対立
「鳴神くん、悠乃……!!」
「はあ……はあ……悪い、待たせた!」
悠乃の案内で、灯里の部屋にたどり着いた璃空。
息を切らして部屋の中に飛び込んだ二人は、中にいた灯里と和希に出迎えられる。
「……つ、疲れた」
「ありがとな、悠乃」
走り終わってぐったりしている悠乃の頭を撫でながら、璃空は彼女に感謝する。
璃空が囚われていた場所は迷宮のようになっており、悠乃の案内がなければ確実に迷っていただろう。
悠乃は何も言わず、ただ乱れた息を整えていた。
彼女の頬が少し赤いのは、きっと走って熱くなっているからだろうと璃空は思った。
「それで、何があったんだ?」
「……結論から言うと、職人街の人々が全員殺されたかもしれないの」
「は……?」
本題に入ろうとした璃空に、灯里は現在の状況を端的に伝えた。
その言葉に、璃空は固まってしまった。
一体どういうことなのか。
璃空が何かを言う前に、和希が口を開いた。
「俺たちが撤退した数時間後。予想通り、Orpheusが職人街にやって来た。何かあったときのために、こまめに連絡をするようにしておいたんだけど、その連絡が急に途絶えたんだ。七波彩乃に確認したが、どうやら、彼女の「眼」を使っても、職人街の様子が確認できないらしい」
「誰かが、職人街に干渉できないように細工をしているんだと思う」
「だから、殺された「かも」しれないってことか……だったら、急がないとまずいだろ……!?」
簡単な説明ではあったが、事情を把握した璃空は、これが一刻を争う事態であることを理解した。
「それが……」
「……七波彩乃は、俺たちが職人街に向かうことを許可しなかったんだ」
「な、んだと……?」
七波彩乃と話をした和希は、当然、職人街に向かう了承を得ようとした。
しかし、彼女が言い放った言葉はひどく冷徹なものだった。
「既に職人街に匿われていた天霊は保護した。これ以上、余計なことに首を突っ込むな、だそうだ」
「何だよそれ……!! 職人街を見捨てるっていうのか!?」
「それが、ゾディアックの方針だ」
璃空は七波の方針に怒りを露わにした。
ゾディアックと京都職人街は協力関係にあるはずだった。
お互いに助け合って、今日までやって来たはずなのに、それを簡単に見捨てられることが璃空には理解できなかった。
「私たちも、お世話になった職人街の人たちを見捨てるなんてできない。出来ないんだけど……」
灯里と和希も璃空の考えに近い想いを抱いていた。
だが、灯里の歯切れの悪い言葉に璃空は首を傾げた。
「──残念ながら、二人はここから出させないし、ここでの能力の使用も禁止させてもらった」
灯里が言い淀んだ言葉を、背後から聞こえる声が続けた。
振り返ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「初めまして、だったよね? 私は、筒乃守深雪。同じゾディアックのメンバーとして、よろしくね、鳴神璃空くん?」
筒乃守深雪と名乗った女性は、優しく微笑みながら、手を差し出してくる。
困惑を隠しきれない璃空は、一応、応じておこうと彼女に近づこうとする。
「──ダメ!!」
「っ!?」
しかし、灯里の必死な声が一歩踏み出そうとする璃空を静止させる。
そこでようやく気が付いた。
深雪の身体の周りには、白い雪のように、霊力の粒が浮かんでいた。
「……余計なことを言わないって制約もつけておくべきだったみたいね」
璃空の警戒した視線を受けて、深雪は不機嫌そうに差し出していた手を引っ込めた。
「私の能力名は『繋ギノ契リ(コネクション)』。私の霊力を取り込んだ相手に、何らかの制約を取り付ける能力よ」
深雪の言葉に、璃空は一歩後ずさる。
もし、彼女の言葉が事実なら、絶対に彼女に近づくわけにはいかなかった。
近づけば、灯里や和希と同じく能力を封じられ、ここから出られなくなる。
その先に待つのは、職人街の人々の死である。
「そんなの……許せるわけないだろ……!!」
璃空は、最悪の結末を回避するために拳を振り下ろす。
雷撃を纏った拳は、床を粉砕し、璃空の身体は穴に吸い込まれるように、下の階に落ちていった。
和希の能力が封じられてしまったせいで、職人街にすぐにたどり着くことは難しくなってしまった。
それでも、自分の能力があれば、どうにか職人街にたどり着くことが出来ると判断した。
「無鉄砲にもほどがあるわ。まあ、高坂くんや灯里に頼れない今、彼一人で出来ることなんてたかが知れてるわ」
しかし、床に開けられた穴を見つめる深雪や灯里、和希はそう思っていなかった。
確かに璃空の力があれば、職人街にはたどり着けるだろう。
ただし、それは、拠点の外に出られれば、の話である。
「うん。そうかもね。……だけど、鳴神くんは一人じゃない」
そのために深雪は和希と灯里の助力を封じ、そして、二人は一つの可能性に賭けることにした。
「悠乃。鳴神くんを助けてあげて?」
「……え?」
「君の能力なら、俺と同じようなことが出来るはずだ」
「ちっ……そういうこと」
灯里と和希の思惑に気が付いた深雪は、舌打ちをして、悠乃に手をかざす。
「お願い、悠乃!!」
「あ……」
困惑する悠乃の目に映ったのは、深雪の冷たい視線と灯里の真剣な表情だった。
それは、先ほど見た璃空の表情と似たものだった。
深雪の視線は、悠乃の中の青い光景を思い出させ、そしてその光景の中にはない灯里の表情に、悠乃は自然と背中を押された。
「……!!」
悠乃は、意を決して、璃空が空けた穴の中に飛び込んだ。
そして、少女がいた場所に、深雪の霊力の弾丸が撃ち込まれた。
「……やってくれたわね」
璃空と悠乃がいなくなった部屋の中。
深雪は、目くばせをする灯里と和希を睨みつけて静かに呟いた。
◇
「くそっ!! 一体どこが出口だよ!!」
下の階に降りた璃空は、出口を探して走り回っていた。
ここに来た時から今日に至るまで、拠点内の構造をほとんど把握できていなかった。
さらに、移動も和希の能力に頼りきりだったため、どこに行けば外に出られるのか全く分からなかった。
だが、璃空に立ち止まっている時間はない。
最悪、壁をぶち破って外に出ればいいだろうと考えながら、璃空は走り続けていた。
「──っ!!」
そんな璃空が、急ブレーキをかけて立ち止まる。
「……そこ、どいてくれるか」
璃空の前方。
そこには行く手を阻むように、瓜二つの二人の少年が立っていた。
「そうしたいのは山々なんだけど、そういうわけにもいかなくてさぁ」
「悪いけど、三崎さんの命令だ。ここで、倒れてもらうよ。鳴神璃空」
一人は、好戦的な笑みを浮かべ、右目を中心に青いヒビが浮き上がっている少年。
もう一人は、冷静な表情で膨大な霊力を吐き散らし、左目を中心に赤いヒビを浮き上がらせる少年。
明らかに格上な相手の出現に、璃空は、無意識に、雷撃を迸らせる。
「まあ、一応礼儀として名乗っておこうかな。オレはゾディアックの一人、笹瀬鴻」
「笹瀬耀だ」
「ご丁寧にどうも……!!」
「さあ、精々楽しませてくれよ? 新入り」
◇
「──」
建物の壊れる音。
ぶつかり合う霊力。
鳴り響く雷鳴。
いくつもの音が、眠り続けていた男の瞼をゆっくりと開かせる。
「……この、霊力」
男が最初に感じたのは、何年もそばにいた親友の霊力が、巨大な二つの霊力とぶつかり合っているだった。
「どこに行っても、あいつは面倒な事態に巻き込まれるみたいだな。それにこの霊力……何で、あいつが笹瀬たちと戦ってんだ」
どうにも不可解な事態に、男はベッドから起き上がる。
一か月半もの間、眠り続けていた身体は、自分の身体ではないようだった。
そんな身体をゆっくりと動かし、霊力を全身に巡らせていく。
数分後、どうにか眠り続けていた身体を目覚めさせた男は立ち上がり、病室を後にした。
「とりあえず、何が起こってるか確かめるとするか」
そして、男は風に乗って、雷鳴轟く場所に向かうのだった。
遅くなってすみませんでした!!




