死が満ちる街
虹色の穴を通り抜けた三人。
ゾディアック本拠地から職人街に跳躍したことで、はっきりとしない意識を確立させて、目の前に広がる景色を見る。
そこにあったのは、グリフォンによって生み出された瓦礫の山と、腐り枯れ果てた植物たち。
空気は淀み、足を踏み入れたものの命を奪い取る、死の檻と化していた。
地面には、苦しそうに胸を押さえて、白目をむく街の人々が転がっていた。
中には、既に息絶えているものもあった。
三人はその光景に絶句しながらも、すぐに口に手を当てて、息を止める。
職人街を襲い、未だこの街を覆うものの正体は明白だった。
地面に倒れている人々に外傷はなかった。
その代わり、肌の爛れている者や、肉体の一部が不自然に膨れている者など様々な症状が見受けられた。
そんなことが出来るのは、何かしらの毒しか考えられなかった。
鏡夜は、手に風を集め、地面に叩きつける。
すると、荒ぶる風は、ドーム状に広がっていき、街を覆っていた毒を吹き飛ばす。
「崩嵐天幕ってな。璃空、悠乃。動けそうか?」
病み上がりとは思えない態度で、鏡夜は、璃空と悠乃の顔を見た。
璃空は、笹瀬兄弟との戦いの傷が癒えていないことが丸わかりの表情だった。
隣にいた悠乃も、強大な力を持つ魔獣を生み出した反動で、かなり消耗していた。
加えて、今も璃空の怪我を治すために、食傷兎の存在を維持していた。
これ以上の無理を、二人に強いることが出来ないと鏡夜は判断し、作戦を伝える。
「よし。ここからは二手に分かれよう。俺は、この状況を作り出した敵を潰す。その隙に、二人で、街の人を全員、外に連れ出してくれ。またいつ、殺気みたいな状況になるか分からないからな」
「……大丈夫なのか?」
鏡夜は、自信たっぷりに作戦を伝えるが、璃空はどうしても不安だった。
きっと鏡夜なら、大丈夫だと思う反面、今日まで眠っていた彼に、一番重たい役目を任せていいのかと考えていた。
それは、悠乃も同じだった。
「たとえ、大丈夫じゃなかったとしても、やらなきゃだろ? お前だって、俺の立場なら、そうしてるはずだ」
二人の気持ちを分かった上で、鏡夜は、璃空が反論できないように言葉を返した。
どのみち、考えている余裕などない。
一刻も早く行動しなければ、職人街は完全に死んでしまう。
「……分かった。ただし、死んだら許さないぞ!?」
「分かってるよ。……こんなところで死ねるかっての」
鏡夜は、璃空の言葉に答えながら背を向ける。
既に、敵の居場所は特定している。
「璃空、悠乃。頼んだぞ!!」
「ああ。お前もな!!」
「……行ってらっしゃい」
鏡夜が敵の元に走り出すのと同時に、璃空と悠乃も救助活動を開始した。
未だに痛む胸部を押さえながら、地面に転がっている人たちの生死を確認する。
弱々しく息を吐いているものの、まだ生きていることに安堵の表情を浮かべる。
急いでここから運び出し、解毒しなければいけないが、そこが問題だった。
街の外に運ぶだけなら、璃空にも出来るが、解毒に関しては、悠乃の力を頼らざるを得ない。
しかし、彼女は見るからに疲弊していた。
そんな悠乃に、これ以上の負担を強いることは気が引けた。
「……鳴神。変な気遣いは、いらない」
だが、その気遣いは、逆に悠乃を立ち上がらせた。
「お願い。ホエールン、チョーちゃん」
悠乃は、青く輝く髪を揺らしながら、巨大な鯨と無数の蝶を出現させた。
蝶は空を羽ばたき、そのうちの一匹が、璃空の目の前で苦しむ人の上に止まる。
すると、蝶の羽が鮮やかな紫色に輝くのと同時に、倒れている人の肌に現れていた症状が和らいでいった。
「すげえ……」
「はあ……はあ……。あとは、よろしく……。私は、維持に、専念するから……」
「──ああ! 任せろ!! すぐに終わらせる」
瓦礫の影に座り込んだ悠乃に背を向けて、璃空は雷光と化して走り出した。
その背中を、悠乃は青い視界で黙って見つめていた。
近づく誰かの足音にも気付かずに。
◇
「……私の毒が吹き飛ばされた? 何? どういうこと??」
一方その頃。
奏城たちを弄んでいた科哭は、突如吹き荒れた風に困惑していた。
誰かが、自分を止めに来ることは分かっていた。
そしてそれは、きっと鳴神璃空だと予想していた。
だが、彼女の毒を物ともせずに向かってくるのは、雷撃ではなく、突風だった。
「──っ」
程なくして、強烈な風が、科哭の視界を奪い去る。
「……私の目的は、鳴神璃空なんだけど? 白蓮鏡夜」
「何で俺の名前を知ってるのか知らないけど、そいつは残念だったな。あいつはしばらく来ないぞ」
目を開けた科哭は、風と共に、目の前に現れた鏡夜を睨みつけた。
青年から、ここに新たに現れた存在について、連絡は入っていた。
予想とは違う展開に、科哭は苛立ちを滲ませながら、鏡夜を睨みつけた。
瓦礫の上に座る、彼女の敵意を無視して、風を纏ったままの鏡夜は彼女の周囲を見渡した。
そして、鏡夜は、彼女の足元に転がる人物たちの正体に気が付いて、口を開いた。
「……おい。その足元の男は……」
「ん? あー。何か邪魔してきたから、遊んでたの。別に、あなたたちにとっても、邪魔な存在なんだから、気にしないでしょ?」
科哭の足元に転がっていたのは、Orpheusの隊員たちだった。
その中でも、科哭が踏みつけている人物の顔を、鏡夜は知っていた。
Orpheus第四部隊隊長、奏城鋼真。
自身を鋼鉄と化すことで、あらゆる攻撃をものともせず、完膚なきまでに相手を叩きのめす男である。
彼の実力は、軽々と璃空を圧倒するほどである。
その彼が、為す術もなく、地面に倒れ伏している事実が、鏡夜を震えさせた。
「…‥そうだな。今から俺が、お前をぶっ飛ばすんだから、関係ないわな」
鏡夜は、自身の足をすくませる恐怖を、纏った風で吹き飛ばして、拳を構えた。
「──はっ。あははッ!!」
その姿に、科哭は笑う。
「本当は、鳴神璃空がよかったけど、私の毒を全部吹き飛ばせるなら資格はありそう」
彼女は嗤いながら、足元の奏城を蹴り飛ばして、瓦礫から立ち上がる。
「さて、実験を始めようか。なるべく多くのサンプルを取りたいんだ。すぐに死なないでくれよ?」
科哭の言葉に呼応して、彼女の身体から、再び、毒の霧が発生する。
同時に、鏡夜は彼女の懐に飛び込み、科哭のがら空きの胴体に、風の拳をぶつけた。
「ごふっ……」
瓦礫に叩きつけられ、血を吐く科哭に、鏡夜は力強く言葉をぶつける。
「悪いが、そんな長々とお前に付き合う気はないんだ。すぐに終わらせる!!」
こうして、職人街を巻き込んだ事件の第二幕が始まりを告げた。
今月は投稿が少なくてすみませんでした




