優先順位
「……そろそろ、機嫌直してよ~」
「別に怒ってもないし、落ち込んでもないから」
「んー……怒ってはないけど、落ち込んでるのは事実でしょ?」
「……知らない」
「まあ、今日は私が一緒にいてあげるから……ね?」
水宮悠乃の部屋。
中では、そっぽ向いた悠乃を抱きしめる灯里の姿があった。
悠乃にとって、自分が生み出した魔獣は家族同然だった。
それを灯里も知っていたため、こうして兎がいなくなってしまった悠乃のそばにいる。
だが、その行為が、由乃の心を騒めかせる。
はっきり言ってしまえば、癪に障ったのだろう。
「昔の灯里なら、こんなこと、絶対にしない」
「え? あー……うん。そうかもね」
悠乃の鋭い言葉が、灯里の心に突き刺さる。
確かに、昔の灯里なら、ここまで悠乃のことを心配したりしなかっただろう。
「……うーちゃんが懐いてる人のせい?」
「──どうだろうね」
今の自分が、昔の自分と違うことは分かる。
でもそれが、あのからかいがいのある男の子のせいだなんて思うのは、ちょっぴり負けた気がして嫌だった。
「……っていうか、何か騒がしくない?」
「うん。それは、私も思ってた」
一瞬訪れた沈黙。
その時、二人の耳に、騒ぎ声が聞こえてきた。
気になった灯里と悠乃は、部屋の外に顔を出す。
どうやら、どこかの部屋で口論している声が、ここまで響いてきているらしい。
「はあ……ちょっと様子見に行ってみよっか」
「うん」
一体、何を言い争っているのか。
二人は、口論の現場を盗み見るために、叫び声が聞こえる部屋に向かった。
◇
「もう一度聞くぞ! 本気で、あの街を見捨てるっていうのか!?」
「お前こそ、何か勘違いしてないか? 俺たちは人助けをする組織じゃない。天霊の保護が最優先だ!!」
「そんなことは分かってる!! 俺だって、あの街のみんなを救いたいとか、そんな都合の良いことを思ってるわけじゃない。そんな、ヒーローみたいなことがしたいわけじゃない!」
会議室。
灯里と悠乃が覗き込むと、その中では、ゾディアック副リーダー、三崎空理と鳴神璃空が口論をしていた。
「でも、街を燃やしてるやつを放っておくわけにはいかないだろ!? このままじゃ、新藤さんごと、みんな殺されるかもしれないんだぞ!!」
「だから、そうなる前に、その天霊を今すぐに確保しろと言ってるのが分からないか?」
交わす言葉は徐々に激しさを増し、あと一歩で殴り合いを始めそうな空気が漂い始めていた。
当然、室内にいたメンバーもその空気を感じており、いつでも止められるように構えて、二人の口論の行く末を見守っていた。
「ゾディアック副リーダーとして、もう一度だけ命じる。有象無象にはかまうな。お前は、即座に、職人街の天霊を確保して来い。いいな?」
「……分かった。和希、手伝ってくれ」
「え? ああ……」
しかし、周りの予想とは違い、璃空は大人しく、三崎の指示に従った。
あっけなく引き下がった璃空に驚きながら、和希はやれやれと肩をすくめて、会議室から出て行く。
「鳴神くん……?」
「……」
部屋を出た璃空は、しゃがみこむ灯里と悠乃と目が合う。
璃空は、少しだけ黙った後、同じようにしゃがんで、悠乃の顔を覗き込んだ。
「ごめん……うーちゃん連れてくるのは、もう少しかかりそう。でも、絶対に連れてくるから」
「あ……えっと……」
璃空の真っ直ぐな言葉に、悠乃は言葉が詰まってしまう。
その間に、璃空は立ち上がり、灯里の方を見た。
「──三崎さんの指示に従う気なんてないでしょ?」
「……当たり前だ」
「だと思った」
分かりやすい璃空の考えを見抜いていた灯里と和希は苦笑する。
本当なら、ここで璃空を止めるのが、二人の役目だ。
「じゃあ、行こっ?」
「え……?」
「飛ばす場所は、街のすぐ近くでいいな?」
「うん。お願い」
「いや、ちょっと待って!? 玖遠さんも来るの!?」
しかし、二人は璃空を止めるどころか、ノリノリで協力しようとしていた。
予想していなかった事態に、璃空は大いに焦っていた。
何となく自分がやろうとしていることに気が付いても、行かせてくれる気はしていた。
だが、まさか、一緒についてきてくれるとは思わなかった。
「当たり前。病み上がり一人に無茶させられないでしょ?」
「……ありがとう、玖遠さん。和希」
二人には、何か璃空の知らない思惑があるのかもしれないが、今はそれを知る時間も余裕もなかった。
何より、灯里がついてきてくれることが、璃空には大事なことだった。
璃空と灯里は、和希の力で、再び職人街に赴くのだった。
◇
「何、なの……」
一人取り残された悠乃は、小さくつぶやく。
自分の兎が懐く少年。灯里を変えた少年。
ほんの少しの興味が、いつしか抑えきれないものになっていたことに、悠乃は気が付いた。
彼のことをもっと知ってみたいと思う反面、悠乃の頭の中に響くのはいつしか聞いた、誰かの声だった。
その声に、悠乃は俯いて、自分の部屋へと戻っていった。




