邂逅と前置き
夜の街。まだ明かりがつき、活動を止めていない街をビルの上から見下ろす璃空の耳に灯里の声が響く。
「鳴神くん。本当に大丈夫……?」
「──うん。これは俺がやらなきゃいけないことだから。じゃあ、行ってくる」
色々なことがあった璃空を心配してくれているのが灯里の声音で分かる。
そんな彼女の優しさに甘えないように、なるべく自然に通信を切る。
頭の中で渦巻くいくつもの感情を押し殺し、深呼吸の後、腰に携えていた剣を抜きながら、ビルから飛び降りた。
◇
「────」
誰かの温かな温度と誰かの声で、璃空は闇の中に沈んでいた自分の身体を手繰り寄せる。
ちぐはぐだった心と体が一つになったことで、璃空はゆっくりと目を覚ます。
そこには心配そうに自分の顔を覗き込む灯里と、相変わらず胸の上で落ち着いている兎、そして見たことのない少年だった。
「っ! 鳴神くん!?」
「……今回は、ドッキリとかないんだな」
「そんな腑抜けた面してる人に仕掛けるわけないじゃん」
目を覚ました璃空は安心そうな顔をする灯里を見て、そんな一言が零れ出てしまった。
璃空の言葉に、灯里は不満そうな顔をするが、最初の一言目がこれではそんな顔をされても仕方がないだろう。
「大変失礼いたしました……。って、そうだ!! あれからどうなった!? 鏡夜は!? 玖遠さんも大丈夫!?」
灯里の不機嫌そうな顔に冷や汗をかきながら、璃空は自分のために傷ついた鏡夜がどうなったのか、灯里の体調も平気なのか質問する。
あの時、鏡夜と灯里を守るために立ち上がったことは覚えているが、その後自分が何をしたのか覚えていなかった。
「落ち着いて。見ての通り私も平気だし、鏡夜くんも一命は取り留めたよ。ただ、意識不明の状態だからこの先どうなるかは分からないけど」
「それでも、一先ずは安心ってことだよな……?」
「うん。大丈夫だと思う」
「……そっか。よかった」
二人の状態を聞いて、璃空は安堵の笑みを浮かべた。
鏡夜の容体は心配だが、生きているならどうにでもなる。
そんな璃空の素直な反応に、灯里は優しい微笑みを浮かべていた。
「それにしても、また玖遠さんに助けられちゃったな」
落ち着いた璃空は、あれから自分がどうやってここにたどり着いたのかを疑問に思った。
恐らく意識を失った自分と鏡夜を灯里が連れて、仲間と合流したのだろうと考えていた。
最初に出会った時と同じように、また灯里に助けられたのだろう。
「ううん。私たちを助けてくれたのはこの人。……私たちの仲間、高坂和希」
しかし、璃空の考えを裏切るように灯里は隣に立っていた青年を指差した。
青年は爽やかに笑って、璃空に手を振った。
「高坂和希……。助けてくれてありがとな」
「あぁ、気にしなくていいよ。それに、もしかしたら、次の地獄に放り込んだだけかもしれないしな」
璃空の言葉に和希は不穏な言葉を返す。
どういう意味か聞き返そうとすると、扉が開く音がする。
音がした方に目を向けると、そこには中学生ぐらいの少女とこちらに鋭い視線を向ける男が立っていた。
少女は青い瞳で璃空を見ながら優しく微笑んだ。
「目を覚ましましたか」
「えっと……君は……?」
「初めまして、鳴神璃空君。私はゾディアックのリーダー、七波彩乃」
「ゾディアック副リーダー、三崎空理だ」
「は? え?」
目の前の少女の発言を璃空は理解できなかった。
「君が、リーダー……?」
明らかに自分より年下であろう少女が、犯罪集団のリーダーとはどういうことなのか。
天霊の保護が目的でありながら、最悪の異能犯罪集団と呼ばれる組織。
全貌がほとんど分からない組織のリーダーである以上、ただものではないと思っていたが、これは誰も予想できないだろう。
「おい」
「はい? っ!!」
そんなことを考えている璃空の頬に拳が叩き込まれる。
地面に尻もちをつき、頬に手を当てながら、顔を上げると、そこには怒りを滲ませた三崎が立っていた。
「口の利き方に気をつけろ。次になめた口を聞けばお前の命はない」
「な……」
「はあ……もうその辺にしてあげて。ごめんね、鳴神くん」
「あ、いえ! こちらこそ、失礼しました……」
「いえいえ。とりあえず座って」
今にも璃空を殺しそうな目で睨みつける三崎を制止し、彩乃は璃空に座るように促した。
璃空は椅子に座りながら、ようやく部屋の中を見渡した。
そこは長い間使われていない洋館の一室、倉庫のような場所だろう。
物が乱雑に積まれ、あちこちに埃が積もっている。
「さて。鳴神くんは、私たちについてどこまで聞いた?」
璃空が周囲を確認し終え、彩乃に視線を戻したのを皮切りに、彼女は話を始める。
「天霊の保護が目的……ってことは聞きました。それ以外は誰もが知っているようなことしか知りません」
「うんうん。じゃあ、その辺からしっかりと話していこうかな」
彩乃は璃空が自分たちについてどれだけ知っているかを確認し、ゾディアックという組織について説明を始めた。
「私たちが天霊や天霊になりかけている人たちを保護しているのには理由があるの」
「それ灯里も言ってたよな。目的を達成するための絶対条件だ、って」
それは灯里が移動中、璃空に話してくれたことだった。
天霊を保護するのは、ある目的を成し遂げるための過程でしかない。
彼女はそう口にし、目の前の彩乃もそれを肯定した。
「その通り。私たちゾディアックが天霊を保護するのは、ある目的を達成するため。その目的は、Orpheus上層部が企てている野望を阻止すること」
「……は?」
お待たせしました。悩んだ末に短いけど投稿です