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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第2章 鳥籠のコルリ
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デス・カウントダウン

 「はあ……はあ……」


 科哭は、荒く息を吐き、大量の汗が地面に流れ落ちていた。

 彼女が創り出そうとしているものは、非常に強力で凶悪な猛毒だが、当然、問題点もある。

 

 この毒は、理論上の産物でしかない。

 一度解き放てば、全ての生命を殺し尽くす猛毒であるが故に、軽率に実験を行うことができなかった。

 そのため、どんな環境、状況下でも発動する方程式を導き出す必要があった。

 長年の研究の結果、科哭は究極の毒を創り出す方法を確立したが、それは非常に繊細で、時間のかかるものだった。


 この毒には、科哭が創り出せる全ての毒を必要とした。

 それに加えて、その時の周囲の状況、科哭の霊力残量などを、即座に算出し、理論式に反映しなければならなかった。

 つまり、一度この毒の生成に取り掛かってしまうと、完全に無防備で、隙だらけの状態になってしまうのだ。

 そんな状況を防ぐために、科哭に近づけば近づくほど、身体が急速に蝕まれるような毒を生成していた。

 しかし、今の科哭には、白蓮と奏城の相手をしていたせいで、他のことに回す霊力はなかった。


 それでも、科哭は、実験を着々と進めていく。

 もはやこの場に、彼女を止められるものは一人としておらず、周囲からも霊力は感じられなかった。

 仮にいたとしても、自分の毒が完成する方が早いと確信していた。

 毒の塊はひび割れ始め、完成はもう間もなくだった。


 「あと少し……もう少しだ」


 自身の半生を費やした研究の完成を目前に、科哭は、頭上を見上げて、笑顔を浮かべた。

 その瞬間、科哭は、周囲への警戒を完全に解いてしまった。

 

 それが、決定的な隙となる。

 科哭の意識の隙間に潜り込むように、正面の空間が揺らぎ、青髪の少女が姿を現す。


 「──は?」


 目の前に現れた大きな霊力に、科哭は思考が停止する。


 「っ!! あぁああああ!!!」


 だが、小さな拳が、眼前に迫ってきていることを認識した彼女は、即座に状況を理解した。

 その場から動けず、少しでも集中を切らせば、科哭の悲願は、ここに潰えることになる。

 そんなことはさせまいと、彼女はかつてないほどの思考する。

 消費しても理論式に影響を与えない霊力量を算出し、状況を打破するための策を作りあげる。


 「神皇黎水(アクア・レイジア)傀儡(パペット)!!!!!!」


 そして、悠乃の拳が直撃するコンマ1秒前に、彼女は、あらゆる物質を溶かす白銀の猛毒液で人形を創り出し、悠乃の攻撃を防御した。

 それは、直前の戦いで、自身の身体を動かすために鏡夜が使用した風糸傀儡(ふうしかいらい)を参考にしたものだった。


 「ぅぐあ……!!」


 猛毒に阻まれた悠乃は、拳を溶かされる激痛に、苦悶の声を漏らした。

 人形の腕は形を変え、悠乃の腕を絡めとる。


 「私の──邪魔すんな!!」


 そのまま、身動きを封じられた少女の腹部を、科哭は蹴り抜いた。


 「がっ……!!」


 人形を貫通した科哭の脚は、白銀色の猛毒を纏っており、悠乃の腹部は大きく抉れていた。

 右腕も溶かされ、大量の血を流しながら、地面に崩れ落ちる悠乃。

 しかし、意識を失った悠乃は、不敵な笑みを浮かべていた。


 「……おかしい」


 その笑みに、科哭は、違和感を覚えていた。

 決定的な隙をついて現れた少女が、何の策も講じていないはずがない。

 そうでなければ、ただの犬死。

 無駄に命を散らしただけである。


 「まさか……!!」


 そこで、ある可能性に辿り着いた科哭は、目の前の少女の頭蓋を完全に溶かし尽くした。

 すると、少女の姿が薄れていき、そこにいたのは頭部を失った獣だった。


 「──ありがとう、悠乃」


 「──!!!」


 獣が消滅すると同時に、科哭の背後から、誰かの声が聞こえてくる。

 それが誰の声かは問うまでもなかった。

 本来、科哭が実験体にしたいと望んでいた存在。

 最後の実験でようやく現れたことに、科哭は運命を感じていた。


 「鳴神、璃空!!!」


 科哭が喜びに震えながら、叫び、振り返る。

 そこには、雷撃を纏った刀を一閃しようとする璃空と、その背に触れる悠乃がいた。



 「──つまり、悠乃の魔獣を囮にして、その隙に敵を背後から斬る……ってことか?」


 「……うん。きっと、それが一番確実だと思うから」


 奇襲の数分前。

 悠乃は、次元鯨を自身の身体に取り込みながら、自分が思いついた作戦を璃空に話していた。

 なるべく霊力を確保するために、維持する魔獣の数をなるべく少なくしようと考えていた。


 「でも、それでいいのか……?」


 そんな彼女の話を聞き終えた璃空は、不安そうな顔を浮かべた。

 璃空は、彼女が魔獣を大切にしていることを知っていた。

 彼女にとって大事な存在を、囮にした作戦を考えたことに、驚きを隠せなかった。


 「……本当は嫌だけど、こんなところで死ぬのはもっと嫌だ」


 悠乃は力強い眼差しで、璃空の不安を否定した。

 確かに、自分が生み出した魔獣の命を無駄にするのは抵抗があった。

 しかし、そうしなければ生き残れないというのならやるしかない。

 悠乃は、目を閉じ、深呼吸しながら、頭の中に生み出す魔獣の姿を思い描く。


 「──よし。おいで、クマックス」


 彼女の言葉に応じて、巨大な熊が姿を現す。

 悠乃は、疲労により息を切らしながら、熊の頭を優しく撫で、指を鳴らした。

 すると、巨大な熊の姿が徐々に変化していく。

 数秒も経たずに、その姿は、悠乃と全く同じ姿へと完全に変化した。

 悠乃がその熊に触れると、空間の揺らぎの中に消えていく。


 「……はぁ。上手くいった」


 その場に座り込む悠乃の近くに、駆け寄った璃空は、彼女の生み出す魔獣の多彩さに、改めて驚いていた。

 それを見抜いたかのように、悠乃は満足そうな笑みを浮かべていた。


 「あとは、鳴神次第だよ」


 「──ああ。任せろ」


 悠乃の言葉に答えるように、雷撃を纏った璃空は、差し出された手をそっと握った。



 「おおお!!」


 科哭の背後に現れた璃空は、彼女の首を目掛けて、刃を振るう。

 それは完璧なタイミング。決定的な一撃だった。

 回避は不可能。もはや、彼女に待ち受けているのは、死のみだ。

 

 ──だというのに、科哭は、ただ笑っていた。

 笑いながら、科哭は指を鳴らす。

 その音に呼応して、背後に佇んでいた白銀の毒人形が、メキメキと音を立てながら、一つの塊へと変貌していく。


 「神皇黎水(アクア・レイジア)爆光(バースト)


 彼女の一言で、背後の圧縮された毒液は、四方に弾け飛ぶ。

 そのまま、毒液の飛礫は、科哭の身体を貫いて、璃空に向かってくる。


 「なっ!?」


 そんな科哭の行動に、璃空は驚愕する。

 彼女の反撃は、当然、想定の内だった。

 しかし、その行動が、自分を巻き込んだ無差別攻撃だとは想像できなかった。

 璃空は、攻撃を中断し、とっさに悠乃を後ろに突き飛ばした。


 「ぐぁっ!!」


 「鳴神……!!」


 無数の毒の飛礫は、璃空の身体と刃を無慈悲に溶かしていく。

 全身を溶かされる激痛に、血を吐き散らしながら、それでも璃空は、科哭から目を逸らさなかった。

 ここで、璃空が倒れれば、科哭を止められるものは、誰もいなくなる。

 それはつまり、璃空の大事な人たちの死を意味していた。


 「俺は……みんなを……守るんだ……!!」


 ドロドロに溶けた刀に雷撃を纏わせ、璃空は科哭の心臓に向けて、刀を突き出した。


 「──あはっ」


 迫りくる死を前に、科哭は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そして、璃空の一撃は、あっさりと彼女の心臓を貫いた。

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