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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第2章 鳥籠のコルリ
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檻の中の少年と鳥籠の少女

 「──ちっ。目が覚めたか。そこで少し、自分がどういう立場にあるのかをよく考えるんだな」


 目を覚ました璃空の耳に届いたのは、そんな冷たい言葉だった。

 ドアが閉まる音とともに、璃空は身体を起こす。

 肌に伝わる冷たく硬い石畳の感触。

 陽の光だけが差し込む部屋の中は、音一つない完全な牢獄だった。


 あの後、璃空は傷だらけの腕で、古町を抱きかかえたまま、灯里や和希たちと合流した。

 今にも途切れそうな意識の中で、一同は古町をどうするべきか結論を下した。

 職人街の建物はほとんど壊滅しており、彼女を匿える場所はどこにもなかった。

 さらに、事件調査のために、Orpheusの人間が職人街を訪れる可能性が高かった。

 結論として、古町はOrpheusが保護することになった。


 ゾディアック本拠地に帰還した璃空たち。

 そんな彼らを待ち受けていたのは、怒りの表情を浮かべる三崎だった。


 「鳴神璃空……どういうことか説明してもらうぞ」


 璃空に下された指令。それは、『新藤古町を保護し、即座に本拠地に帰還する』というものだった。

 三崎の指示に、グリフォンの討伐は含まれていなかった。

 だが、璃空はその指示を無視し、グリフォンを殺し、職人街の人々を救った。

 その行動は、Orpheusに、自分たちの居場所を知らせる行為でもあった。

 璃空の霊力は既にOrpheusに記録され、派手な戦闘行為はすぐに彼らに感づかれてしまう。

 そんな危険な行動に打って出た理由を三崎は知りたかった。


 「──どいてくれ」


 しかし、璃空は立ちふさがる三崎を押しのけて歩き出した。

 璃空は意識が途切れる前に、食傷兎を悠乃の元に返そうとしていた。


 「──貴様っ!!」


 その態度が、三崎の逆鱗に触れた。

 彼の手から放たれた黒い波動が璃空の身体を吹き飛ばした。

 霊力が尽きかけ、意識が途切れそうになっていた璃空は、そのまま崩れ落ちた。


 「……それでこんな牢獄か。この拠点の構造どうなってんだ……」


 本拠地の構造に疑問を覚えながら、璃空は立ち上がって、大きく伸びをした。

 しばらくの牢獄生活を覚悟して、部屋にあるものを確認する。

 しかし、部屋には何もなく、あるものは小さな窓と、鉄格子だけだった。

 こんな部屋に何日も閉じ込められれば、死んでしまうだろう。


 「とりあえず、寝るか……」


 今後のことは明日考えることにして、璃空は冷たい床に再び寝転がった。

 疲労のせいか、璃空はすぐに眠りについてしまった。



 それから、しばらくして、部屋のドアがゆっくりと開けられる。

 しかし、その音は璃空の耳には届かなかった。

 こっそりと、部屋に忍び込んだ少女、水宮悠乃は、手に持っていた食事の乗ったトレイを、静かに檻の前に置いた。

 璃空との接触を禁止された灯里に頼まれてやって来た悠乃は、用は果たしたと、さっさと部屋から出ようとした。


 扉を開ける直前、悠乃は振り返って、檻の中で眠る璃空の姿を黙って見つめていた。

 石畳で小さく丸まって眠る璃空。

 自分が生み出した魔獣に好かれ、自分がよく知る灯里を少しだけ変えた人物。

 一体、彼の何が周りに影響を与えているのか。

 それを知りたいという思いが、悠乃をその場に留まらせた。

 悠乃は、檻の前まで戻って、腰を下ろした。


 「……ふぁ」


 石畳の冷たい無機質な感触を味わいながら、悠乃はあくびを漏らした。

 彼女の能力は、『魔胎蒼母(ブランク・ハート)』と呼ばれる、何かしらの権能を持つ魔獣を生み出すというものである。

 この能力は、魔獣を生み出す時は多くの霊力を消費するが、魔獣の存在を維持する分には大した霊力は消費しない。

 それでも、数日の間、食傷兎の存在を維持していた負担は少なくない。

 悠乃は、疲労に負けて、そのまま眠りについてしまう。



 「ん……」


 差し込む月明かりで目を覚ました璃空。

 石畳で寝ていたせいか、昨日戦闘のせいか、身体中が痛みを訴えていた。

 全く取れない疲労感を抱えて、身体を起こす。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ぼーっと窓の外の青空を見つめていた。


 「──くしゅん」


 「……?」


 意識がはっきりとしてきた璃空の耳に、誰かのくしゃみが聞こえてきた。

 一体何だと思い、璃空は視線を下げた。


 「……誰だ?」


 璃空の目に映ったのは、檻の向こうで、体育座りをして眠っている黒髪の少女と、食事が乗ったトレイだった。

 何となくどこかで見たような気はするけど、それが思い出せず、頭を悩ませていた。

 すると、少女はゆっくりと顔を上げて、璃空の顔を見た。


 「……悠乃?」


 「……おはよう、ございます」


 顔を上げた少女は、髪の色こそ違えど、そこにいたのは悠乃だった。


 「もしかして、ずっといたの?」


 「……うん。灯里に頼まれて、ご飯、持ってきた」


 「玖遠さんに?」


 璃空の質問に、悠乃は黙ってうなずいた。


 「そっか……ありがとな」


 「……お礼は、灯里に言って。私は、持ってきただけ」


 「何言ってんだよ? 持ってきてくれたのは悠乃なんだから、お礼を言うのは当たり前だろ」


 璃空は自然にお礼を言って、目の前のトレイの食事を食べ始めた。

 その様子を見ている悠乃の心は、大きくざわついていた。

 璃空には自然なことだったが、悠乃にはとても慣れないことだった。

 彼女にとって聞き慣れたものは罵詈雑言や嘲笑であり、彼女の周囲にあったものは、怯えや恐怖の視線、自分のことを駒としか思っていないような冷たい視線だけだった。

 少女の視界には青い景色と、その中で自分を嘲笑う人々の姿がちらついた。


 「……ねえ」


 そんな光景を振り払うように、悠乃は璃空に話しかけた。

 急に話しかけられた璃空は、口の中に入っていたものを慌てて呑み込んだ。


 「何?」


 「鳴神は、何で戦うの?」


 悠乃の口から出た言葉は、そんな質問だった。

 少女からぶつけられた質問に、璃空は少し考える。


 「何で、か。そうだな……姉ちゃんを守れなかったことへの後悔かな……」


 「お姉ちゃん?」


 「うん。俺の姉ちゃんは、俺の目の前で死んだんだ」


 璃空は、改めて自分が戦う理由を考える。

 思い浮かぶのは、悠斗や花梨の死、灯里との約束。

 そして、一番大きなものは、やはり姉である未空の死だった。

 あの日、姉に追いつき、目の前で殺されるはずの姉を守れていれば、今の璃空はなかっただろう。


 「俺は姉ちゃんを守れなかった自分が許せなかった。──だから、大事な人をもう失わないために戦おうって決めたんだ」


 しかし、実際には姉に追いつけず、目の前で姉を殺された。

 そんな自分が許せなくて力を求めた。

 せめて、自分の手が届く範囲の大事な人ぐらい守れるように。


 「……でも、守れなかった、んだよね? それなのに、どうして戦えるの?」


 「よく知ってるな……まあ、知ってて当然か」


 悠乃の言う通り、大事な人を守るために力をつけたはずなのに、璃空は悠斗と花梨を守れず、結果的に沙織も傷つけてしまった。

 普通なら心が折れて、立ち直れなくなってもおかしくはない。

 実際に、璃空も心が折れ、立ち直れなくなる寸前だった。


 「一人だったら、もう戦おうなんて思わなかっただろうな。でも、運がいいのか悪いのか、まだ俺のために戦ってくれる人たちがいた。背中を蹴飛ばしてくれる人がいた。──だから、俺は、そんなあいつらを守るために戦うんだ」


 それが璃空の答えだった。

 璃空は真っすぐな瞳で、悠乃の質問に答えた。


 「……そう」


 璃空の言葉によって、悠乃の心は先ほどよりも大きく揺れ動いていた。

 同情、嫉妬、羨望。いくつもの感情が混ざり合って、少女の心を揺らす。

 いつだって、璃空の心は折れてもおかしくなかった。

 そのたびに、彼の周りには誰かがいて、そんな誰かを守るために、璃空は立ち上がっているのだ。

 きっと、そんな璃空の姿が、灯里が変わり、食傷兎が懐いた理由なのだろうと悠乃は考えていた。


 「──あの……」


 もしかしたら、璃空と話すことで、自分もほんの少しだけ変われるかもしれない。

 そんな心の隅の小さな思いが、悠乃の口を開かせた。


 しかし、その言葉は悠乃の端末の着信音にかき消される。

 慌てて取り出すと、そこには緊急通信という表示があった。


 「……もしもし?」


 「もしもし!? 悠乃?」


 急いで通信に応じると、スピーカー越しに聞こえるのは灯里の切羽詰まった声だった。


 「まだ、鳴神くんのところ?」


 「え……う、うん」


 「よかった……二人とも、急いで私の部屋まで来て!!」


 一体、何があったのか。

 それを聞く前に、灯里からの通信は一方的に打ち切られた。

 

 「……よく分からないけど、急いだほうがよさそうだな」


 「うん。ちょっと下がってて」


 悠乃は、璃空に少し下がるように伝え、霊力を編み始める。

 少女の黒かった髪の毛は、一瞬で青色に染まっていく。


 「『魔胎蒼母(ブランク・ハート)』──斬脚蟹(ざんきゃくがに)


 悠乃の霊力により生み出されたのは、緑色の蟹だった。


 「あの鉄格子を切り裂いて、カーニィー」


 カーニィーと名付けられた緑色の蟹は、主人の指示を受けて、鉄格子に近づいていく。

 そして、蟹の鋏が鉄格子に触れた瞬間、バラバラと、檻が切り刻まれていく。


 「すげえ……」


 全ての鉄格子を切り終えた蟹は、悠乃の元に戻っていく。

 自分のところに戻ってきた蟹の甲羅を、悠乃は優しく撫でた。


 「ありがとね、カーニィー」


 そう言って、悠乃が指をぱちりと鳴らすと、蟹は青い光となって、その場から消えていった。

 同時に、悠乃の髪の色も黒に戻った。


 「──行こ。案内する」


 「……うん。ありがとう」


 二人は、牢獄のある部屋から抜け出し、一目散に灯里の部屋に向かっていった。



 黒く焦げた建物の瓦礫の上。

 一人の少女が、鼻歌を歌って空を仰いでいた。

 地面には、力なく倒れる人々。

 その中には、Orpheus第四部隊の姿もあった。


 「あぁ……早く来ないかなぁ……」


 「これが、セブンスの……ごはっ!!」


 「うるさいなあ。お前なんかに興味ないんだから大人しく寝てろって」


 かろうじて倒れずに立っていた奏城も、少女の次なる一撃によって、完全に倒れ伏した。


 「早くしないと、みんな私の実験に巻き込まれて死んじゃうよ? 鳴神、璃空」


 徐々に腐り始めた瓦礫を見ながら、少女はうっとりとした表情で、この場にいない璃空に向けて、実験場への招待状を送りつけるのだった。


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