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5話 覚醒

 少年の手引きに従い、クリムたち一行は闇夜の森を歩いていた。

 クリムの明かりは消していた。敵に見つかる可能性があるからだ。頼るのは、頭上からのかすかな月明かりだけ。足場のおぼつかない獣道を、3人は歩いていく。


 道を外れ、しばらく歩いた頃。

 一軒のボロ家にたどり着く。

「もとは鍛冶屋のおっさんが住んでたらしいんだけど。

 いまはごろつきの住処になってる」

 少年――ネムは、建物の二階を指さした。

「あそこの一区画に俺たちは押し込められてた」

「見張りは?」

「さあ。いつもは3人ぐらい居た気がするけど」

 部屋から出されることはなかったから、詳しい事情はわからない。そういってネムは肩をすくめた。


「ネムはここで待っててください。

 ……それからニーナも」

「私も行きます」

「あなたが居なかったら、誰がこの少年の身を守るんです?」

 戦いが近づいており、クリムの神経は研ぎ澄まされていた。クリムの鋭い目つきで見据えられ、ニーナは小さく頷いた。

「何かあったらすぐに呼んでください。飛んで参ります」

 クリムは苦笑する。

「何かあったら、逃げてください。そして人を呼ぶこと。

 決して命を軽々しく捨ててはいけませんよ」

 そう言ってクリムは、杖を握りなおした。



 扉にはりつき、中の様子を探る。

 「感知」の魔法を使い、中の様子を探る。一人がいるらしい。おそらくそいつが人買いの一人なのだろう。

 向こうに魔法使いがいる気配もない。

 十分にやれる。

 クリムは冷静に現状を分析すると、扉を開けた。


 仮に相手が刃物を持っていたとしても、クリムには対等にやりあえる自信があった。長い旅の末に身につけた体術である。相手がごろつき程度ならば、魔法を使わずとも掌握できる。

 暗がりに目が慣れるのを待ち、中に踏み込む。

 テーブルが一つ。ランプが置かれている。煙がのぼっている。今消されたようだった。

 人の姿は見えない。

 不意打ちに注意しながら、クリムは一階を探索する。


 ……おかしい。


 逃げたのだろうか?

 人の居る気配はなかった。

 胸中に沸いた漠然とした不安を感じながら、クリムは二階へと足を向ける。

 階段をのぼるたびに、きぃ、と軋む音を立てる。

 二階の廊下へとたどり着き、再度「感知」の魔法を使う。

 人の気配は、1つの部屋に集約されていた。おそらくそこがネムのような子供たちが押し込められていた部屋なのだろう。

 左右を確認しながら、その部屋へと近づく。

 部屋の扉に木製の巨大なカンヌキがかけられている。

 用心深く、そのカンヌキを引き抜き、扉をあけた。



「う……」


 最初に気づいたのは、異臭である。窓もなく、ろくな下水施設もないこの部屋に10人ほどの子供が生活している。どれほどの期間生活していたのだろうか、あちこちからすえたような臭いが漂っている。

 子供たちはみな地面に伏している。

 怪我をしているのだろうか。

 クリムが部屋の中に一歩、足を踏み入れた時。



「動くな!」


 冷たく、固い声がクリムの動きを止めた。

 漆黒の室内の中に、刃物らしき銀の煌きが見えた。

 一人の子供をわきにかかえ、その首元につきつけているようだった。

「それ以上近づくと、こいつを殺す」

「……無駄なあがきだ」

「何も見なかったことにして帰れ。痛い目はみないですむぜ。

 こいつも、おまえもな」

 男の持つ煌きが、その向きを変えた。

 クリムはとっさに、持っている杖でそれを防ぐ。

 男は力任せに、クリムを突き飛ばした。

 バランスを崩し、廊下へと押し出される。

「俺が殺さねえと思ってるだろう?」

 男が暗闇の中で、醜悪に顔を歪ませた。

「馬鹿が! こいつらは商品だが、大事でもなんでもないんだよ!」

「やめろ!」

 クリフの声が響く。

男は持っているナイフを、抱えていた子供の足に突き刺した。

悲鳴は聞こえない。子供はびくりとその身を震わせる。



 クリフの内側に黒い感情が爆発する。

 早く助けなければ、という思いと。

 ××してやりたいという、衝動。

 それでも頭の中に冷静な部分があって。

 自分にできることは「治癒」だけだと、いつものごとく呪文を唱える。

 子供を癒さねばならない。

 早く、早く――。


「ヒール!」

 それはクリムが見たこともない、漆黒の魔法だった。

 クリムの左手に描かれた文様が、まるで生き物かのようにうねり、杖を起点として放たれる。男と子供を包み込むと、黒い渦となり、魔力の奔流に包まれる。



 治癒とはすなわち、活性を高め、肉体を元の状態に戻すことである。

 あくまでも肉体の「回復力を高める」ことが本来の意義である。

 では、行き過ぎた治癒はどうなるか?

 肉体の回復力は、人の一生の中で決められているらしい。

 いかに高度な治癒魔法といえど、人を不死にする魔法は例を見ない。

 それは人の身体が一生に癒せる傷の総量は決まっているのだと、ある学者は主張する。

 そしてその学者は、

 『完成された治癒魔法は、人を絶命に至らしめる』

 と論文を締めくくった。


「ヴぉまえ、なにヴぉ……」

 黒い竜巻が収まり、出てきた人間は異形の姿をしていた。

 髪は抜け落ち、肉ははがれ、目玉が落ちている。両手で自分の顔面をつかみ、ひっしに「治癒」にあらがおうとするが――。


「ヴぉれは、死ぬ、死ぬのか……殺されるのか!」

 死にたくない。

 男は今際の言葉をあげた。

 全ての肉が蒸発したかのように削ぎ落ち、黄色い骨が露出する。

 ただ骨も劣化して崩れ落ちカスになり、そよいだ風に吹き飛ばされた。



 ぜえぜえ、と息をしている。

 自分が殺したのか?

 クリムは自分の両手を見つめる。

「それが一部の死霊術師しかたどり着けなかったと言われる、致死魔法だよ」

 いつの間にか、ステラがそこに居た。

 黒い闇夜。

 暗い衣服。

 半月を背に、白い肌が浮き上がっている。

「僕が、……やったのか」

「言っただろう、あんたは悪魔と契約したんだ」

 ステラは笑みを深くした。

「う、うわああああああ」

 クリムは絶叫した。

 それを見て、ステラは極上の笑みを浮かべる。



「ははは、あたしは好きだぜ、そういうところ。

 悪魔はいつだって見てるし、どこまでもついていくよ」


 バサリと、コウモリような羽根がクリムを包んだ。

 外から微かな明かりが、廊下を照らしていた。

 ステラは「ご主人様」と、クリムの耳元で囁きかけた。



一旦終了。です。

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