Birthday
璃空が目を覚ます前日。
花梨は一人で家に向かって歩いていた。
道中、携帯を確認するが、璃空からの返信はなかった。
最後に会ってから二日。璃空は行方不明になっていた。
電話をかけてみても応答せず、家に行っても誰からの返事もなかった。
璃空の両親に話を聞いてみようかと思ったが、隣の家の明かりがつくことはなかった。
同じクラスの悠斗も、何の連絡もなく欠席しており、両親も捜索願を出しているらしいが、まだ見つかっていないらしい。
ニュースでは、この街の男子高校生が人食い鬼と化し、今も逃走していることと、その逃亡を手助けした男子高校生も行方不明になった報道されていた。
二人の男子高校生。よくない想像を思考の隅に追いやって、花梨は再び璃空の家のチャイムを鳴らす。
しかし、それに答える声も、ドアを開ける誰かもいなかった。
「はあ……。どこ行ったの、璃空……」
肩を落として自分の家に向かおうとすると、何かにぶつかってしまう。
「いっ……たぁ……。もう! 何なの、よ?」
少しだけ不満がたまっていた花梨は、鈍い痛みに怒りを覚え、反射的に怒鳴ろうと顔を上げる。
そこにあったのは物ではなく、一人の男性だった。
「す、すみません!! ぼーっとしてて!!」
「いやいや。こちらこそ、よそ見をしていて申し訳ない」
慌てて謝る花梨に、男は優しい笑みを浮かべて、花梨に顔を上げるように促した。
男はどこにでもいるような気さくな雰囲気を漂わせていた。
「ほんっとうにすみませんでした!! ……えーっと、璃空……じゃなくて、鳴神さんに用ですか? だったら、今は留守みたいなので、日を改めた方が……」
最後にもう一度謝って、花梨はもしかしたら目の前の男性は鳴神家に何かしらの用事があるのではないかと思い、家に誰もいないことを伝えた。
「ん? あー、いえ。鳴神さんではなく、唯月花梨さんという方を探していまして」
「……え?」
しかし、返ってきた答えは、全く予想外なものだった。
まさか自分に用があるなんて、微塵も考えていなかった。
一体、何の用だろう。
見知らぬ人物と言うこともあって、少しだけ警戒しながらも、花梨は話を聞いてみることにした。
「ご存じありませんか?」
「えーっと……私が唯月花梨です」
「おお!! あなたが唯月さんですか。お会いできてよかったです!!」
男性は花梨を見つけられたことが嬉しいのか、彼女の手を握って満面の笑みを浮かべた。
花梨は苦笑いをしながら、「あ、あはは……」と渇いた笑いをこぼした。
「彼女が用意した資料が間違っているのかとヒヤヒヤしました」
だが、男が何気ない雰囲気で放った一言に、花梨は凍りつく。
男はわきに挟んでいた封筒から、数枚の紙を取り出して花梨に手渡す。
そこには自分の情報が事細かに書かれていた。
「申し遅れました。私、Orpheus研究・開発機関局長を務めております、流転哭井と言います。以後、お見知りおきを」
恐怖に震える花梨の顔を嬉しそうに見ながら、流転は仰々しく挨拶をした。
流転の豹変ぶりに恐ろしさを覚える一方で、花梨は頭が真っ白になっていた。
何故Orpheusの局長クラスの人間が自分のところに来たのか。
そもそも自分に何の用があるというのか。
「わ、私に何のようですか……?」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。少し聞きたいことがあるだけです」
「聞きたいこと……?」
「ええ。昨日から報道されている人食い鬼になってしまった男子高校生と、彼の逃亡を手助けして行方をくらませた男子高校生の話をご存じですか?」
「……はい」
花梨は不安に胸が締め付けられていた。
嫌な予感に心臓の鼓動が乱れ、呼吸が荒くなる。
きっとその先の質問は、聞きたいけど聞きたくない言葉だ。
そんな心境を見透かしているのか、ただ性格が悪いだけなのか。
流転はニヤリと笑って、花梨の耳元で事件に関わっている二人の名前を告げた。
「その二人がですねえ、玉梓悠斗と鳴神璃空というんですが……知っていますよね?」
「っ……!!」
最悪の予感が的中し、花梨は息を飲んだ。
それと同時に、花梨は流転が自分の音に来た理由がますます分からなくなる。
二人のことを聞きに来たのかと考えたが、花梨から聞き出せる程度の情報なら、Orpheus内で十分聞き出せるはずだ。
「そんなに心配しないでください。私は彼らの情報を聞きに来たわけではありません。そういうことは、実働部隊がやってくれますからねえ」
「だったら、何をしに来たんですか……?」
花梨は一刻も早くここから逃げ出したかった。
これ以上彼と話すと、何か良くないことが起きると頭の中で警鐘が鳴り響いていた。
「その前に、もう一つ。篠宮沙織さんとあなたは親友……と言うことで間違いありませんね?」
意味が分からなかった。
本当にこの男は何をしに来たのか。
璃空と悠斗の話を聞きに来たのかと思えば、沙織との関係を聞いてくる。
まるで、自分の知的好奇心を満たすためだけに動いているようだった。
そんな相手の質問に答える必要なんて全くないが、ここで篠宮と親友であることを花梨は否定したくなかった。
たとえそれで自分の命に危険が及ぶとしても、そこで嘘をつくことは花梨には出来なかった。
「親友ですけど……それが何か関係あるんですか?」
「ふふふ。いいねですねえ!! 恐怖を感じ、怯えながらも、自分の信じたことを貫く気高き精神!!」
花梨の真っ直ぐな答えに、流転は心底楽しそうな表情を浮かべていた。
そして、流転は少しずつ花梨に近づいてくる。
「そんな君が、人間をやめてしまったら、君の親しい人間は何を思うのだろうか。君は、美しく気高い精神を持ち続けていられるのか!!」
「な、にを……」
近づいてくる流転から逃れようと、後ろに下がるが、すぐにドアにぶつかってしまう。
そんな花梨を逃すまいと、流転は花梨の腕を掴んだ。
「さあ! 覚醒の時、来たれり!!」
「や、やめ──」
必死に抵抗する花梨の心臓を、流転の光り輝く腕が貫いた。
その瞬間、花梨の意識は抵抗虚しく、光にかき消されていった。
花梨が最後に聞いた声は、悪魔のような流転の笑い声だった。
章題を変更しました。割と気に入っています