二つに一つ
「──整理するぞ。つまり、悠斗が人食い鬼になってて、お前はそれを助けるためにOrpheusに喧嘩を売ったってことか?」
「ああ」
璃空の話を聞き終えた鏡夜は、眉間を押さえてため息をついた。
悠斗が人食い鬼になってしまったことは、鏡夜にとっても衝撃的なことだった。
しばらく黙っていたが、どうにか状況を呑み込んだ鏡夜は顔を上げた。
「話は分かった。だから、灯里はこいつを連れて来たのか」
「うん」
「どういうこと……?」
二人の発言に首を傾げていると、兎と遊んでいた灯里が口を開いた。
「私たち……というか、私はこの街に侵入した“暴食”、最初の人食い鬼を追ってきたの。鏡夜くんはそれを手伝ってくれてるってわけ」
「暴食……」
悠斗や多くの人間の人生を狂わせてきた最初の人食い鬼である暴食。
それがこの街のどこかにいるということは、もしかしたらそいつを倒せば、悠斗を救えるのではないかと璃空は考えていた。
「もしかして、暴食を倒せば、君の友達は救えるとか思ってる?」
灯里は璃空の考えを見透かして、璃空に現実を突きつけるように首を振った。
何で、と口をはさむ前に灯里が話を続ける。
「例えば、鳴神くんが私から風邪をうつされたとします。それで私を殺したとして、鳴神くんの風邪は治ると思う?」
「……治らない」
「でしょ? あの人食い現象は感染症みたいなものなの。だから、一度かかってしまったら最後、自分で治すしかない」
だから暴食を倒しても悠斗は救えないと、灯里の視線が語っていた。
灯里の説明に璃空は何も言えなかった。
悠斗が助かるかどうかは本人次第。璃空に出来ることはほとんどないと灯里は璃空に宣言したのだ。
「それでも、あいつを見つけないと……これ以上、悠斗に誰かを殺させるわけにはいかない!」
「──うん、そうだね。じゃあ、探しに行こっか」
璃空の言葉にうなずいて、灯里は一枚の紙を取り出した。
それは蓮天市の地図だった。
「鳴神くんと会ったのがここでしょ? あれから三日経ってると考えると……」
「まだ街の外には出てないと考えていいだろうな。それでも、大分遠くに逃げてるとは思うが」
二人は地図を指差しながら、悠斗のいる範囲を絞り込んでいく。
その話を聞きながら、璃空も悠斗が逃げた場所を推測する。
Orpheusから逃げた時、応急手当をしていたとはいえ、そう遠くまではいけないはずだ。
だが、あの近くにいてはすぐに見つかってしまう。
それでは逃げた意味がない。
そして、人食い鬼となってしまった悠斗が、自ら人を襲うとは考えにくいが、衝動的に人を襲ってしまう可能性もある。
そう考えると、人のいないところに行こうと考えるのではないか。
人がいなくて、あの路地裏から近くも遠くもない場所、かつ、簡単には見つからない場所。
「──なあ、もしかして」
◇
璃空と灯里は悠斗のいるであろう場所に向かって走っていた。
「よくそんな場所知ってたね?」
「昔、姉ちゃんが蓮天市の中には人の寄り付かないホラースポットがいくつもあるって教えてくれたんだ。あの路地裏からそう遠くない場所にもそれがあるのを思い出したんだ」
璃空が目星をつけた場所。それは昔、猟奇殺人犯が少女の首をいくつも並べて飾っていたと言われる廃ビルだった。
そのビルは事件後すぐに取り壊されることが決定したが、ビルに近づいた作業員が原因不明の体調不良に倒れるという事件が相次いだ。
その建物の中には怨念が渦巻いており、不用意に壊してしまうことでそれが外に溢れ出てしまうかもしれないと恐れた人々は、そのビルをそのままにしておくことを決定した。
そこなら距離的にも人が寄り付かないという意味でも好都合の場所だった。
「まあそこにいるとは限らないんだけど……」
「大丈夫。鏡夜が別のところを調べてくれてるし、何かしらの手がかりがあるかもしれない。それに、そこにはいないっていう情報が得られるんだし、無駄足にはならないよ」
フードで顔を隠しているが、何となく灯里が微笑んでいるような気がした。
本当は、三人に分かれて調べる予定だったのだが、灯里は璃空が心配だと言って、二手に分かれることになった。
璃空は、自分が二人の邪魔になっているのではないかと不安に思う気持ちを振り払って、悠斗を見つけることだけを考える。
自分のものではない端末に表示された地図を見ると、目的地まではまだ相当距離があった。
璃空の端末はOrpheusから逃げる際に、追跡の可能性を消すために灯里が壊したらしい。
今、璃空が持っているのは鏡夜に渡された端末だった。
画面を睨みながら、このまま走っていては何時間かかるか分からないと考えた璃空は立ち止まって、灯里の方を見た。
「どうしたの?」
「玖遠さん。ちょっとだけ飛ばそうと思うんだけど、いいかな…‥?」
それに気が付いた灯里も立ち止まって、不思議そうな表情を浮かべる。
そんな灯里に、璃空は不安そうに口を開く。
口元に手を当てて少しだけ考える仕草をした後、璃空がしようとしていることに気が付いたのか灯里は微笑んで頷いた。
「ありがとう。……えっと、じゃあ、しっかり掴まってて」
「うん。──あ。変なとこ触っちゃダメだよ?」
「ぶふっ!! さ、触らねえよ!!」
灯里を抱きかかえようとする璃空に、彼女は意地悪い笑みを浮かべて躊躇する璃空をからかった。
恐る恐る灯里を抱きかかえて、璃空は雷撃を迸らせ、そのまま地面を強く蹴り飛ばして走り出した。
◇
それから数十分後。
璃空と灯里は目的の廃ビルに到着した。
廃ビルという割には新しい建物だが、至る所に立ち入り禁止の紙が貼られていた。
肩で息をする璃空の傍らで、灯里はビルの中に霊力の反応があるかどうかを探っていた。
「──うん。誰かいる。……鳴神くん、動ける?」
「ふぅ……大丈夫。行こう」
息を整えた璃空は、灯里と一緒にビルの中に入っていく。
ビルの中に入った瞬間、璃空も灯里も全く違う世界に踏み入ったような重さと息苦しさを感じた。
そして、その中に紛れて苦しそうなうめき声が響いていた。
「この声……間違いない……!」
「鳴神くん!?」
璃空はその声が誰のものかすぐに気が付き、制止する灯里の声を無視して、璃空は上の階に駆け上がっていった。
上の階に近づくほど、気持ち悪さが増すのと同時に、声がどんどん鮮明に聞こえてきた。
その悲痛な叫び声に顔を歪めながら、璃空はようやくその声が聞こえている場所にたどり着いた。
「はあ……はあ……ゆ、悠斗っ!!!」
息を荒くしながら叫ぶ璃空の目には、ボロボロになった床や壁、その中央でよだれを垂らしながら苦しそうにもがく悠斗の姿があった。
よく見ると、身体の至る所にひっかいたような傷があり、血が零れ落ちていた。
「悠斗! 大丈夫か!!」
「待って!! っ!?」
悠斗に駆け寄ろうとする璃空と、どうにか追いついてそれを止めようとする灯里。
しかし、灯里はそれ以上近づくことは出来なかった。
見えない壁のような何かが張り巡らされており、それが灯里の行く手を阻んだ。
背後で響く衝突音に、璃空は一瞬だけ振り返ってしまった。
それは決定的な隙を生み出してしまったことに、灯里の声と必死な表情で気が付く。
視線を戻した璃空が見たのは、霊力で創り出した爪で璃空に襲い掛かる悠斗の姿だった。
「ぉおおお!!!」
その凶爪を反射的に拳で防ぎ、どうにか距離を取る。
地面を転がる悠斗は、すぐに体勢を立て直して荒い息を吐いて、璃空を睨みつけていた。
「な、何で……俺が分からないのか……!!」
もう自我を失い、璃空のことを忘れてしまっているのか。
困惑しながらも悠斗に呼びかける璃空に、悠斗はゆっくりと口を開き始めた。
「ここには、お前以外誰も入ってこれない……そして、俺も含めて、ここからは誰も出られない……一度、人を食べた俺は、もうお前のところには戻れない……」
「な、何言ってんだよ……!! まだ何もかも諦めるのは早すぎるだろ!?」
全てを諦め、悟ったような顔をしている悠斗に、璃空は悠斗を救うことを諦めきれずに抗おうとする。
そんな璃空の希望を打ち消すように、悠斗は璃空に飛びかかり、二人は顔を見合わせた。
「俺は!! 今にもお前を殺して、ぐちゃぐちゃにして喰らいたいんだ!! もう耐えられないんだ!! そんな俺が、どこに戻れるって!?!?」
「そんな……そんなこと……」
「現実を見ろ!! もう、俺は、戻れないんだよ!!!」
どうしても諦めたくないと子供のように駄々をこねる璃空の身体を、悠斗は思い切り蹴り飛ばした。
そこには怒りと悲しみと、殺意が入り混じっていた。
「今、俺とお前を閉じ込めている結界を解除するには俺を殺すしかない。お前に残された道は、俺を殺してここから出るか、俺に殺されて喰われるかのどっちかしかないんだよ!!!」
「嘘だ……嘘だ嘘だ。嘘だああああああ!!!」
璃空に突きつけられた二択。
そのあまりに無慈悲な選択肢に、璃空は悲痛な叫び声を上げ、現実から逃れるように、襲い掛かる悠斗に拳を振るった。
14日に全く間に合わなくてすみませんでした!!まあ四捨五入したら14日なので許してください