旺膳律瀬
旺膳律瀬という男は、物心ついた時から、どうしようもなく満たされない感覚を抱いていた。
彼は、それを満たすために出来ることは全てやったし、やれることは何でもやった。
だが、いつまで経っても伽藍洞の空白が満たされることはなかった。
常識の範囲で出来ることではダメだった。
そこで、律瀬は人道を外れ、犯罪に手を染める。
窃盗、放火、殺人など。非道な行いを数多く実行する。
そうすれば、この満たされない心も満たされてくれると信じていた。
しかし、それでも空っぽの空洞が埋まることはなかった。
最終的に、律瀬がたどり着いた可能性。それは、自身の能力から着想を得たものだった。
彼の能力は、他人の霊力を喰うことで、自身の霊力に変換するというものだった。
であれば、霊力だけでなく、他人の身体ごと喰らってしまえばどうなるのだろうか。
もはや人が思いつくような発想の中に律瀬を満たしてくれるものはなかった。
律瀬は、自身がたどり着いた答えに導かれるまま、最初の被害者である実の父と母を喰らったのだ。
これが人食い鬼の生まれた瞬間だった。
律瀬は、その後も多くの人間を喰らい、人の道から加速度的に外れていくが、それでも満たされない感覚は消えなかった。
気が付くと、何故か人を食べた時についた血痕が消えなくなっていた気がしたが、そんなものはどうでもよかった。
いつまで経っても満たされない。いつまでも何かが欠けている。
それを満たそうと、より強い霊力を持つ人間を狙っていった。
そんなある日、律瀬は今までにあったことがないような強大な霊力の持ち主に出会う。
律瀬は即座にその男に食らいついた。
「──ッ」
しかし、気が付いた時には、律瀬は地面に転がっていた。
何が起きたのか理解したのは。その男が自分の身体を馬乗りになって抑えた瞬間だった。
男は律瀬が食らいついたのと同時に拳を振るって、その身体を吹き飛ばしたのだ。
凄まじい異能者だと思うと同時に、律瀬はほんの少しだけ喰らった霊力を自身に還元して絶望した。
「まさか、いきなり俺に噛みついて来るとはな。しかも、てめえ……俺の霊力を欠片ほどとは言え持っていきやがったな。──面白れぇ! 天霊だからってぶち殺さなくてよかったぜ」
これほどまでに強い霊力を喰らっても、自身の中の空白は全く満たされないのだ。
「どうせ行く当てもねえんだろ? だったら、俺と、俺たちと来い。お前のその力、存分に生かしてもらうぜ」
そう言いながら、差し出された手を、律瀬は掴んだ。
どうせ行く当てもなかったし、この男について行けば、自分を満たしてくれる何かが見つかると思ったから。
それからも、多くの人間を狂わせながら捕食を続けるが、一向に満たされることはなかった。
一体、何がこの空っぽの虚ろを埋めてくれるのだろうか。
律瀬は、次第に考えることを放棄し、諦めていった。
どうせ、この世の中には自分を満たしてくれるものは何もないのだから。
こうして、セブンスの暴食、旺膳律瀬は空白を埋めてくれる何かを求めて彷徨い歩く亡霊となった。
◇
そして、首が切られ、身体がずり落ちる感覚を味わいながら、律瀬はようやく自身の心の飢餓を埋めてくれるものを見つけた。
自分にぶつけられた強い負の感情。
それによって繰り出される一撃と自分の身体を駆け抜ける激痛。
それこそが、律瀬の空っぽの心を埋めてくれるものだった。
律瀬は遠のく意識の中で、自身の破綻したあり方に呆れていた。
自分は最初からこんな悲惨な結末を迎えるために生まれ、そして求めた結末の通りに死んでいく。
結局、律瀬は生まれて死ぬまでずっと空虚であることを決められていたということだ。
それにもっと早く気が付けていれば、何かが違ったのだろうか。
──いや、きっと変わらないだろう。
空っぽで常に飢えているのが旺膳律瀬という男なのだから。
そして、死の間際に満たされた男は、地の底の燃え盛る業火の中に、一人歩いていった。