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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第3章 赤夜の夢と天霊都市
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玖遠玲那

 その日のことは、よく覚えていない。


 「……ぱ、ぱ? ……ま、ま? ……ね、えね?」


 ただ唐突に、彼女は、家族や平和な日常の何もかもを失った。

 燃え盛る家にフラフラと近づこうとする少女を、警察官が食い止める。


 「危ないから、下がっててね?」


 幸せな記憶は、全て炎に焼き焦がされて思い出せない。


 「やだ……やだやだやだやだやだやだ!! ぱぱぁ!! ままぁ!!! ねえねぇ!! やぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


 代わりに、彼女の瞼に焼き付いて離れない光景があった。

 泣き叫ぶ少女の瞳に映った信じられない光景。

 ──燃え盛る炎の中に、血塗れで立ち尽くす姉の姿が。


 この日、玖遠灯里は復讐鬼として生まれ変わったが、玖遠玲那という少女もまた、この日に運命を捻じ曲げられた一人である。


 幼くして家族を失った玲那は、Orpheusに保護され、一人の戦士として教育された。

 そこで学んだことは、異能者としての基本や、戦闘の基礎。

 天霊という存在が如何に危険かということ。

 そして、自分の姉もまた、その天霊に区分されるということだ。

 灯里が天霊であることを知った玲那の行く道は一つしかなかった。

 幸か不幸か、玲那には異能者としての素養がずば抜けていた。

 Orpheusでの教育により、あの日の惨劇を思い出す暇もなく、その素質を伸ばし続けた。



 「君の家族の事件について?」


 「……はい。流転さんなら、そういうことに詳しいかと思いまして」


 そんなある日。

 成長した玲那には少しだけ、色々なことを考える余裕が出来ていた。

 天霊という存在に対する向き合い方。

 いくら危険とはいえ、同じ人間をその手にかける覚悟。

 そして、自分の姉もその殺される対象に入っているということ。

 様々な思考をしているときに、人はどうしても隙が生まれてしまう。

 隙が生まれるというのは、つまり、考えないようにしていたことに意識が向いてしまうということに他ならない。

 玲那も例外ではなく、たまたま自分の横を通りがかった流転を、無意識に呼び止めてしまっていた。

 聞かないように、知らないようにしていたあの日の事件について、聞きたくなってしまったのだ。


 「そうですねぇ……。全てを洗いざらい申し上げるのは、大変心苦しいのですが……」


 「……流転さんに心なんてあるんですか?」


 「これは手厳しいぃ!! ……ですが、本当に私の口から申し上げてもよろしいのですか? 資料を後日お渡しするという形も出来ますが」


 「……いえ、聞かせてください」


 珍しい流転の気遣いに少しだけ驚きながらも、玲那は、覚悟の表情で彼の思いやりを払いのけた。


 「ふむ。……では、簡潔にお伝えしましょう。あの日、灰になったあなたの家の跡地から発見されたのは、玖遠灯里の霊力残滓でした。それも天霊の霊力パターンと酷似した残滓です。現場の状況から、我々は、何らかの理由で天霊になった玖遠灯里が両親を殺害し、家ごと燃やすことで証拠を消そうとしたと判断し、現在も行方を追っているところです」


 「……そう、ですか。つまり、このまま姉が見つかれば、即座に殺されるということですよね」


 「ええ。あなたに聞きたいことがあろうとも、今のままではそれは叶わないでしょう。──今のままでは、ねぇ。それでは、これで失礼させていただきますね」


 俯く玲那に手を振り、流転はその場を去っていった。


 その日の夜。

 玲那は薄暗い自室で考える。

 今の玲那は、ただの一隊員。

 天霊に出会う機会は限りなく0に近く、出会ったところで、今の実力ではすぐに殺されてしまうだろう。

 では、どうするか。

 玲那は、今まで身に着けていた姉とのお揃いのネックレスを机の上に置き、眠りについた。


 そして、時は流れ、3年前。

 Orpheus本部、ミーティングルーム。


 「おー、相変わらずクソ真面目に集まってんな」


 Orpheus上層部の一人で、全部隊を統括・指揮している明星白夜(あけほしはくや)に召集された第零部隊の面々。

 

 「今日からこの部隊に新しいメンバーが加わることになった。ほら、自己紹介しとけ」


 「──玖遠玲那です。よろしくお願いします」


 彼女は、ついには対天霊部隊である第零部隊の一員となった。

 玖遠灯里を捕らえ、あの日の真実を知るために。

 ──場合によっては、この手で最愛の姉を殺すために。



 「これが私の知りうる限りの玖遠灯里の過去です」


 「そんな……玖遠さんが、家族を殺して失踪した……? 」


 「本当のことは直接聞かない限り分かりませんが、少なくとも世間ではそういう認識です」


 玲那の話を聞き終え、動揺する璃空。

 信じられないといった反応をする彼に、玲那は冷たい現実を突きつける。


 「……じゃあ、君もそう思ってるってこと……?」


 「それは──」


 相反する意見を持つ二人が衝突しようとする寸前、玲那の端末が鳴り響く。


 「……失礼します」


 その音に、玲那は言葉の刃を納めて、席を外した。

 璃空は、深く息を吐いて、そんな彼女の姿を見つめていた。

 彼女の姉である灯里とは、短い付き合いだからだろうか。

 二人が、あまり似ているようには思えなかった。


 「はい、玲那です。……はい。はい」


 声も仕草も、表情も姿も、似ている要素がどこにもないように感じてしまっていた。

 何がそうさせるのかは分からない。

 ただ漠然と、二人が本当の姉妹だということが、どうしても信じられなかった。


 「……え? ……っ!! ……分かりました。すぐにそちらに向かいますので、座標をすぐに送信してください。はい。それでは後ほど」


 そんな璃空の思考を打ち切るように、玲那の電話が終わる。


 「んー? 何か、険しい表情してるけど、緊急事態?」


 電話を終えた玲那に声をかける璃々。

 しかし、手のひらに爪が食い込み、血が出そうなほど唇を噛む彼女の姿が、何かただ事ではない事態が起きたことを、すぐに察させる。


 「……本来、Orpheus内での伝達事項を無関係の人間に、ましてや天霊たちに教えるなんて言語道断です。ですが──」


 玲那は、チラリと璃空の方に視線を向けた。

 これ以上先のことを言ってしまえば、Orpheusに対する裏切りを行った自分を、一生許せないだろう。


 「貸し一つです、甘音さん」


 しかし、ここでこの事実を黙ったまま、彼らの前を去ることは、もっと許せなかった。


 「え、私ぃ!?!?」


 「当然です。私が契約しているのはあなたなんですから」


 玲那の言葉に、甘音は年甲斐もなく不満をだだ漏らしていた。

 そんな彼女のことを無視して、玲那は自分に知らされた情報を璃空たちに知らせる。


 「天霊だけが存在すると言われている都市の調査中だった、Orpheus上層部の流転哭井が、ゾディアックのメンバーと遭遇し、応戦。その最中に、一人が天霊として覚醒し、暴走した天霊と、有事の際の保険として待機させていた第零部隊と交戦中のようです」


 「な、にを言ってるんだ、お前……? 天霊だけの都市に、Orpheusの上層部、それに加えて俺たちの仲間が天霊になって、第零部隊と戦ってる……? そんなことが……」


 「落ち着きなよ、鏡夜君。本来、極秘事項であることを、私たちに伝えてくれてる彼女の心を疑うのは間違ってるぜ。ここで私たちが聞くべきことは──」


 突然の緊急事態に動揺する鏡夜を、甘音は冷静に嗜める。

 そして、自分の言葉の続きを、目線だけで璃空にパスする。


 「だ、誰が、天霊になったんだ……?」


 それを受け取ったわけではないが、璃空は彼女が言わせたかった質問を口にした。

 璃空は、最初からそれだけが気になっていた。

 連絡を終えた後の玲那の態度が、ただの緊急事態ではないことを察してしまっていたから。

 彼女の過去を聞いた後であるが故に、彼女がここまで感情を露わにする相手が分かってしまっていた。

 璃空にとって最悪の事態が起きていないことを願いながら、玲那への問いかけを口にしていた。


 「……天霊になったゾディアックのメンバーの名前は──」


 しかし、現実はそんな願いを簡単に裏切り、平然と最悪の形で突き返してくる。


 「玖遠灯里です」


 その一言に、全員が言葉を失っていた。

 職人街での事件の間、灯里の身に何が起きていたのかを知る者は一人もいない。

 ただ、自分たちの知らないところで、取り返しのつかないことになってしまっていたのだ。


 「──その、都市の場所はどこなんだ」


 「……え?」


 皆が言葉を失い、それぞれの思考に時間を奪われる中、いち早く言葉を発したのは璃空だった。


 「その、都市の場所は……!?」


 璃空の激昂に呼応するように、璃空の身体からは、バチバチという音が響いていた。

 その様子に、一瞬だけ迷った玲那だったが、端末を全員に見える位置に置き、位置情報を表示させる。

 自分たちがいる場所と、目的地の位置関係を把握した璃空は、建物の扉を蹴破って外に飛び出す。


 「え、な、鳴神……!?」


 「ちょ……待てよ、璃空! 璃空っ!!!」


 悠乃と鏡夜の制止も聞かず、璃空は自分の体にかかる負担を無視して、最高速度で目的地まで駆けだした。


 「頼む……間に合ってくれ……!!」


 自分を助けてくれた少女を、今度は自分が助けるために。


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