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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第2章 鳥籠のコルリ
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傷だらけの少女

 部屋の片隅、ベッドの上。

 布団の中でうずくまっていた少女は、扉の前から立ち去る足音を聞いて、顔を出した。

 扉の前では、灰色の兎が、足音の聞こえる方を名残惜しそうに見つめていた。

 少女は布団から抜け出し、いつの間にか痛みの消えた身体で、悲しそうな兎を抱きかかえた。


 「……ごめんね。本当は、鳴神さん?に返してあげるべきだったのに。でも、一人は寂しかったんだ……」


 「……?」


 悲しそうな、嬉しそうな、複雑な表情をしている少女の言葉に、兎は首を傾げた。

 その可愛らしい仕草に、少女は兎の頭を撫でながら、再び布団に潜りこんだ。


 「お父さん……お母さん……」


 涙をこらえた声で呟きながら、少女は兎を抱きしめて、眠りについた。



 少女は夢を見る。

 父と母がいて、友達がいて、何も変わらない当たり前だと思っていた日の思い出を。

 雲一つない青空と、眩しい太陽に照らされた、キラキラとした思い出を。


 しかし、それはすぐに目をそむけたくなる光景へと変貌していく。

 大好きな街は、燃え盛る炎に包まれ、崩れ落ちていく。

 隣を歩く友達の顔は、苦痛に歪み、悲鳴が木霊する。

 家で娘の帰りを待ちわびていた両親は、業火に焼かれながらも、愛した我が子に生きてくれと叫び続けた。


 そんな地獄を、少女は走り続けた。

 目の前の助けを求める手を無視して。響き渡る悲鳴を無視して。

 肌が焼ける熱さも痛みも、何もかもを無視して、ただ走り続けた。

 本当は泣き叫びたかったし、立ち止まりたかった。

 両親を見捨てて行きたくなかったし、友達も街の人も助けたかった。

 

 炎に焼かれる痛みなんて、正直大したことではない。

 昔から、痛みに耐えることは得意だった。

 でも、それは肉体的な痛みの話である。

 小学校を卒業したばかりの、十三歳の少女が受けた心の痛みは計り知れない。


 それでも──。

 少女は、背後に迫る炎と街を焼き尽くした獣から、全力で逃げ続けた。

 それが、両親の最後の願いだったから。

 生きてくれという、二人の想いだけが、少女を突き動かしていた。

 

 そうして、少女は職人街にたどり着いた。

 どこもかしこもボロボロで、何一つ考えられない状態で。

 やけに熱く疼く火傷も気に出来ないほど、少女の精神はすり減っていた。

 彼女の姿を見て、何人もの人が必死の形相で駆け寄ってきた。

 何を言ってくれたのか、何をしてくれたのかなんて全く覚えていない。

 ただ一つ覚えているのは、自分が口にした言葉。

 それはは、この場の誰かに向けたものではなく、今なお、炎の中で苦しみ続けている最愛の家族に向けた言葉だった


 「──約束、守ったよ」


 その一言を最後に、炎の街から逃げ出した少女、新藤古町(しんどうこまち)は意識を失った。



 ゾディアック本拠地に帰還した璃空は、深いため息を付いた。

 鏡川から聞いた少女の話が璃空の気分を重くしていた。


 京都を襲う放火殺人犯。その被害者である少女、新藤古町。

 職人街にたどり着いた彼女は、かすれた声で何かを呟いて倒れた。

 それから、街の人達は古町に会っていないらしい。

 古町と直接関わったのは、大國とこの街の医者だけだそうだ。


 恐らく、状況的にも、職人街で匿われている天霊というのは古町のことだろう。

 悠乃の兎を保護しているのが彼女だというのも、何かしらの巡りあわせなのだろうか。


 「でもなぁ……」


 全てを失い、部屋に閉じこもってしまった彼女を、無理矢理部屋の外に連れ出すことなど出来るはずもない。

 少なくとも、璃空には、あの扉をこじ開けることは出来なかった。


 「はぁ……とりあえず、玖遠さんと和希に相談してみるか……」


 こういう時、どうするのが正解なのか分からなかった璃空は、一人で悩むよりも相談した方が良いと思った。

 それに、悠乃に兎のことを謝るべきだと思った。


 「お、いたいた。鳴神くん」


 「フェリルさん……?」


 しかし、歩き出そうとした璃空を呼び止める声が聞こえる。

 振り返ると、そこにはフェリル・レインハートが立っていた。


 「どうしたんですか?」


 フェリルに呼び止められたということは、また検査でもするのだろうか。

 そう考えていた璃空に、フェリルは想定外の言葉を発した。


 「緊急事態よ。──職人街が襲撃された」


 「……は?」


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