呉越同舟の果て
「鉄扇神楽!!」
悠乃と璃空が意識を失っている間。
鏡夜と奏城、科哭の戦いも激化していた。
奏城は、いくつもの鉄の棘を出現させ、科哭が自由に動ける空間を奪っていく。
そして、彼女が避けてくる方向を先読みし、霊装で攻撃を繰り出していく。
鏡夜もそれに合わせて、科哭に切りかかる。
神経の麻痺は解毒したものの、未だに鏡夜の霊力は毒素に変えられているため、能力が使えなかった。
そのため、落ちていた霊装を拾い上げて、攻撃をするしかなかった。
「はぁ……」
そんな二人の姿に、科哭はため息をついた。
片や、身体に纏った鉄ごと切り裂かれ、吸い込んだ毒に犯され続ける男。
片や、体内の霊力を毒素に変えられ続け、無理矢理、能力を使用した影響で、指一本動かすだけでも激痛に苛まれる状態の男。
何故こんな状態になってまで抗うのか。
大人しく死を受け入れれば、楽になれるというのに。
わざわざ、自分から命を捨てるような行動をする理由が、彼女には全くもって理解できなかった。
「まぁ、これぐらい元気な方が、私も実験のし甲斐があるってもんよね」
科哭は二人の必死の攻撃を軽々と回避しながら、両腕に霊力を集中させる。
「あれは……っ! 白蓮鏡夜、下がれ!!!」
「っ!!」
科哭が何をしようとしているのか、即座に感づいた奏城は、声を荒げて、後ろに下がった。
奏城の声に、鏡夜は、激痛に耐えながら、後方に大きく飛びのき、地面を転がった。
その瞬間、科哭の周囲を取り囲んでいた鉄の棘が、音を立てて地面に落ちていった。
「な……」
「あれだ。あの技に、俺はぶった切られたんだ」
「神皇黎水。この毒の前では、何もかも等しく同じ」
科哭の腕には、白銀色の液体が、剣状に固められていた。
地面に落ちた鉄の断面は、ドロドロに溶けていた。
奏城の身体に着けられた傷跡も、よく見れば歪なものだった。
いくら解毒薬があろうとも、溶かされてしまえば、どうすることもできない。
「マジで、厄介すぎるだろ……」
様々な効果を持ち、変幻自在に形を変える毒。
さらに、これだけ連続で能力を使用できるほどの、異常な霊力と、特徴的な肌の爛れ。
おそらく、科哭は天霊なのだろうと鏡夜は推測していた。
奏城も、長らく天霊である暴食を追っていたため、科哭が天霊であることを察していた。
鏡夜は、自分と反対側にいる奏城と目を合わせる。
その表情から、お互いの意見は一致していると考えた。
長引けば長引くほど、こちらに勝ち目がなくなることは明白だった。
確実に動ける今。
次の一手で、科哭に致命傷を負わせられなければ、二人の負けは覆せないものとなる。
それは、相対している科哭も分かっていた。
次の二人の攻撃を叩き潰せば、確実に勝てることを。
実験の続きは、勝ちの芽を潰してからでも問題ないだろう。
安全圏から、確実に、絶対的に、圧倒的に、勝利する。
自分にはそれができるし、自分の勝ちは揺るぎないものだと科哭は考えていた。
静かに睨み合う三人。
最初に動いたのは奏城だった。
「蛇鋼千尾!!」
奏城が霊力を込めた鉄の拳で、地面を思いきり殴ると、蛇のようにうねる鉄の刃が、群れを成して、科哭に襲い掛かる。
たとえ、溶かされようとも、次から次へと襲い掛かられれば、太刀打ちできないはずだ。
地を這い、渦を巻きながら、凶刃が科哭に迫りくる。
「……浅はかすぎて、呆れた」
科哭は、手に固めていた白銀色の毒液を、不定形の液体に戻した。
そして、彼女は、その場で回転を始めた。
全てを溶かす毒液を、鞭のように振り回すことで、死の竜巻を生み出した。
「神皇黎水・滅旋」
鉄の蛇は、死の奔流に呑まれ、次々に死に絶えていく。
その間に、鏡夜は、未だ、毒素に変わっていない、なけなしの霊力を振り絞る。
「がはっ!! あぁぁ!!」
ただでさえ、ズタボロの身体に、さらに無茶をさせていく。
もはや、立つことすら困難なほど、全身が壊れていく。
それと引き換えに、手に持っていた霊装に風の刃が纏わりついていく。
「く、そ……あと、少し……もう、少しだけ、動いてくれ……!」
鏡夜が、動かない身体を、必死に動こうとすると、足元が大きく揺れる。
バランスを崩して、倒れた鏡夜の身体には、冷たく硬い感触が伝わってきた。
「な、はぁ!?」
鏡夜の足元に現れたのは鉄の蛇だった。
蛇は、ゆっくりと、空高く昇っていく。
眼下には、奏城の生み出した鉄の蛇を、高速で切り落としていく死の嵐が見えた。
それは徐々に範囲を広げており、このままでは、奏城は肉片一つ残さず溶かされてしまうだろう。
同時に、鏡夜には、科哭の技が、どうしても隙だらけに思えた。
それは、距離を取ったおかげか、それとも自分が繰り出す技に似たような技だったからか。
「……どっちにせよ」
鏡夜は、霊装を支えに、激痛に顔を歪ませながら、ゆっくりと立ち上がる。
風の刃を纏った霊装を構えて、死の嵐を見つめる。
「ここからなら、よく見える」
そして、一瞬、死の流れが揺らいだ瞬間、残った全ての力を使って、霊装を投擲した。
それは、速度を増しながら、鉄の蛇を躱しながら、死の嵐の隙間を穿った。
「……え」
奏城の攻撃を楽しそうに、封殺していた科哭は、何が自分の元に向かってきているのか理解できなかった。
しかし、それに向かって手を伸ばさなければ。
それを消し去らなければ、自分は間違いなく死ぬと、身体が勝手に動いていた。
全てを溶かす白銀の毒液は、霊装をドロドロに溶かしていく。
しかし、科哭のそれは、あくまで、形ある全てのものを溶かしてしまう。
言い換えれば、形のない、風の刃は溶かせないということだった。
「ぁ゛ぁぁぁぁ゛ぁあぁぁぁっ゛ぁぁ゛ぁぁぁぁ!!!」
風の刃に触れてしまった、科哭の右腕は、ズタズタに切り裂かれ、見るも無残な姿へと変わった。
そのまま、風に吹き飛ばされた科哭の身体は、地面を転がり、鉄の蛇に切り刻まれた。
「ぎぃぃぃああああがあ!!!」
科哭の右腕は原型を失い、全身は大きく切り裂かれ、血の中に倒れ伏していた。
「上出来だ!!」
鏡夜が命を削って、創り出したチャンス。
確実にとどめを刺すため、奏城は地面に倒れた科哭に追撃する。
自分の身体から流れ出た血を見ながら、科哭は震えていた。
それは、純然たる怒りだった。
死にかけの実験体に、致命傷を負わされたこと。
自身の研究成果である毒を受けたにも関わらず、ここまで戦えていること。
そして、自分の絶対的な勝利を疑わず、慢心したこと。
「ぐぁがぁぁ……な、めるなぁぁぁ!!!」
科哭は、怒りのままに、自身の傷口に左手を突き刺す。
そのまま、傷口から、体内に即効性の痛覚麻痺毒を巡らせていく。
それにより、立ち上がれないほどの激痛を殺し、狂気的な笑みを浮かべながら、立ち上がる。
同時に、こちらに向かってくる奏城を睨みつけながら、再び白銀色の液体を生み出し、槍状に構築していく。
「くそっ……!!」
科哭の行動に驚愕する奏城は、彼女が攻撃を繰り出す前に片を付けようと急ぐ。
「──死ね」
こちらに向かってくる奏城に向かって、科哭は無慈悲に白銀の毒槍を投擲した。
単調な軌道の攻撃だと思いながら、奏城は回避しようとする。
だが、その直後、自分が科哭のことを、死にかけだと侮っていたことを痛感する。
科哭が投擲した毒槍は、元々、能力で作り出した液体なのだ。
それはつまり、使用者の意思に応じて、自在に形を変えるということを意味していた。
一直線に向かってきていた毒槍は、穂先を四方八方に広げ、奏城の身体を貫いた。
「ごふっ……」
どうにか致命傷を避けようと、全身を鉄で覆うものの、全てを溶かしつくす毒液の前では無意味だった。
奏城は、全身から血を流しながら崩れ落ちた。
「はあ……はあ……」
科哭は、荒く息を吐きながら、頭上を見上げる。
奏城が倒れたことで、鏡夜が霊装を投擲した鉄の蛇も崩れ落ち、鏡夜は地面に向かって落下していた。
どちらも、まだ息はあるが、もはや立ち上がることは不可能だった。
「……私の毒を受けて、ここまで戦えたのは、あんたたちが初めて」
大きく息を吐きながら、科哭は、二人の賞賛の言葉を投げかける。
それは、彼女にとっての勝利宣言だった。
その言葉に答えるものはいなかった。
「死に逝くあんたたちに敬意を表して、私の最高傑作を見せてあげる」
そして、科哭は二人の検討を称え、全身全霊をもって、彼らを抹殺することを決めた。
科哭の身体から、高密度の霊力が放出され、それは触れたものを殺す数多の猛毒へと変化していく。
それらの毒を、配合し続け、彼女の頭上には、禍々しい巨大な毒の塊が生み出される。
毒塊は、新たに毒が加えられるごとに、激しく脈打つ。
まるで、母体の中で誕生を待ちわびる胎児のように。
「あはは……ははははは!!」
科哭は、毒塊の胎動を聞きながら、それが誕生するときを、今か今かと待ちわびるのだった。
2月中に2章完結できねえな……




