未開の異界
ファムファタルに足を踏み入れた灯里と和希。
二人は息を飲み、戦慄した。
外で感じるよりも、ずっと大きな霊力の渦に取り込まれたような感覚に、灯里は平衡感覚を失った。
しかし、それよりも強い霊力が背中から流れ込み、灯里は現実に引き戻される。
視界は掠れているが、灯里の背中に和希の手が触れている感触だけは、はっきりと理解できた。
「──■■」
「……その名前で呼ぶな」
朦朧とした意識の中、灯里は、和希であって和希ではない誰かの名前を呼んでしまう。
和希は、軽く舌打ちをし、彼女の背中から手を離した。
「……ふぅ。ごめん、ありがとう」
「はいはい」
深呼吸をして、自分を取り戻した灯里は、しっかりと自分の足で地面に立つ。
「まあ、無理もないか。この街全体から大きな霊力を感じる。きっと、この地面も建物も全て能力で創られたものなんだと思う」
常人では正気を保てないであろう霊力の奔流。
その理由を推測する和希は、落ちていた瓦礫を握りつぶす。
粉々になった瓦礫は、光の粒になって消えていく。
「おや? あなたたちは……」
そうやって、常識では計り知れない都市について、考察をしていると、二人に誰かが声をかけてきた。
「あなたは……」
「私は、この街を治めるメイリア、というものです」
どうぞよろしく、とメイリアと名乗った女性は、恭しく頭を下げた。
それにつられて、灯里も何となく頭を下げる。
「それで、この街に何か用でしょうか……?」
顔を上げたメイリアの眼には、警戒の色があった。
それもそのはずだ。
今まで存在が秘匿されてきたであろう街に、突然、外部から人間がやってきた。
この状況で、警戒しない人間などいないだろう。
灯里と和希は顔を見合わせ、どうするべきか考える。
正体や目的を隠して接するべきか。
「……私たちは、ゾディアック。あなたたち全員を、保護しに来ました」
しかし、隠したところで意味はないと判断した二人は、自分たちのがここにいる理由を全て話し始めた。
それを聞くメイリアの顔が、一瞬だけ冷たく凍りついたことに、二人は気づかなかった。
◇
そんな二人とメイリアのやり取りを、影から覗く少年がいた。
見慣れた街の人たちではない、外部の人間の来訪。
当たり前の日常が崩れそうな予感に、少年は胸を弾ませながら走り出した。
「テラリス!! テーラーリース―!!」
街の外れに走っていく少年は、誰かの名前を呼び続けた。
息を切らし、立ち止まる少年の頭に小石が当てられる。
「いたっ……テラリス?」
「はあ……大きな声で叫ぶなって言っただろ、スピカ?」
優しい痛みに顔を上げると、テラリスと呼ばれた少年が建物の窓から顔を出し、呆れた表情を浮かべていた。
「それで、どうしたの?」
「そう、聞いてよ! 街の外から人が来たんだよ!! それも二人!!」
「ふーん。あっそ」
「えぇ―……何でそんなにどうでもよさそうなのぉ……」
興奮して話すスピカとは対照的に、心底、興味のない顔をしてテラリスは建物の中に戻っていった。
スピカはショックを受けながら、建物の中に入っていく。
「おかえり、スピカ」
「マオミルゥ……ただいまぁ……」
「おー、よしよし」
「相変わらずテラリスのやつは、興味ないことはとことん興味ねえのな。俺は気になるぜ? 街の外から来たやつってのはさ」
建物の中に入ったスピカを二人の少年少女が出迎える。
落ち込むスピカの頭を撫でる少女、マオミル。
そして、スピカ同様に街の外から来た人間に興味を持つ少年、ガハット。
「ガハット~!! お前は分かってくれるって思ってたぞ!!」
「おう! この街のやつらとは戦い飽きたからな」
「興味を持った理由がそれなんだ……」
意気投合し腕を組む二人を、マオミルは冷めた目で見守っていた。
「よし! 俺もちょっと見に行ってみるか。行くぞ、マオミル」
「……え? え!? ちょ、ちょっと待って……!」
そんな彼女の視線に気付かず、スピカとガハットは外に出ていってしまう。
置いて行かれたマオミルは、慌てて二人を追いかけていく。
「……はぁ」
その様子を窓から見ていたテラリスは、ため息をついて遠くなる三人の背中を見守っていた。




