星を殺す夜
「終わった……の……?」
璃空に突き飛ばされた悠乃は、目の前の光景を呆気に取られていた。
あまりにも簡単に戦いが終わってしまったことが、彼女には信じられなかった。
心臓を貫かれた科哭は、血を流し、地面に膝をついていた。
璃空も、よろめきながら、後ろに下がり、距離を取っていた。
「ごほっ……あぁ……」
科哭は、穴の開いた胸に手を置き、血まみれの手を見て、微笑んだ。
「ありがとう、鳴神璃空。おかげで……完成だ……!!」
「な、にを……。っ!?」
彼女の言葉の意味が、璃空には理解できなかった。
しかし、すぐにその異変に気が付き、璃空は一歩後ずさった。
零れ落ちていた血の色が変わり始め、科哭の身体が形を失い始めた。
「本当は、人形を創り出した時点で、私の理論は完全に崩れた。でも、私は、私の理論を補う手段を思いついた」
空に浮かび上がる死の塊にひびが入っていく。
どろどろと崩れていく科哭は、空に手を伸ばす。
「私自身を毒にすれば、欠けたパーツを補うことができる! そのために、私は自分の命を捧げることにした!! これで、私の研究は完成する!!!」
「させるか──!!」
璃空は、科哭の企みを阻止しようと、刀を振る。
「ははっ!! もう遅い!! さあ、命ある全ての生命を殺し尽くせ!! 星殺!!!」
しかし、璃空の刀が振り下ろされる前に、科哭の身体は完全に毒と化し、死の塊に飲み込まれていく。
その瞬間、胎動する死の毒蛇は、星を殺すために誕生した。
「何、あれ……」
その様子を後ろで見ていた悠乃は、恐怖に震えていた。
空を漂う巨大な毒蛇は、ただそこにいるだけで、空気を蝕み、空を澱ませていた。
悠乃の生み出す魔獣とは全く別次元の存在に、少女は動くことも立ち上がることもできなくなっていた。
璃空も、真上に漂うその存在に、恐怖を感じていた。
そして、それが生まれる前に、科哭を殺しきれなった自分の弱さに、どうしようもなく怒りを覚えていた。
一体、どうすればいいのか。
璃空が逡巡していると、毒蛇は、理解不能な声をあげながら、恐怖に震えて動けなくなっている悠乃の元に襲い掛かる。
「い、いやぁ……! 来ないで……っ!!」
「悠乃……!!」
恐怖に泣き叫ぶ悠乃。
そんな少女を守るために、璃空は身体中の痛みを無視して、全力で走り出す。
「な、鳴神……!」
「うおおお!!!」
転がり込むように、悠乃の前に辿り着いた璃空は、迫りくる毒蛇と相対する。
そのまま、持っていた刀を全力で投擲し、毒蛇を一直線に貫く。
しかし、生物ではない毒の塊は、すぐに元の形へと戻り、璃空と悠乃の元に向かってくる。
「ダメ、だよ……逃げて……!!」
「嫌だ! 悠乃も、鏡夜も、俺も!! みんなで……生きて帰るんだ!!」
せめて璃空だけでも逃げて、生きてほしいと願う悠乃だったが、璃空は全員で生きて帰るために、拳を握る。
だが、迫りくる死の毒蛇を前に、璃空は痛感する。
立ち向かう意志だけでは、どうしようもならないことが、この世には多く存在するということを。
そして、そんな理不尽を、どうしても乗り越えなければならない時がある。
璃空にとって、それは今だった。
『あはっ。──だったら、私が力を貸してあげる』
そんな璃空の背後から、冷たく甘い声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにいたのは、天使とも悪魔とも似つかない存在が漂っていた。
それは、璃空に手を伸ばし、彼の視界をふさぐ。
そのまま、導かれるように、璃空は握った拳を、死の毒蛇に向けて振るった。
「……え?」
その光景に、悠乃は驚愕する。
璃空の拳が、毒蛇に触れた瞬間、目の前の毒蛇が凍りつく。
同時に、璃空の世界は凍りつき、何も見えない世界から、音すらも消え去る。
自分の鼓動の音も聞こえない、静寂の世界で、響くのは誰かの声だった。
それが誰の声か確かめようとするが、声を出すことすらできないまま、時間だけが流れていく。
それから、どれくらい時が経ったのか。
璃空の視界を塞いでいた手が消え、元の景色が広がり、凍りついていた世界が動き始める。
「──っは! がはっ! はあ、はあ……!!」
砕け散る氷片の中。璃空は、地面に崩れ落ちた。
現実に戻ってきた実感と共に、自分がずっと呼吸を忘れていたことに気が付く。
異常な速度で脈打つ心臓の音を聞きながら、必死に呼吸を繰り返す。
「鳴神……! 鳴神!!」
目の前で苦しそうに藻掻く璃空に、悠乃は叫び続けた。
その声は、璃空の耳には届かず、ただどうしようもない苦しさだけが、璃空の身体を襲っていた。
もはや動くことのできない璃空の頭上には、自由になった毒蛇が暴れまわっていた。
どうにか動けるようになった悠乃は、璃空をかばうように前に出る。
「ゆ……の……」
「……大丈夫。今度は、私が守るから」
冷や汗をかきながら、悠乃の名前を呼ぶ璃空に、彼女は精一杯に強がった笑みを見せる。
そんな二人の元に、毒蛇が右往左往しながらも、凄まじい勢いで向かってきていた。
完全に霊力が切れた悠乃には何もできず、死の予感を前に、悠乃は目を閉じた。
「はえー。何あの大きな蛇。すごー」
「あんなのを見て、そんな感想出てくるの、あなたぐらいですよ」
「──え?」
しかし、彼女の耳に聞こえたのは、悠乃がよく知る人物の声だった。
目を開け、声のした方向を向くと、そこには、フードを被った二人の人影が立っていた。
「甘音……?」
「およ? 悠乃ちゃん……!?」
悠乃の声に、甘音と呼ばれた女性は、フードを外し、悠乃と璃空の元に近づいてくる。
それを遮るかのように、毒蛇が迫りくる。
「に、逃げ──」
「大丈夫」
璃空は、かすれた声で近づいてくる甘音に逃げるように叫ぼうとする。
だが、それを遮るように、甘音は笑って、腰に差していた刀の柄に手を置いた。
そして、悠然と歩きながら、手の甲に痣が浮き出た瞬間に刀を抜いた。
「もう、終わったから」
「っ!?」
その言葉と同時に、璃空たちの元に迫っていた毒蛇が切り刻まれる。
甘音は刀を鞘に納めながら、空を見上げた。
細かく刻まれた毒蛇は、理解不能な声ではあるが、断末魔のような叫びをあげて、霧散した。
甘音につられて、空を見上げていた璃空は、消滅する毒蛇と降り注ぐ水晶の欠片に、何が起きたのか理解できずに悠乃を見る。
「な、にが……」
「……多分、毒蛇を水晶に変換したんだと思う」
「ざーんねん。この町を覆ってた毒も、だよ」
悠乃の説明と、甘音の言葉に、璃空はついに言葉を失った。
刀の一振りで、毒蛇を八つ裂きにし、さらに毒蛇諸共、街を覆っていた毒を水晶に変えてしまう荒業。
そんな、明らかに別次元の強さを目の当たりにした璃空は、息をのんだ。
「あれが、ゾディアック最強の異能者、甘音璃々(りり)だよ」
月明かりに照らされた水晶が降り注ぐ夜の中で、甘音は、笑顔を浮かべながら、璃空と悠乃にピースサインを向けた。
その姿に、璃空は、血が出るほど唇を噛み、拳を強く握りしめていたのだった。




