三つ巴の始まり
「くっ……キリがない……!!」
怨嗟渦巻く戦場の中。
最も苛烈な戦いが巻き起こっている場所は、一目瞭然だった。
璃空と灯里があった場所。
ブラックアリス、輝夜と沙織は、入り乱れる天霊都市の天霊たちを、お互いに隙を見せないように相手取っていた。
しかし、それも最初の内だけであり、既にそんな余裕はなくなっていた。
どれほどの天霊、対天霊のエキスパートであろうと、多勢に無勢。
「こうなったらまとめて……」
「っ!! ダメだ、沙織!!」
次々と押し寄せてくる天霊たちの猛攻に、最初に集中の糸が切れたのは、沙織だった。
戦いを一気に終わらせようと勇み足になった沙織は、周囲の敵の索敵を怠ってしまった。
「──あ」
それゆえに、地中に潜んでいた敵に気が付くことが出来ず、地面から伸ばされた槍に貫かれた。
地に崩れ落ちる沙織と、地の底から這い出てくる天霊。
「くそっ……!! どけっ!!!」
「はぁ……仕方ないから手を貸そうと思ったけれど、いいタイミングねぇ」
動きを止めた沙織に、再び振り下ろされようとする刃。
それを阻止するために、必死に天霊たちを斬り伏せて進む輝夜。
そんな二人の様子を見かねたブラックアリスが、救いの手を差し伸べようとしたとき、彼女は気が付いた。
こちらに向かってくる二人の霊力に。
「──ふざけんな。そいつは俺の標的だ……!!」
どこかから響き渡る声と同時に、天霊たちの包囲網を吹き飛ばしながら、炎雷が駆け抜ける。
そして、唖然とする天霊を、灼熱の業火を纏う雷撃の刃で切り裂く。
「……な、るかみ」
「そんなやつにやられるなんて……らしくねえな、篠宮」
「余計な、お世話だ……!!」
再び戦場に現れた璃空と灯里。
璃空の口から放たれた嫌味に、沙織は傷口を抑えながら反撃する。
「全く……どうして戻ってきちゃうのかしら……。逃げることだって出来たはずよ?」
そして、璃空と共に戻ってきた灯里に、ため息をつきながら、ブラックアリスは問いかける。
どうして、この戦場に再び戻って来たのかを。
「あはは……ごめん……。でも、私は逃げたくない。だって──」
灯里は、隣に立つ璃空の目を見て、その手を握る。
「だって、こうして、私の何もかもを背負ってくれる人がいるんだもん。だったら、私も逃げるわけにはいかないでしょ?」
それが彼女の決意であり、覚悟だった。
「……そう。どうやら、答えを見つけたみたいね」
灯里の答えに、ブラックアリスは静かに微笑んだ。
「──話しているところ悪いが、自分たちの状況が分かっているのかい?」
璃空たちの様子を静観していた輝夜が、霊装をこちらに向け、問いかけた。
ブラックアリスがついているとはいえ、璃空と灯里では、Orpheus第零部隊の面々と、無数の天霊たちを全て相手取るのは不可能に近い。
加えて、璃空は致命傷だけは治ったものの未だに全身に傷を負っており、灯里も無理な能力の行使で身体は悲鳴を上げていた。
「──!」
「……? 鳴神くん……? あ……!」
そんな輝夜の問いを聞いているのか、璃空は空を見上げていた。
首を傾げる灯里だったが、彼女もまた何かに気が付き、驚いた表情を浮かべる。
「悪いな。俺たちも一人じゃないんだ……!!」
そう言いながら、輝夜と沙織から距離を取る璃空と灯里、ブラックアリス。
次の瞬間、空に現れた大口から、いくつもの人影が現れる。
「おい、璃空!! 何一人で勝手に突っ走ってるんだ……って、どういう状況だよこれ……!?」
「鳴神、疫病神なの……?」
「あっはっは!! そう言われても仕方ないぐらい、ひどい状況だねぇ~!」
「鏡夜くんに悠乃!……と、甘音さん!?」
「やっほ~、灯里ちゃん!」
璃空に同行し、職人街に行った鏡夜と悠乃がここに来ることは予想の範疇だった。
しかし、この場に甘音がやってくるとは思いもしなかった。
「正直、今の状況を悠長に説明している場合じゃない。──だから、お願いだ。俺たちを助けてくれ」
「……っ! 璃空、お前……」
独りよがりで、周りにあまり頼ることのなかった璃空が、素直に自分たちのことを頼ったこと。
そして、たった数時間の間に、精神的な成長を遂げたことに、鏡夜は少し驚いた。
同時に、ようやく本当の意味で、璃空と親友になれた気がしていた。
「──ああ、当たり前だろ。親友の頼みだからな……!」
「うん。鳴神は一人にしておくと、すぐに無茶するから」
鏡夜も悠乃も璃空の助けに頷く。
「だったら、手短に作戦を決めちゃおっか。──あなたも、頭数に入れていいのかな、ブラックアリス?」
「え?」
「は?」
傍らに立つ黒い少女の正体に気が付いていなかった鏡夜と悠乃は、驚いて、目を丸くする。
「ええ。ここまで来たら、最後まで付き合うわ」
「よし。じゃあ、あなたにはそこの第零部隊の相手を任せてもいい?」
「いいわよぉ。さっきまでの続きだから、問題はないわ」
ブラックアリスは、輝夜と沙織に悪魔のような笑みを向ける。
「次に、悠乃ちゃんは、怪我人とかがいたら、さっきの場所に運び込んでもらってもいい?」
第零部隊の前であるが故に、甘音は職人街の名前を伏せて、悠乃への指示を出した。
「──うん、分かった」
それは理解した悠乃は頷き、彼女の指示に答えた。
「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」
「鏡夜君は、私が二人を直してる間、邪魔が入らないように結界を張っておいて。それが終わったら、この状況を見て楽しんでる第三勢力を叩き潰しに行こうか」
甘音は、この場にいないが、確実にこの惨状を見て、嘲笑っているであろう誰かに向かって、殺意の刃を飛ばす。
「というわけで、みんなよろしく! あ、言うまでもないことだろうけど、自分の命最優先だからねぇ~?」
「ふっ。善処するわ」
「分かってる」
甘音の言葉に頷き、ブラックアリスと悠乃は、各々のすべきことをするために動き出す。
それと同時に、鏡夜が防壁を築いていく。
「……甘音さん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「ん? どしたの??」
修復を開始しようとした甘音の手を止め、璃空が彼女にあることを尋ねる。
「俺の傷を直すのと同時に、この氷を俺の霊力に変換することってできますか……?」
璃空は、自分の身体の至る所を覆っている氷を指差した。
それは、職人街の戦いにおいて、星導生真のちょっかいによって出現したものだった。
「まあ、出来るけど。っていうか、それって何なの?」
「それが俺にもよく……何かのヒントらしいんですけど」
「えーっと……そんなもの使っちゃっていいの?」
璃空は、少しだけ考える。
星導生真は、この氷をヒントだと言い残した。
それは恐らく、精神世界に存在する未空に関するものなのだろう。
これを失った時、未空について知る手掛かりが消えるだけで済むのか、あの未空ごと消えてしまうのかは分からない。
しかし、そんなことを悩んでいる余裕はなかった。
この場で最も弱いのは璃空だけだ。
今以上に強くならなければ、誰も守ることが出来ない。
璃空の身体に出現した氷は、それ自体が強い霊力を含んでいた。
混迷極まる天霊都市での戦いで仲間を守り、生き残るためには、もう手段を選んでいる場合ではなかった。
「ここで使えるものを使わずに、誰も守れずに死ぬぐらいなら、今使えるものは全部使うよ」
「うん、いい覚悟。だったら、先に灯里ちゃんの修復からやっちゃうから待っててね」
「はい……! お願いします!」
こうして、暴風の壁の中で、最後の戦いに向けて、準備が始まった。
◇
「おいおい。あの姉ちゃん、とんでもねえなぁ?」
「何、バレたの??」
「いーや。一切気が付いてねえはずだ。だが、あの女、直観だけで、俺たちのいる場所に向かって、殺気をぶつけてきやがった」
天霊都市の建物の上。
二人の男女が、渦巻く暴風を眺めながらぼやく。
「っていうかさぁ、あたしはいつまでこれ続けてればいいわけ??」
「あぁ? そりゃ、死ぬまでだろうがよぉ」
「絶対に嫌だから。死ぬならあんた一人で死んでよ」
女性は、男の横暴な発言にため息をつきながら、手を振って背を向ける。
「そんなつれないこというなよ? お前だって、お前の色香に惑わされないやつがいるのは気に喰わねえだろ?」
「……まあ、それはそうだけど」
「だったら、俺に付き合えよ。そろそろ、この街での戦いも終局だ。派手に盛り上げて、生き残った全員の存在を否定してやろうじゃねえか」
「はぁ……めんどくさ」
悪意を剥き出しにする第三勢力は、多くの感情渦巻く天霊都市での戦いの行方を傍観しながら、舞台に上がるときを待ち侘びるのだった。




