契り千切れ、怒り舞う
人通りの少ない建物の屋上に腰を下ろす灯里と和希。
二人は、特に何を話すでもなく、空を見上げたり、街を見下ろして、体力を回復しようとしていた。
オレンジ色に燃え始めた空を見上げる灯里。
その脳裏に浮かび上がるのは、血に染まった絶望と悲劇の過去。
灯里は爪が食い込むほど拳を握りしめる。
「……どうした?」
「何でもない。もうすぐ夜だなって思っただけ」
「そうか」
彼女の様子がおかしいことに気が付いた和希は、灯里に声をかける。
しかし、彼女の返答から、踏み込んではいけないことだと勘づいた和希は、再び街を見下ろす。
その背中を見つめながら、灯里は深呼吸をし、再び空を見上げる。
どうしても拭い去れない、常にまとわりついてくる過去。
いつか決着をつけなければいけないのは分かっているし、忘れてはいけない過去だということも分かっている。
だが、目の前に元凶がいるわけでもないのに、過去に囚われすぎるのもよくないことだということは分かっていた。
「……ダメだな、私」
自分の頬を軽く叩いて、灯里は立ち上がる。
いつの間にか、オレンジ色の空は黒い夜の空に侵蝕され始めていた。
空を見ながら、街を見下ろす和希の隣に並び立つ。
「あれ? もう機嫌直ったの?」
「はぁ? 最初から機嫌悪かったわけじゃないけど」
「その割には、話しかけるなオーラ全開だったくせに」
「そう? まあいいじゃん」
軽口を叩きあいながら、街を見下ろす二人。
「あっ。お二人とも、お待たせいたしました!! 顔役が到着しましたので、ご案内いたします!」
そんな二人を見つけたメイリアが、手を振りながら声をかけてくる。
灯里と和希は顔を見合わせて、メイリアの元に降りていく。
二人は、黙って彼女の後ろを歩いていく。
数分後、三人は一つの建物に辿り着く。
そこは、こじんまりとした喫茶店だった。
「マクスウェル、お客様をお連れしました」
「ああ。ありがとう、メイリア」
三人が中に入ると、マクスウェルと呼ばれた男性が、灯里たちに声をかけてくる。
その姿を見た和希は、足を止めた。
誰にも知られていなかった、天霊しかいない街の情報が、何故、自分たちの元に舞い込んできたのか。
それが、頭の片隅でずっと気になっていた。
内部の誰かが漏らしてしまったのか。
それとも、外部の人間が何かしらの思惑で、この街の存在を広めたのか。
「どうやら、後者だったみたいだね」
どういう意図や目的があったのかは知らないが、間違いなく、外部の人間がこの街の存在を広めたのだ。
本格的に、面倒なことになってきたなと思いながら、自分の横に立つ灯里の顔を見る。
その顔は、髪に隠れて見えなかった。
しかし、次に発せられた彼女の声で、灯里の感情はすぐに分かった。
「……マクスウェル?」
「ええ。マクスウェルですが、どうかいたしましたか?」
「マクスウェル……? ──違う。お前は、Orpheus上層部研究・開発機関局長。流転哭井だ……!!」
灯里は、血が出るほど拳を強く握り、怒りのままに叫んだ。
その怒気は、空気を震わせ、建物を軋ませた。
「──ふふ。ははは!!! もう少し我慢してくれると思ったんですけどね、随分と我慢が出来ないようだ。それほどまでに私が憎いですか? ねえ、玖遠灯里さん?」
「──!!」
「落ち着きなよ、灯里」
怒りと憎しみのままに殴りかかろうとする灯里を、和希が肩を掴んで制止する。
彼女の顔は、今にも全てを殺し、破壊しようとしている人間の顔だった。
「殺すのは勝手だけど、その前に色々聞きたいことがあるんだよ」
「君は確か……」
「ゾディアック、高坂和希。以後、お見知りおきを」
和希は灯里の前に立ち、流転と向き合い、わざとらしく頭を下げた。
そして、顔を上げた和希は、冷たい目で口を開いた。
「この街を創ったのも、この街の存在を広めたのもあなたね。目的は一体何?」
「目的……そうですねえ。しいて言うならば、世界平和のため……ですかね」
「……私の全てを奪ったお前が、世界平和……!? ふざけるのも大概にしろっ!!!」
灯里は和希を押しのけて、流転の胸倉を掴む。
その手に浮かび上がる血管は、少し赤く発光しているように見えた。
目の前の少女から溢れ出る負の感情を前に、相も変わらず楽しそうな表情を浮かべる。
「ふざけてなどいませんよ。私の行動の全ては、世界平和のため。その過程で出た犠牲は、必要な犠牲だったのですよ」
「必要な……犠牲……?」
「そう! 必要な犠牲です!! あなたの両親が死んだことも、あなたの普通の生活が失われたことも、唯月花梨が天霊となり死んだことも、鳴神璃空の日常が失われたことも全ては必要な犠牲なのですよ!!」
「──お前、今なんて言った……?」
怒りに震えていた灯里は、予想外の名前に背筋が凍りつく。
どうして今、その二人の名前が出てきたのか。
その理由が、もし自分の想像通りだとしたら、今すぐにこの男を殺してしまうだろう。
灯里の感情を読み取ったように、流転は口を開く。
「おや。唯月花梨の話を聞いたのに、気づきませんでしたか? あなたと彼女は、全く同じ発生原因だということに」
「ま、さか……」
「彼女には、私の舞台を盛り上げるための起爆剤となっていただきました。おかげで、実にいい悲劇が見られました」
流転は、花梨を天霊とすることで、鳴神璃空、唯月花梨、白蓮鏡夜、篠宮沙織の4人が対立する構図を創り上げた。
目の前の男は、世界平和を大義名分に、多くの人間の運命を壊したのだ。
どんな理由があろうと、そんなこと許されていいわけがない。
「──お前だけは……ここで、殺す……!!!!!」
怒り、憎悪、殺意に導かれるまま、灯里は、自分の中のブラックボックスに手を伸ばす。
あと少しで手が触れるという瞬間に、彼女の身体に鎖が巻き付く。
「くっ……」
その鎖は、ゾディアックの一員、筒乃守深雪の能力『繋ギノ契リ(コネクション)』によるものだった。
灯里の力の大部分は、ゾディアックに加入した際、彼女によって封じられていた。
その当時は、甘んじて受け入れたが、今の灯里にとっては邪魔な楔でしかない。
「……ごめんなさい、筒乃守さん。──さようなら」
灯里は、自分を縛る鎖を力強く掴み、その鎖が束ねられている先に意識を集中させる。
そして、鎖の先にある深雪の霊力への経路を確立させると同時に、膨大な霊力を殺意と共に流し込む。
異常なまでの霊力に、鎖はたわみ、軋む音が響く。
その音が止まり、しばらくの静寂の後、激しい音とともに、鎖は千切れ、灯里は封じられていたブラックボックスに触れた。
◇
「これは、これは……!!」
「流転、下がって!」
目の前の少女の変貌を楽しそうに見守る流転に、メイリアは切迫した表情で流転の前に出る。
灯里の変わり果てた様子に、和希も息を呑む。
喫茶店は玩具のように簡単に崩壊し、瓦礫は灯里の激情に触れ、炎に包まれる。
そして、炎の中心には、歪な血の翼を携えた禍々しい天使がいた。




