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リバース・ジョーカー  作者: 遥華 彼方
第1章 泣き虫の雷星
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もう戻れないと知りながら

 パチン、と泡が弾ける音が聞こえる。

 それはまるで夢を見る時間は終わりだと無慈悲に告げられたようだった。

 長い長い夢から目覚め、璃空の意識は覚醒する。


 「……えっと」


 そんな璃空の顔を灰色の毛をした兎が覗き込んでいた。

 少女に抱えられてどこかに連れていかれたところまでは覚えているが、その後、自分がどうなったのか分からなかった。

 軽く周囲を見渡すと、ここが自分の部屋ではない誰かの部屋で、そこに置かれているソファに自分は寝かされていることが分かった。

 目についた日めくりカレンダーの日付は、璃空の記憶から三日経った日付を示していた。

 ここはあの少女の部屋なのだろうか。それにしてはあまり生活感のない部屋だと感じた。

 それに、部屋の中には先ほどの少女はおろか、人影一つなかった。

 いるのは目の前の兎のみ。

 もしかしてこの兎に聞けば、色々と答えてくれるのだろうか。

 仕方ないので、璃空は兎を撫でながら、兎に質問してみることにした。


 「ここはどこなのか分かるか?」


 「……?」


 しかし、当然ではあるが、兎は首を傾げ、気持ちよさそうに璃空の上でくつろぎ始めた。


 「まあ、そうだよな……」


 いくら何でも兎に質問をしたのは無理があったなと冷静になり、どうしたものかと考えていると、近くで誰かの小さな笑い声が聞こえた気がした。

 ゆっくりと体を起こして、ソファの裏側を覗くと、そこには一人の女の子が膝を抱えて座っていた。

 少女は口元を押さえながら、潤んだ瞳で璃空を見上げた。

 何を言えばいいのか困った璃空は、とりあえずくつろいでいる兎を優しく抱えて顔の前まで持ってきた。


 「こ、こんにちは」


 「……ふふっ。あははは!! 何やってるの!?」


 璃空の行動に、少女は吹き出して笑い始めた。

 少女の胸にはあの時少しだけ見えたのと同じネックレスが付けられていた。

 それに加えて、楽しそうに笑っている少女の声で、先ほどの少女と同一人物だと確信する。

 少女はどうにか笑いを押さえようと、深呼吸をして呼吸を整える。

 その姿を見ながら、璃空は色々な感情に襲われる。

 フードの下の可愛い素顔への動揺、そんな顔であんな鮮やかな戦い方をすることに対する戦慄、そして 何が面白くてこんなに笑っているのか分からないことに対する困惑などが入り混じり、何とも言えない表情をしてしまう。


 「お? 起きたのか、璃空。傷は大丈夫か?」


 「え? あ、ああ」


 「そっかそっか。今から飯作るからな。灯里(あかり)も食べるだろ?」


 「ふぅ―……うん、食べる!」


 いつの間にか部屋にやって来た鏡夜は、キッチンに立ってご飯を作り始める。

 灯里と呼ばれた少女も落ち着いたのか、鏡夜の手伝いに向かう。

 その背中を見ながら、璃空はもう一度ソファに座った。

 そして、自分の身体をゆっくりと動かし始める。

 鏡夜の一言で、自分が何発も銃弾を受け、身体の至る所が折れていたことを思い出したのだ。

 怪我をしたのも夢だったと言われてもおかしくないほど、身体のどこにも痛みを訴える箇所はなかった。

 しかし、あれが紛れもない現実なのは、灯里がいることや、服が破れ、血が付いていることからも明らかだ。

 では、誰が治療をしてくれたのか。

 鏡夜の能力は治癒系の能力ではないし、だとしたら灯里が治療してくれたのだろうか。


 「──ん?」


 そこまで考えて、璃空は一度考えることをやめた。

 何か明らかに見過ごしてはいけないことがあったような気がしたのだ。


 「……ん? んん??? んー!!!!!」


 その何かに気が付いた璃空は、勢いよく立ち上がり、急いでキッチンに向かった。

 そこには鼻歌交じりに料理をする灯里と、やはり璃空の親友である白蓮鏡夜が立っていた。


 「はあ!?!?」


 「どうした? 嫌いなものでもあったか?」


 「いやっ、ちがっ!! 何でお前がここにいるんだよ!?」


 璃空はキッチンカウンターを叩いて、身を乗り出した。

 初対面の女の子の家で、なぜ顔見知りの親友と出会わなければならないのか。

 そもそも初対面の女の子の家にいることにも動揺しているのだが、こんなところで鏡夜に会うなんて誰が想像できるだろうか。


 「灯里。お前、何も説明してないのか?」


 「うん。だって、鳴神くんが起きたの、ついさっきだよ?」


 「だからこんなに驚いてるのか」


 どうして璃空が驚いているのか、今さっき部屋に戻ってきた鏡夜には全く分からなかったのだが、灯里の答えで鏡夜もようやく今の状況を理解した。


 「じゃあ、飯食ったら説明するから、これテーブルに運んでくれ」


 鏡夜は混乱する親友に、盛り付けが終わった皿を手渡す。

 それを受け取った璃空は、渋々納得した表情で、料理をテーブルに運び始めた。

 その姿を見て、灯里が少しだけ微笑んでいたのを、璃空は知る由もなかった。



 「さて、どこから説明したもんかな」


 食事と片付けを終え、一休みしていると、鏡夜がようやく本題に入る。

 しかし、何から聞けばいいのか分からないのは璃空も同じだった。

 璃空に懐いたのか、兎は璃空の膝の上でキュウリをかじっている。


 「……何から聞きたい?」


 「え? えーっと……じゃあ、二人はどういったご関係で……?」


 どう説明すればいいのか悩んだ鏡夜は、璃空に全てをぶん投げた。

 それを理解した璃空は、頭の中で「この野郎……!!」と思いながら、一番気になっていたことを聞いてみることにした。

 その質問を聞いた灯里は、ニヤリと笑みを浮かべた。


 「こういう関係……って言ったら、どうする?」


 「ぶふっ!! ま、マジでそういう関係なの……!?」


 「お前なあ……そんなわけあるか」


 本気で信じそうになっている璃空に呆れながら、ふざける灯里の額を小突いた。

 「痛い!!」と文句を言う灯里を無視して、鏡夜は質問に答えた。


 「俺と灯里は同僚というか仲間というか……」


 「……?」


 鏡夜は何となく言葉を濁して説明しようとしているように感じた。

 しかし、それを感じ取ったところで、どうしようもなく、ただ黙って言葉の続きを待つしかなかった。

 そんな静寂を破ったのは灯里だった。


 「私たちはね、異能犯罪者集団『ゾディアック』の一員なんだよ」


 「ゾディアック……!?」


 璃空は灯里の言葉に動揺を隠せなかった。

 世界に存在する異能犯罪者の中でも、最悪の犯罪者集団として恐れられている組織が二つある。

 一つは『セブンス』、もう一つが『ゾディアック』である。

 灯里と鏡夜はそのゾディアックの一員だと、彼女は言い切った。

 そこには先ほどまでの意地悪な笑みは無く、それが嘘偽りのない真実だと告げていた。


 「灯里!!」


 灯里が告げた事実に、鏡夜は少しだけ声を荒げる。

 だが、特に気にした様子もなく、逆に不満げな顔を浮かべていた。


 「鏡夜は鳴神くんに不要な情報を教えないことで、万が一の時に鳴神くんだけは助けられると思ったんでしょ? でも、鳴神くんはOrpheusに喧嘩を売ってる。私たちがどうしようと、もう普通の生活には戻れない。そんな鳴神くんに隠しててもしょうがないでしょ」


 そう口にする灯里の眼は、璃空を試す眼だった。

 ここから先の話を聞いてしまえば、本当に元の生活に戻ることは出来ない。

 その覚悟があるかどうかを璃空に問いかけていた。


 「……鳴神くん?」


 灯里からの質問に、璃空は苦笑いを浮かべていた。

 普通の人間ならこういう状況になった時、何を思うのだろう。

 戻れない幸せな日々を思い浮かべて、悲しむのだろうか。

 もう二度と大事な人に会えないことを想像して、自分の行いを少しは後悔するのだろうか。

 璃空にも、大事な人がいて、大事な日常がある。

 その一方で心の奥底で燃え続ける復讐の炎が幸せな日々にいることを許さない。

 だから、璃空の答えは決まっていた。


 「──俺は、鏡夜を信じてる。あの日、無力で何も出来なかった俺に手を差し伸べてくれたお前が、理由もなく犯罪者になるわけがない。だから、教えてくれ」


 その答えに灯里は笑顔を浮かべ、鏡夜はため息をつくがその顔は少しだけ嬉しそうだった。


 「まあでも、その話はお前の話を聞いてからだ。Orpheusに喧嘩を売った経緯を知りたいからな」


 「あ、ああ……」


 何となく話を聞き終えた鏡夜が怒るような気がして、璃空は苦笑いを浮かべる。

 そんな二人の関係性を楽しそうに眺めていた灯里が、思い出したように璃空に近づいてくる。


 「そう言えば、まだ自己紹介してなかったね。私は玖遠灯里(くおんあかり)。よろしくね、鳴神璃空君」


 「──あ。よ、よろしく」


 灯里の笑顔に少しだけ戸惑いながら、璃空は差し出された手を握り返した。

 その手の平が少し汗ばんでいることがバレないか、高鳴る心臓の音が聞こえないかどうか考えていると、灯里は璃空の心を見透かしたように意地の悪い笑みを浮かべた。


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