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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第3章 赤夜の夢と天霊都市
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遥か遠くの残響  

「──で」


 暗い暗い闇の中。

 光の届かない闇の中で、誰かの声が聞こえた気がした。


 「──ないで」


 その声は、何度も何度も叫び続けたのか、掠れた声をしていた。

 自分が誰なのか、何も分からず、身体を動かすことも出来ない。


 「お願い……私を置いて、逝かないで……!!」


 ただ、こんな悲痛な叫びをこれ以上聞きたくなかった。

 そう思うだけで、自分に何かが出来るわけでもなく、生と死の境界とも呼べる虚無に揺蕩う意識は彼女の叫びを聞き続けた。


 「どうして……どうしてなの……どうして私の魂だけしか、この世界と同化できないの……!!」


 彼女の言っていることは理解できなかったが、どうやらこの身体の持ち主を生かそうと必死になっていることだけは分かった。


 「……もう、時間がない。このままじゃ、この人の魂は失われる。私と同じ存在にすることも出来ない」


 手の施しようのない現実に、全てを諦めたように顔を伏せる彼女。

 しかし、彼女はすぐに顔をあげ、その瞳には決意の光が宿っていた。


 「だったら──」


 そう言いながら、この身体に触れる彼女。

 彼女の手の熱も何も感じ取ることは出来ず、そこから先、何が起きたのかは分からなかった。

 その代わり、何もなかったこの場所に、微かな光が差し込む。

 暗闇を漂っていた意識は、その光に吸い込まれるように、虚無の境界から抜け出していった。



 「……こ、こは」


 長い夢から目を覚ました璃空。

 その視界に映るのは、現実離れした赤い空だった。


 「随分と遅いお目覚めね」


 混濁した意識のまま、身体を起こそうとすると、聞き慣れない声が聞こえてきた。


 「誰、だ……?」


 「どうやら、まだ意識が朦朧としているのかしら。まあ、すぐに自分の置かれている状況を思い出すわ」


 起き上がった璃空の目に映ったのは、宵闇を纏った少女だった。

 少女が何を言っているのか理解できず、呆然と辺りを見回しているうちに、ノイズにまみれた意識が鮮明になっていく。

 燃え盛る街と、響き渡る悲鳴、充満する血の匂い。

 そして──。

 「っ!! 玖遠さん……!?」


 璃空の脳裏によぎる光景。

 灯里の心臓が貫かれ、自分の身体が真っ二つに切り裂かれたことを思い出し、璃空は真っ先に灯里がどこにいるのか探そうとした。


 「え……?」


 しかし、灯里の姿はすぐに見つかった。

 自分の隣で、何の傷もなく綺麗な状態で、璃空の隣で眠っていたのだ。


 「ど、どういう……それに俺の傷も……」


 璃空は状況が理解できずに混乱する。

 よく考えてみれば、自分の傷も完全に治っており、意識を失っている間に何があったのか全く分からなかった。

 ただ、沙織たちの信じられないものを見たという表情から、何もかも現実だということだけ理解できた。


 「もしかして……君が、治してくれたのか……?」


 だとすれば、今こうして自分たちが生きているのは、この少女のおかげとしか考えられなかった。

 璃空の言葉に、少女は何も答えなかった。


 「その子を連れて、今すぐこの街から逃げなさい。逃げる時間ぐらいなら稼いであげる」


 代わりに、少女は璃空たちを庇うように前に出て、そう口にした。


 「そ、そんなの無茶だ……!! 俺も一緒に──」


 「今のあなたに何が出来るのかしら? あなたはあなたにしかできないことをしなさい。──玖遠灯里は、あなたが救いなさい」


 あまりにも無謀なことを口走る少女に、璃空も加勢しようとする。

 そんな璃空を、少女は足手まといだと断言する。

 その上で、璃空にしかできないことをしろと、少女は璃空に告げた。


 「……!! ……ああ。分かった」


 璃空は、彼女の言葉で、自分がどうしてここに来たのかを思い出した。

 灯里を救うためにこの場所に来た以上、沙織たちと無駄に戦う意味はなかった。

 自分が成すべきことを理解した璃空は、隣で眠る灯里を背負い、沙織たちに背を向け、走り出した。


 「っ……! 待て──」


 「あら? 待つのはあなたたちの方よ?」


 立ち去る璃空を追いかけようとする沙織。

 そんな彼女の行く手を阻むように、無数の刃が降り注ぐ。


 「……正直驚いているよ、ブラックアリス。君が誰かの味方をするなんて」


 「人を見かけや噂話だけで判断するなんて、若き英雄様は随分と偉そうなのね」


 立ちはだかるブラックアリスを前に、輝夜と沙織は、アイコンコンタクトでこの先の動きを伝え合う。

 輝夜が彼女の注意を引き、その隙に沙織が逃げた璃空と灯里を追いかけるのが二人の立てたプランだった。

 当然、ブラックアリスがそれを読んでいないわけもなく、このまま状況は膠着するかのように思われた。


 「──!!」


 しかし、戦いが始まる前に、ブラックアリスはこの街に起きた異変に気が付き、辺りを見渡す。

 その隙を逃すまいと、沙織が炎を纏った刃を振り下ろすが、一瞬で彼女の視界から黒い姿は消え、黒い影は輝夜と沙織の背後に現れた。


 「厄介な移動能力……玲那がいてくれたら、もっと有利に立ち回れるのに……」



 「ないものを嘆いても仕方ない。今ある手札でも十分彼女を追い詰められるはずだ。それにしても……」


 「……どうしたの?」


 自分の攻撃が簡単に躱され、焦りと苛立ちを露わにする沙織を宥める輝夜は、不思議そうにブラックアリスのことを見ていた。


 「いや。さっきから、彼女が何を見ているのか気になってね。どうにも、今の彼女の眼には、僕たちが映っていないような気がするんだ」


 そう呟く輝夜の視線の先にいるブラックアリスは、どこか別の方向を見ていた。

 確かに彼の言う通り、こちらに意識が向いていないことを沙織も感じた。

同時に、自分たちが全く眼中にないと告げられているようにも感じ、怒りを覚えずにはいられなかった。


 「……ねぇ。これも、あなたたちの仕業……なんてことはないわよね?」


 そんな二人の方に視線を戻したブラックアリスは、怪訝そうな顔で二人を見つめていた。


 「何を訳の分からないことを……!!」


 「っ!! 待つんだ、沙織……これは……!!」


 ブラックアリスの言葉で、周囲の状況を理解した輝夜は、怒りを露わにする沙織を制止させる。

 その様子で、何かただならぬことが起きていると察した沙織も、周囲の状況を確認して驚愕する。


 「な……何これ……!? この街の天霊たちが、こっちに集まってきてる……!?」


 どういうわけか、逃げ惑っていた天霊たちの大半が、こちらに向かってきていたのだ。

 それも、誰かの意図を孕んだ動きをしており、三人を取り囲むように動いていた。


 「はぁ……全く、どこの誰かしら。こんな面倒ごとばかり持ってくる運のない人間は」


 ブラックアリスは、面倒ごとに巻き込まれたことにため息をつきながら、既にこの場から離れた二人のことを思い浮かべ、苦笑いを浮かべるのだった。



 「これも、作戦のうちなのですか、流転……!?」


 「その通り!!……と、言いたいところですが、これは私も知り得ぬ事態」


 天霊都市に起きた異常事態。

 それは、第零部隊とゾディアックの戦いを静観していた流転とメイリアもまた、予想外の事態に驚きを見せていた。


 「ある程度は戦いに巻き込まれて死んでいるとは言え、それなりの天霊が残っていたはず。それをこうも簡単に、しかも多数を同時に操ることが出来る異能者ですかぁ……」


 流転は、街で起きている異変を冷静に、それでいて楽しそうに推察する。

 彼の言葉を聞いていたメイリアは、とある可能性に行き着いた。


 「……まさか、やつら……ですか?」


 「ええ。恐らくは。まさかこの街に異能犯罪者トップ3が全て集まるとは圧巻ですねぇ~」


 「言ってる場合ですか……!! このままだと、あの子たちまで殺されてしまう……!!もうこの状況で見ているだけなんて──」


 「いえ。この状況だからこそ、静観を続けるのです! 最終的に誰が生き残るか分からない地獄絵図を生き延びてこそ、私と共に来る資格がある……!! そうでなければ、私たちが育て上げた意味がない……!!」


 あまりにも切迫した状況に、自分たちも動くべきだと口にしようとするメイリアの言葉を遮り、流転はあくまで静観を選ぶ。

 ここで死ぬのであれば、その程度の天霊たちであり、自分たちの計画はその程度でしかなかったというだけの話だ。

 だから、流転は静観を選ぶ。

 選ばれた彼らが、自分たちの力でこの地獄を乗り越えることを期待して。


 「あなたは……本当にどこまでも狂ってしまったのね」


 そんな哭井に、メイリアは悲しそうな表情を向ける。

 流転哭井という人物の全てを知っているメイリアは、誰にも理解され得ない狂人のことを想い、瞳を潤ませる。


 「メイリア。君は助けたいなら助けに行くといい。君の行動まで制限する気は──」


 「何を言ってるの、哭井。私は、あなたにどこまでもついていくと言ったでしょ? そこがどんな地獄でも、狂気の果てだとしてもね」


 どこか気を遣ったような流転の言葉を、今度はメイリアが遮る。

 零れ落ちそうな何かを拭いながら、どんなに流転が壊れようとも、その隣に自分がいるのだと、彼女は再び流転と自分の心に誓う。


 「……そうですか」


 彼女の言葉を聞いた流転は、たった一言だけ言葉を返し、ファムファタルの様子を静かに見つめる。

 終焉に向かう街の様子を、ただ黙って見つめるのだった。


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