に帰ってくる。
「おかえり。ありがとうね?」
悠乃が兎の頭を撫でると、兎は嬉しそうに彼女の頬に頭を擦り付けていた。
「……うっ」
「あ……!! 大丈夫……? 痛いところない……?」
そんなことをしていると、少年が目を覚ます。
急いで駆け寄ってくる悠乃を見て、少年は自分が生きていることを認識したらしい。
「……こ、ここは……俺は、生きて……あんたは……」
意識が朦朧としているのか、自分の状況が全く理解できていないようだった。
「っ!! そうだ!! あの化け物は……!!」
しかし、周囲の状況を見て、何かを思い出したのか、焦ったように立ち上がる。
「え……あ、あの化け物は……」
「……化け物って?」
「はぁ!? あんた、マジで言ってんのか!? さっきまでこの街の上空に、赤い翼を生やして、炎を撒き散らす変な女がいたはずだ!! 俺はそいつにやられて……」
「赤い翼……炎を撒き散らす……」
取り乱した少年に肩を掴まれながら、悠乃はその化け物の正体に少しだけ心当たりがあった。
「──それなら、もう大丈夫。そんな化け物は、もう現れないから」
悠乃は、取り乱す少年の手を優しく握り、微笑みながらそう言った。
この街を燃やし尽くした赤い翼を携えた化け物は、一人のバカな少年のおかげで、人間に戻れたのだから。
「……何だよ、それ」
「え? いっ……!」
そんな悠乃の言葉を聞いた少年の手は、先ほどよりも強く悠乃の肩を掴んでいた。
「何なんだよ、それは!! それじゃあ、俺は……俺はまた負けたって言うのか!? 俺は、誰にも負けないぐらい、強くなった、はずなのに……」
悠乃には、少年の言っていることは何一つ分からなかった。
ただ、地面に崩れ落ちた少年を放っておくことは出来なかった。
「……君は、強くなりたいの?」
「……ああ。俺は強くなりたかった。誰にも負けないぐらい、強くなりたかった……強くなったと思ったんだ……」
「……そっか。じゃあ、何のために強くなりたかったの……?」
「何の、ために……? そんなの強くなりたかったから……」
少年は、悠乃からの問いに満足に答えることが出来なかった。
「そう、なんだ……」
それは、元からその答えを持っていなかったのか、あるいは、その理由を失ってしまったのかは悠乃には分からない。
でも、一つだけ分かることがあった。
「だったら、負けて当然だね」
「……あ? どういうことだよ……!!」
「──だって、理由のない強さに、価値なんてないから」
悠乃は、自身を持って、自分の考えを口にした。
幸運にも、彼女の周りには、そういう人間が多かった。
だから、本当の強さが何なのか分かっていたし、そのせいで悠乃は自分に自信がなかった。
「本当に強いっていうのは、きっと何か理由がある強さを持っている人だって、私は思うよ?」
「……」
彼女の言葉に、少年は何も言わなかった。
「今は分からなくても平気だよ。私も分からなかったし。……とりあえず、ここから逃げよう。私が道を作るから君は──」
「──いいや。それはさせない。天霊はここで全員殺す……!!」
悠乃が少年を逃がそうとするのと同時、どこからか殺意を含んだ声が響いた。
「っ!! 金剛亀!!」
彼女は、即座にダイヤモンドの甲羅を背負う亀を生み出し、直観的に、自分たちの死角を守る。
「残念。それじゃあ、無駄だ」
しかし、何者かの攻撃は、ダイヤモンドの防壁を軽々と通り抜け、悠乃に襲い掛かる。
「嘘っ……!?」
一体、何が起きたのか理解できていない悠乃の元に、凶刃が迫りくる。
どう足搔いても、死は免れない最悪のタイミング。
悠乃の首を切り落とさんとする凶刃は、悠乃の首元に近づいた瞬間、何かに弾き飛ばされる。
「……あ、れ」
「ちっ……! しくじった……!!」
死を覚悟していた悠乃は、何が起きたのか分からずにいると、背後で少年が立ち上がった音がした。
「はぁ……これで貸し借りなしな」
「あ、ありがとう……えっと……」
「───ガハット。俺の名前は、ガハットだ」
「……うん。私は悠乃、水宮悠乃。よ、よろしく」
自分を守ってくれた少年に、遠慮がちに手を差し伸べた悠乃。
そんな彼女の手を、ガハットはぶっきらぼうに握り返した。
その最中、ガハットは片方の手で背後を撃ち抜く。
「くそっ……! こんな厄介な天霊を見逃してたなんて、ついてねえな」
そこにいたのは、Orpheusの隊服を着た青年だった。
手に持っていたのは、鏡のような太刀。
「まあいいや。今から殺すんだから、問題ないよな」
「Orpheus第零部隊、篝灯魔か」
「……知ってるの?」
「そりゃ、天霊なら誰だって知ってるだろ? それに、あんなに分かりやすく逃げ道を塞がれてたら、嫌でもあいつだって分かる」
ガハットはため息をつきながら、悠乃の質問に答えた。
第零部隊と出会った天霊は、基本的に彼らによって殺される。
しかし、彼らでも勝てない天霊というものは存在する。
そんな天霊たちは、同胞のために彼らの情報を共有するものがいる。
ゾディアックに所属する悠乃はもちろん、天霊たちが集められたこの街に住むガハットもまた第零部隊の大まかな情報を知っていた。
特に、目の前の篝灯魔という男は、天霊たちの退路を塞ぐ障壁を生み出す、厄介な能力の持ち主であるため、広く知れ渡っていた。
「さっさと片付けようぜ、水宮」
「……一緒に戦ってくれるの?」
「ああ……まあ、俺も狙われてるし、命を助けてくれたやつを放って、どっかに行くようなことも出来ねえよ」
「……うん。ありがとう、ガハット。一緒に生きて帰ろう……!」
天霊都市で出会った少年少女は、未来への道を塞ぐ天蓋を叩き壊すため、手を取り合い戦いに臨むのであった。




