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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第2章 鳥籠のコルリ
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世界を蝕む少女

 身体中に毒で爛れたような肌を見せる科哭は、ゆっくりと立ち上がる。


 「……はーん。そういうこと?」


 彼女は、拳を構える鏡夜を見て、得心がいった

 何故、鏡夜は、科哭が放った毒霧の中を、一直線に駆け抜けたのに、毒に犯されていないのか。

 その答えは、鏡夜の周りの空気の流れを見れば、一目瞭然だった。


 「纏った風で、霧を吹き飛ばしてるのね」


 「……まあ、そりゃバレるわな」


 自分の手の内があっさりバレたことに、鏡夜は苦笑いをする。

 特に隠す気が合ったわけでもないが、もう少し、この状態で攻めておきたかった、というのが本音だった。


 「だったら、これはどう?」


 そんな鏡夜を試すように、科哭は次の一手を講じる。

 彼女の手に、禍々しい色の液体がまとわりつく。

 その手を、高速で振りかざすことで、飛沫となった毒を矢として、鏡夜に襲い掛かる。


 「はあ!」


 鏡夜は、飛び交う毒の矢を、強風を巻き起こして、一つ残らず、全てを叩き落す。

 彼女の攻撃を一撃でも受ければ致命傷になることは分かっていた。

 打ち付けられた毒矢は、地面を蝕み、腐食させていく。


 「厄介な攻撃だな……」


 「何休んでるの?」


 鏡夜は、攻撃が止んだ隙に、腐敗が進む地面から距離を置こうとする。

 しかし、そんな暇を、科哭は与えない。

 少女はさらに、攻撃の速度を増し、先ほどよりも広範囲に、毒の矢がばら撒かれる。


 「っ!! 崩嵐天幕(ほうらんてんまく)!!」


 防御が追い付かないと判断した鏡夜は、毒の霧を吹き飛ばしたときと同じように、ドーム状に広げた風の壁で、全ての毒矢を吹き飛ばす。


 「そーれっ」


 その間に、科哭は巨大な弓矢を手に作り出し、それを鏡夜の頭上に放った。

 矢は、吹き飛ばされる毒矢を砕きながら、空高く飛翔する。


 「は? 一体、何……をっ!?」


 風と絡まり合う毒矢の隙間から、科哭の行動が見えた鏡夜は、不可解な表情を浮かべる。

 しかし、すぐに何を企んでいるのか気が付く。


 「ふざけやがって!!」


 鏡夜は、この後起こるであろう大惨事を想像し、近くにいる人間を遠くに避難させなければと考える。

 倒れている人間に向かって、暴風の塊を乱暴にぶつけて、無理矢理遠くに引き離す。


 「ふふっ」


 「なっ!?」


 その決定的な隙をついて、科哭は毒の剣を握って、鏡夜に斬りかかってくる。

 どうにか剣閃を躱すが、自身の甘さゆえに、主導権を握られたことを悟った。


 距離を取った科哭は、頭上を指差した。

 その動作に釣られて、鏡夜も自分の頭上を見上げる。


 「嘘だろ……!!」


 そこにあったのは、ドロドロに溶け始めた毒矢だった。

 矢は、高度を増すごとに、太陽の熱によって、形を失っていたのだった。

 そして、今から何が起こるのか、鏡夜は理解してしまった。


 「さあ、地上全てを溶け落とせ。溶陽落涙(ようようらくるい)


 科哭が指を鳴らした瞬間、鏡夜は、暴風の弾丸で、周囲にいた人たちを、乱暴に遠くに吹き飛ばす。

 同時に、攻撃を仕掛けようとしている、科哭も問答無用で吹き飛ばす。


 「花月風塵(かげつふうじん)!!」


 科哭からの攻撃が来ないうちに、鏡夜は、自身を含めた広域を蝕もうと降り注ぐ毒液に対処する。

 鏡夜の手には、荒ぶる風が、捻じれ吹き荒れていた。

 その風を圧縮し、巨大な槍を作り出す。

 本来なら、毒矢を防いだり、科哭を吹き飛ばした崩嵐天幕を使用すれば、問題はない。

 だが、今回の場合は、降り注いでくる毒液の量が多すぎた。

 これだけの量を、全て防ぐことは出来ないだろう。

 だから、鏡夜は、自分がいる場所に降りかかろうとしている毒だけをどうにかしようとした。

 鏡夜は、風の槍を真上に思いっきり投擲をした。

 槍は、毒液の幕に触れた瞬間、捻じれた風は花開き、鏡夜の頭上には大きな穴が開く。


 「余所見してていいわけ?」


 「したくて、してるわけじゃねえっつの!!」


 鏡夜が頭上を仰ぎ見ている間に、吹き飛ばされた科哭は、その場から、雨のように毒の矢を飛ばしてくる。

 冷静に、彼女の攻撃に対処していると、空から毒液が降り注ぎ、鏡夜の視界が、一瞬遮られる。

 その一瞬を、科哭は待っていた。


 「──っ!!」


 科哭は、降り注ぐ毒液にまみれながら、鏡夜の懐に潜り込み、毒剣を一閃した。

 完全に虚を突かれた鏡夜は、防ぐ間もなく、腹部を切り裂かれる。


 「くっ!」


 どうにか反撃しなければと、目の前で嗤っている科哭に向かって、風の弾丸を放つ。

 しかし、弾丸は空を切って、地面を大きく削り取った。

 目の前にいたはずの科哭は姿を消し、そして、鏡夜の身体は徐々に動きを奪われていた。


 「残念。ハズレ。私はこっちだよ」


 「っっ!」


 いつの間にか、鏡夜の背後に回り込んでいた科哭は、彼の首筋に何かを突き刺した。

 科哭が投与した何かは、鏡夜の体内に取り込まれると、全身に激痛が走る。

 一体、何が起きているのか。鏡夜は状況が理解できずに困惑する。

 その様子を楽しみながら、科哭は種明かしを始めた。


 「別に、瞬間移動したとか、そういうわけじゃないから。今、君に投与した毒は、幻覚作用を与え、神経を麻痺させてくれる優れものなの」


 鏡夜の視界に映る、何人もの科哭の顔に苛立ちながら、鏡夜はどうにか身体を動かそうとする。

 しかし、声を発することはおろか、指先一つ動かすことは出来ず、ただ黙って科哭の言葉を聞いていた。

 もし危険な状況になったとしても、異能が使えれば問題ないと鏡夜は判断したのだ。


 「で、今投与したのは、相手の霊力を犯す毒。あなたの身体に流れる霊力を毒素に変えて、痛みを与えるの。これで、あなたは、本当に何も出来ないわ」


 そんな鏡夜の希望的観測を、科哭は無慈悲に叩き壊した。

 体内の霊力を全て毒素に変える。

 それは、異能を封じられたことを意味していた。

 せめて、身体を麻痺させている毒をどうにかしなければ、科哭のされるがままだ。

 鏡夜は、能力の使用を試みるが、耐え切れないほどの激痛が襲い来る。


 「じゃあ次は、これね」


 そんな鏡夜の様子を楽しみながら、科哭は新たな毒を投与する。

 今度の毒は、投与されても特に体に異常は感じなかった。


 「さてと……上手くいくかな?」


 科哭は指をパチンっと鳴らす。

 すると、地面を腐食させていた毒が、いくつもの棘を形成し、鏡夜の身体に引き寄せられるように突き刺さる。


 「──っ!!」


 「来た!! 今投与したのはね、周囲にある毒を引き寄せる毒なの。名付けるなら、刺虐尖天(しぎゃくせんてん)……ってとこかな?」


 科哭は、複雑に絡み合う棘の上を歩きながら、鏡夜の様子を楽しそうに観察していた。

 彼の肉体は、棘が刺さった部分から、徐々に腐り始めていた。

 このまま行けば、鏡夜が死ぬのは時間の問題だった。


 「まあ、所詮この程度かぁ」


 少女は、期待外れだったと言わんばかりの表情を浮かべて、鏡夜に止めを刺そうとする。


 「──」


 「……ん?」


 しかし、そんな科哭の耳に、誰かの声が聞こえた気がした。

 警戒して、周囲を見渡すが、近くには誰もいなかった。

 だとすれば、可能性は一つだった。


 「まさか……!!」


 科哭は、毒の棘から飛び降り、一目散に距離を取る。


 神経の麻痺、身体の腐食、霊力の毒素変換。

 普通ならば、動くことなど出来るはずもない。


 「──ぁ。あ……あぁ……あああああああああああ!!!」


 だが、霊力の毒素変換に限っては、話が別だ。

 もし、霊力が毒素に変わるよりも早く多く、霊力を生成することが出来るのなら、能力は使用できるのだ。


 ──さらなる痛みを受けることと引き換えに。


 鏡夜は、血反吐を吐きながら、暴風を生み出し、身体に突き刺さっていた棘を粉砕する。

 そして、その風は巨大な騎士へと変貌していく。

 騎士の身体から伸びる霊子の糸が、鏡夜の身体へと絡まっていく。

 その糸の動きと連動して、鏡夜の身体も動き始める。


 「何それ……無茶苦茶すぎる……!!」


 立っているのも限界なはずの鏡夜が、血反吐を吐きながら、立ち上がった姿に、科哭は驚くのと同時に歓喜していた。

 あまり期待はしていなかったが、これならば、自身の最高傑作の実験体にふさわしい。


 「鉄華繚乱(てっかりょうらん)!!」


 「はあ……」


 恍惚とした表情を浮かべる科哭を、鋭く絡み合う鉄の華が襲い掛かる。

 科哭はため息をついて、毒の液体をばら撒いた。

 すると、鉄はドロドロに溶けてしまう。


 「しつこいなぁ。雑魚に用はないんだよ」


 「生憎……そういうわけにも、いかねえんだよ……ごふっ」


 つまらなそうな表情を浮かべる科哭の視線の先。

 崩れ落ちた鉄の向こうに立つのは、傷だらけの身体で立つ奏城鋼真だった。


 「それに……手荒だが、助けられた借りは返さないといけないからな」


 奏城の言葉と同時に、科哭の背後から、突風が吹き荒れる。


 「っ!? ま、さか……」


 「俺の部下は、準備が良くてな。万が一のために、解毒薬やら、何やらは多めに持ってんだよ」


 驚き、振り返った彼女の目に映ったのは、鏡夜の腕に突き刺さった、先ほどの鉄の華である。

 風の騎士は消え始め、霊力の糸も光の粒となって消えていく。

 そして、先ほどまで、一歩も動けなかったはずの鏡夜が、ゆっくりと体を動かし始めた。

 奏城の攻撃は、解毒薬を鏡夜に投与するためのカモフラージュだった。

 科哭の特殊な毒の全てを、解毒できるわけではないが、それでも多少は抑制されると考えての行動だった。


 「……Orpheusの人間が、ゾディアックの人間を助けていいのかよ? どうせ、俺の顔は割れてるんだろ」


 奏城の考え通り、どうにか動けるようになった鏡夜の最初の一言は、そんな疑問に満ちたものだった。

 その言葉を、奏城は鼻で笑い飛ばす。


 「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。……優先すべきは、この街の人間の命だ。お前らと手を組むのは癪だが、それで、多数の人間が死ぬところは見たくねえ」


 「……ああ。全くもって、その通りだ」


 奏城の言葉に、鏡夜は笑いながら、拳を握る。

 再び、強風を纏った鏡夜と、鉄を纏った奏城が、科哭の前に立ちはだかる。


「──はっ。雑魚に用はないんだけど。まあ、せっかくだし、二人まとめて、実験台にしてあげる」


 そんな二人を嘲笑いながら、彼女は、さらなる毒を生み出していく。

 職人街は、再び、死の毒に包まれていった。


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