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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第3章 赤夜の夢と天霊都市
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無様と無力の末路

 「な、何だよこいつら……!!」



 「や、やめ──」


 「……ふぅ」


 炎に包まれた天霊都市ファムファタル。

 その中で、逃げ惑う天霊たちを淡々と殺し続ける沙織は、自分の顔についた血を拭いながら、街の中心を見つめていた。

 そこでは、一人の天霊と、ゾディアックのメンバー、そして第零部隊隊長である明星輝夜が闘いを繰り広げており、常に轟音と爆発が続いていた。

 この街に住む人間が、全員天霊であることは知らされているので、彼女が気にしているのは周りへの被害ではなかった。

 沙織が気になっていたのは、輝夜と戦う天霊についてだ。


 1か月半前、親友を殺したあの日。

 傷つき倒れた璃空と鏡夜を庇っていた少女と、無差別に破壊を振りまく天霊と化した少女の霊力が似通っていた。

 あの時の少女は、顔がよく見えなかったが、優しい心の持ち主のような気がしていた。

 しかし、もし少女と天霊が同一人物なのだとしたら、自分はとても大きな思い違いをしていたのだろう。

 フードで顔を隠していたように、あの憎悪にまみれた素顔を必死に隠していたのだろう。

 ただ、それは沙織の中の推測でしかなく、彼女のパーソナリティに興味があるわけではなかった。

 もし、彼女とあの時の少女が同一人物だとしたら、招かれざる客が現れる可能性があると沙織は危惧していた。


 「──はぁ。本当に……呆れるほど予想通りだね、鳴神」


 そんな沙織の危惧を現実にするように、一筋の流星がファムファタルへと落ちてくるのだった。



 「ここが、天霊だけの街……?」


 限界を超えた光速移動を繰り返し、ファムファタルへとたどり着いた璃空。

 心臓が激しく鼓動し、筋肉が悲鳴をあげているが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 辿り着いた街は炎に包まれ、煙と血の匂いが混じった不快さと悲鳴と怒号が響き渡る地獄絵図が璃空の目の前には広がっていた。

 そして、街の中心では、空に浮かび上がる灯里が何かに襲われている様子が見えた。


 「玖遠さん……!! ──っ!!」


 彼女の元に走り出そうとした瞬間、璃空の行く手を阻むように、炎の槍が降り注いだ。

 後方に飛び退くことで、それらを間一髪で避け、自身の背後を振り返る。


 「……邪魔するなよ、篠宮」


 「行かせるわけないでしょ、鳴神。そんなに死にたいんなら、今ここで殺してあげる」


 そこには、炎を従え、自分への殺意を剥き出しにした旧友が立っていた。

 玲那から話を聞いた時点で、沙織がここにいることは覚悟の上だった。

 それでも、こんなに早く相対することになるとは思っておらず、璃空は内心焦っていた。

 一刻も早く、灯里を救わなければならないというのに、立ちはだかるのは、手の内の多くを知られている友人。

 不利な状況であるのに変わりはないが、全くの不利というわけではなかった。

 璃空もある程度は沙織の手の内を知っているし、璃空には沙織の知らない切り札があった。

 対沙織用に発案し、職人街での戦いで完成に至ったもの。

 それを発動する条件は奇しくも揃っていた。


 「だったら、押し通るまでだ……!!」


 故に、璃空は、最初の一撃に全てを込めることに決めた。

 手のひらに生み出した二つの雷球を衝突させ、発生した火の粉を篝火に、周囲の炎を呑み込んでいく。


 「まさか……!!!」


 その光景に、沙織は璃空が何をしようとしているのか気が付き、能力ではなく霊装での攻撃を仕掛けようとする。


 「──炎喰雷獣(ホノイカヅチ)


 しかし、先に攻撃の準備が終わったのは璃空だった。

 周囲の炎を取り込んだ雷撃は、巨大な龍の形へと変化していった。


 「陽龍咆光(ひりゅうほうこう)!!」


 そして、璃空の叫びと同時に、炎雷の龍の身体が爆散し、爆炎と雷撃が周囲を包む。

 沙織は、とっさに炎を纏い、璃空の放った爆炎を操ることで、ダメージを軽減しようとした。

だが、それこそが璃空の策だった。

 放たれた一撃と同時に、璃空はその場を離れ、灯里の元へと光速で駆け出した。

 そのことに沙織が気が付いたのは、視界が晴れ、抉れた地面を見つめながら、雷撃のダメージにより膝をついた時だった。


 「……ふざけんな」


 自分との勝負を放り投げて、目的の場所に駆け出した璃空に対し、沙織は怒りを露わにする。

 その感情に呼び起されたように、沙織の背後には、璃空の炎と彼女の炎が混ざり合うことで生まれた悪魔が佇んでいた。


 「──ロア・イフリート」


 感情を失ったような冷たい呟きと同時に、炎の悪魔は全てを焼壊させる爆炎を咆哮と共に放ち、璃空の逃げた方向に襲い掛かる。


 「っ!! 嘘だろ!?」


 確実に逃げ切ったと油断していた璃空は、自身の背後に迫る炎に驚愕する。

 再び炎喰雷獣を発動しようと考え、立ち止まった璃空の首元を炎を纏った刃が掠めた。


 「くっ……」


 その痛みにより、体勢がよろめいたことで、運よく爆炎を避けることは出来た。


 「……外した」


 地面に膝をついた璃空が顔をあげると、そこには悪魔の放った爆炎の中を移動してきた沙織が、冷たい視線で自分を見下ろしていた。


 「くそっ……邪魔するなよ、篠宮!! お前と戦ってる場合じゃないんだ……!!」


 「本当に、今の自分の状況も立場も分かっていないみたいだね。もう君は、そこら辺の異能者じゃなくて、ゾディアックの異能者なんだよ。そんな君を、私が見逃す理由がどこにあるの?」


 「あ……」


 あと少しというところで、再び立ちふさがる沙織に、璃空は立ち上がり、激昂する。

 急がなければ灯里の命が危ないという焦り。

 沙織を倒しきれない自分の無力さ。

 そして、旧友である沙織なら見逃してくれるのではないかという、心の奥底にあった甘え。

 それら全てを、沙織は一蹴し、非情な現実を突きつけた。


 璃空がゾディアックに加わった時点で、あるいは、花梨を守れなかったあの日から、沙織にとって、璃空は友人ではなくなったのだ。

 一方、璃空は未だに沙織のことを友人だと思っていた。

 たとえ、花梨を殺したのが沙織だとしても、そうさせた世界が、自分に力がなかったことが悪いのだから。

 しかし、彼女からしてみれば、それは甘え以外の何物でもなかった。

 それを認識させられた璃空は、言葉を失い、固まって動けなくなってしまっていた。


 「戦闘中に呆けるなんて、どうしようもないね」


 「──がっ!」


 そんな璃空に、篠宮は一切の躊躇をせずに、炎を纏った拳をぶつける。

 その拳をまともに受けてしまった璃空は、地面を転がり、瓦礫に叩きつけられる。


 「インフェルノ・レイン」


 無理な移動と沙織の本気の一撃による激痛に苦しむ璃空を、沙織は淡々と追い詰めていく。

 辺り一帯に獄炎の雨が降り注ぎ、何のアクションも取れないまま、璃空の身体は吹き飛ばされる。


 「ぶほっぇ!!」


 成す術もなく空に浮かび上がる身体は、悲鳴と怒号が飛び交う海を泳ぐ。

 その目に映る景色は、炎と瓦礫と血の赤色だった。

 赤く染まった世界は、璃空が、この世界において、自分がどれほど無力であるかを改めて思い知らせる。


 「情けない。この程度の実力で、何かを救えるとでも思ったの?」


 落下地点に先に回りこんでいた沙織は、圧倒的な実力差を見せつけるように、璃空の身体を思いきり蹴り飛ばした。

 泥と血にまみれた身体は、土煙をあげながら、いくつもの家屋と瓦礫を突き破り、ようやく静止した。


 「──あ」


 朦朧とした意識で見上げる空には、赤い翼を携えた天使というにはあまりにも禍々しい存在が浮かんでいた。

 それは内に秘めた憎悪や怒りを無差別にまき散らす怪物であり、そんな怪物が玖遠灯里だとは思えないし、思いたくもなかった。

 だが、現実から目を逸らしても、何も変わりはしない。

 玖遠灯里と高坂和希、明星輝夜の戦いは、着々と終わりへと近づいていた。


 憤怒に駆られたように、血の弾丸と共に赤い剣を振り下ろす灯里。

 それに加えて、灯里を守るように、和希の能力により出現した武器が、輝夜に向かって放たれ続けていた。

 しかし、若き英雄は、その全てを、蒼き炎を纏った刀で無慈悲に斬り捨てる。

 直後、手に持っていた刀は、黄金の槍へと変化し、纏った雷撃は天に向かって放たれる。

 その雷撃の威力は、璃空の雷撃をはるかに上回る威力だと直感する。

 放たれた閃光は、灯里の歪な翼を粉々に粉砕し、彼女を地上へと落した。


 「灯里!?」


 灯里を守るために、能力を駆使して立ち回っていた和希は、彼女が地上に落とされたことで足を止めてしまう。


 「ようやく隙を見せてくれたね」


 「しまっ──」


 その一瞬の隙を見逃す輝夜ではなかった。

 全てを焼き尽くす星の炎を纏った矢が和希に向けて放たれる。


 「あ……やめ……」


 その光景を見ていることしかできない璃空は、小さく声を漏らす。

 璃空の消え入りそうな声は、轟音にかき消される。

 そして、矢が放たれた場所は消し炭になり、何も残っていなかった。

 呆然とそれを見つめる璃空の意識を、ノイズ交じりの叫び声が引き戻す。

 視線をそちらに向けると、翼をもがれた灯里が輝夜に向かって攻撃を仕掛けていた。

 復讐のための翼をもがれたからか、あるいは和希が殺されたからかは分からないが、先ほど以上に見境が無くなっているように思えた。

 激情のままに放たれる攻撃を、輝夜は全て防ぎ、一歩ずつ灯里に近づいていく。


 このままでは、間違いなく灯里は殺される。

 それを阻止するためにここまで来たというのに、今の璃空は何もできず地べたを這い蹲っているだけの、ただの虫けらだ。

 何もできない、何も救えない、薄っぺらな覚悟だけしかない無様で無能な虫けら。

 そんなのは願い下げだと、璃空は軋む身体を無理矢理に起こして立ち上がる。

 どれだけ無様で無力で無能でも、自分を救ってくれた灯里の笑顔を守るという約束だけは、果たさなければならない。


 「え?」


 決死の覚悟で立ち上がった璃空の口からは、あまりにも情けない声が零れ出ていた。

 それほどまでに、目の前の光景が璃空の心をへし折った。


 ──輝夜の霊装が、灯里の心臓を貫いていたのだ。


 それを見た璃空の耳には何の音も聞こえなくなり、身体中を襲う激痛も、自分が立っている地面の感触すら感じなくなっていた。

 それほどまでに、璃空の心には怒りが満ち溢れていた。


 「あ……ぁぁあ……ああああああああああああああああああ!!!!!」


 灯里が血を流し、地面に崩れ落ちるのと同時に、璃空は全身に雷を纏い、怒りのままに駆け出していた。

 自分の身体がどうなろうと知ったことではない。

 ただ目の前の男が、この理不尽な世界が、何よりいつまでも無力な自分が許せなかった。

 折れた骨はさらに砕け、傷口はさらに裂けていき、纏う雷は血で赤く染まっていた。

 今までとは比べ物にならない速度で輝夜に接敵し、灯里から託された剣を抜き、振り下ろそうとする。


 「あ……?」


 しかし、その刃が輝夜に届くことはなかった。

 何故なら、璃空の怒りを阻むように、沙織が立っていたからだ。

 それと同時に、自分の視界がぐらつき、地面へと倒れていく。

 倒れていく視界で見えたものは、沙織の持つ霊装についた血と、泣き別れた自分の下半身だった。

 璃空の激情は、沙織によって斬り伏せられていたのだ。


 「さようなら、鳴神。先に地獄で待っていて」


 沙織の無機質で、少しだけ悲しそうな呟きを最後に、璃空の意識は暗闇へと沈んでいった。


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