死が昇るとき
「──なるほど。これが、君の過去か」
悠乃が追体験した過去が、星導の持つ本に記されていく。
それを読みながら、星導は、眠り続ける悠乃を悲しそうに見つめていた。
人とは全く違う能力を持っていたせいで、虐げられた少女。
心優しい少女は、化け物であると蔑まれた結果、本当の化け物へと進化してしまった。
「いつの時代も、人間というのは愚かな生き物だ」
星導は、人間の変わらぬ愚かさを嘆きながら、倒れている璃空の方に歩いていく。
氷の刃で貫かれた璃空は、意識を失ってはいるものの、目立った傷口はなかった。
それもそのはず。
璃空の心臓に突き刺さった氷の刃は、とある少女の霊力を刃に見せかけ、突き刺しただけだった。
鳴神璃空という人間の中には、現在、彼以外の霊力が存在していた。
そのうちの一つが、璃空の姉、鳴神未空が璃空に残した霊力だった。
第零部隊との交戦時に、璃空が大規模な氷結能力を使用したことは星導も知っていた。
他人の霊力を宿し、あまつさえその霊力を自分のものとして使用することで、自分のだけの異能として使うなど、ありえない現象だった。
しかし、実際にありえないことは現実になっている。
「滅茶苦茶な能力だけど、その分、制約も多そうだ」
現に、璃空が自由に使える能力は雷撃を操る『十六ノ雷塔』だけだ。
未空の霊力を自由自在に扱えていないことから、いくつかの制約があるのは明らかだ。
星導生真はそれを知っているが、わざわざ全てを事細かに教えるような親切心も持ち合わせていなかった。
だからこうして、荒療治ではあるが、自分自身を知るためのきっかけを与えた。
どうしてそんなことをするのかと問われれば、「それが一番面白いからだ」と彼は答えるだろう。
「まあ、ここから、進化するか、停滞するかは君次第だよ」
璃空の身体には、心臓を起点に、至る所に凍症が広がっていた。
無理矢理、未空の霊力を引きずり出した代償だ。
この傷が消えるとき、鳴神璃空という存在は、さらなる進化を遂げるだろう。
それが、星導の本に記されたものと同じかどうかはさておき。
「さて、そろそろ目を覚ます時間かな」
星導は、本を閉じて、璃空の元を離れる。
既に、悠乃の記憶は、全て本に記されていた。
アクシデントが起きた様子も見られないため、目を覚ますなら、そろそろだろうと考えていた。
「……ん」
星導の読み通り、悠乃がゆっくりと目を覚ました。
「やあ。調子はどうだい」
「……ちっ」
「おや。酷い反応だ……」
目を覚ました悠乃の顔を、星導が覗き込む。
何もかも知り尽くしているような顔をしている星導の顔が、あまりにも腹立たしく思えて、悠乃は思わず舌打ちをしていた。
そもそも、星導のせいで、気を失っていたというのに、白々しいにもほどがある。
「……はあ」
わざとらしく悲しそうな顔をする星導を無視して、悠乃は身体を起こし、自分の身体を確認する。
意識を失っている間に、星導に何かされているのではないかという恐怖があった。
その不安を裏切るように、身体には傷一つなく、悠乃が意識を失っている間に、何かをされた形跡はなかった。
本当に敵でも味方でもなかった彼の行動に、悠乃はもはや理解することを諦めた。
「って、そうだ……! 鳴神は……!?」
そこで、悠乃は、自分が意識を失う前に倒れた璃空のことを思い出した。
「命に別状はないから安心するといい。少しヒントを与えただけだからね」
「……?」
依然として、倒れ伏している璃空の元に駆け寄ろうとする悠乃。
そんな彼女の後ろを歩きながら、星導はよく分からないことを言いだした。
星導の言葉を聞きながら、悠乃は、璃空の身体に触れた。
璃空の身体は、凍りついた箇所以外も冷え切っており、生きているのが不思議なくらいだった。
「……とにかく、大丈夫ってことだよね?」
「もちろん。ただ、その凍症が治るかは、彼次第だけどね」
そう言って、星導は、本を閉じながら、悠乃に背を向けた。
「……どこに、行くの?」
「ん? 帰るのさ。鳴神璃空が起きた時に、僕がいたのではめんどうだからね。そんなことで争っている場合でもないだろ?」
悠乃は、星導の言うことに納得していた。
確かに自分が同じ立場なら、絶対に星導のことを信用しないだろう。
一刻を争う事態は、今もなお続いており、早急に鏡夜の元に駆け付けなければいけない。
「理解が早くて助かるよ。──では、またどこかで」
何も言わない悠乃の姿に、説明が省けて助かると思いながら、星導は手を振って立ち去ろうとする。
「……ま、待って!」
その背中を、悠乃は呼び止める。
非常に気に食わないが、それでも彼に伝えなければいけないことがあった。
「ん? 何だい?」
立ち止まり振り返る星導。
相も変わらず、何もかも見透かしたような腹の立つ表情を浮かべる星導に、悠乃はそっぽ向いて、言葉を紡いだ。
「──あり、がとう」
「……」
それは、彼女の素直な思いだった。
星導の性格もやり方も気に入らないし、見たくもない過去を見させられたことには怒りしかない。
しかし、それと同時に、心の奥底に埋もれてしまっていた両親や、少女のことを思い出すことができた。
だから、それに関しては感謝しなければいけないと思ったのだった。
そんな悠乃の態度に、星導は驚いていた。
悪意による行為でなかったとはいえ、つらい過去を再び思い出させることは、感謝されるようなことではない。
だというのに、悠乃は、星導に対して感謝を示した。
それがどうしてもおかしくて、星導はついに笑ってしまった。
「……ちっ。お礼言って、損した」
「まあまあ。そんなに怒らないでくれよ」
星導の態度に、完全に腹を立て、そっぽを向いてしまった悠乃。
彼女をなだめるように、星導は口を開いた。
「お詫びというわけではないけれど、一つだけいいことを教えてあげよう」
「……?」
「君を助けてくれた少女の名前は、榎園栞。Orpheus第一部隊の副隊長だ」
「……は?」
「では、今度こそ本当にさようなら。──また会おう」
「ちょっと、待って……!」
悠乃の制止は届かず、今度こそ、星導は姿を消した。
取り残された悠乃は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
星導がいなくなったことで、この場を守っていた結界に、ひびが入り始めていた。
早急に、璃空を起こして、ここから先の方針を考えなければならない。
それなのに、悠乃の体は動かなかった。
知りたかった名前を、思いがけず知ってしまったことで、思考が止まってしまったのだ。
「──榎園、栞……」
星導が告げた名前を繰り返す悠乃。
「っ!?」
それと同時に、悠乃は背筋が凍るような気配に、空を見上げた。
鏡夜の霊力がある方向の空に、おぞましい巨大な球体が浮かび上がっていた。
そこにあるのは、深い深い、純粋な死だった。
悠乃は、急いで璃空の元に駆け寄り、彼の体を揺らす。
「鳴神……!! 早く起きて!!」
少女は、必死に璃空の名前を呼ぶ。
冷たい水底に沈んだ彼の意識を、手繰り寄せるために。




