表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4話 発端

 ベッドが1つあるだけの、狭い室内に、10人ばかりの子供がつめられていた。年のころは10歳前後といったところだろうか。服装はバラバラだが、中にはボロ切れを身にまとい、とても服とは言えない状態のものもいる。

 ガラン。

 外側にあるカンヌキが引き抜かれる。子供達の中でもとりたてて幼い者たちは、びくりと身を震わせた。大男が中に入ってきて、まるで家畜のように無表情に子供を数えていく。


「病気の子がいるんだ」


 男の前に、気の強そうな少年が歩み出た。

 男は胡乱げな視線を落とした。

「薬とまでは言わない。せめて十分な食事を――ぶっ」

 言葉を言い終わる前に、男の拳により、少年は吹き飛ばされた。

 地面にうずくまり、顔を抑えている。

「ああ、早いとこ売らなきゃな。

 死体に興味があるお得意様も居るからな」

 少年は顔をあげて、男の顔をにらんだ。男はその視線を意に介さず、背を向ける。そして扉をしめて、重いカンヌキをかけた。


 誰か。

 少年の祈りは誰にも届かない。

 助けて。




「誘拐が多発している?」

 その話題が上がったのは、クリムがいつもの仕事を終えて、夕食を食べている時だった。

 クリムの夕食は他のものよりも遅い。患者がひっきりなしにくるためだ。

 本来なら聖書を勉強する時間になっているのだが、こっそりとニーナは抜け出してきて、クリムに給仕をしていた。

「はい」

 ニーナは出来立てのパイをクリムの食卓に並べると、「私が焼いたものですので、よろしければ」と笑みを浮かべる。

「……、世界は平和になってないのかな」

「魔物がいなくなって、物騒になったという話も耳にします」

 それは皮肉な話だった。

 魔物がいた頃は、夜に出歩くと魔物に襲われる危険があったため、出歩くものは少なかった。しかし魔物が居なくなった現在では、強盗やゴロツキの類が増えたというのだ。魔物が必要悪だったとは思いたくないが。

「ここは首都から離れてますし、王都の警備兵もなかなか来ませんしね」

「ふうん、見捨てておけない問題だね」

 クリムは最後のスープに口をつけながら応えた。

 クリムの目標は、魔王を倒すことではない。世界に平和をもたらすことだ。そこが魔王打倒を掲げる勇者たちと違う点でもある。

 つまり、魔王が居なくなってもなお治安が乱れているのであれば、まだまだ仕事は残されている、ということだった。

 クリムは食器を下げると、白い余所行きのローブを羽織った。

「……どこかにお出かけなさるつもりですか?」

「情報収集」

 短く答え、自分の杖を点検する。これがなければロクな魔法も使えない。整備を怠ることはできない。

「わ、私もご一緒していいでしょうか!」

「へえ?」

 意外だ、という風にクリムは顔をあげた。ニーナは顔を赤くしながら、両手をもじもじさせていた。

「えっとその、そうです、私も外に出たい気分だったっていうか……」

「リブの村まで行くつもりだから、今日はたぶん帰ってこれないよ。

 むこうで一泊すると思う。それでもいいなら」

「ぜんっぜん大丈夫です!」

 あまりの勢いにクリムは苦笑して、

「それなら許可を取ってきて。それから出発することにしよう」

「ぜ、ぜひ! こちらこそというか、許可もらってきますね」

 ここは学び舎としての側面が大きい。いかに「聖女」として破格の待遇が与えられたニーナでも、無断外出は頂けない。ニーナは矢のように食堂から飛び出した。



 半分欠けた月が、夜道を照らしている。

 漆黒の空に、木々が更に影を落としている。

 道は馬車が通れるように舗装されており、迷うことはない。

 暗がりの中を、クリムの「マジックライト」がおぼろげに照らしている。

 わざわざ夜道を選んだのにも理由はあった。

 本当に魔物が出ないのか、の確認。

 そして犯罪者が現れるかどうかの下調べでもある。

 クリムとニーナは、冒険者というよりは白いローブを羽織った、魔術師の出で立ちである。二人連れであるとはいえ、標的にされやすい格好ではある。

 クリムは自分のまえを、ニーナに歩かせていた。

 いざというとき対処しやすいように、だ。


「つ、月が綺麗ですね!」

 フードから顔をのぞかせ、ニーナがクリムを見上げた。

「半月だと魔力が落ちる魔物も居る。だいたい魔物っていうのは夜の生き物だからね」

「クリムさまは物知りなんですね」

「物知りっていうか……必要に迫られて覚えただけだよ」

 明るいうちに寝床にたどりつけないことなど、往々にしてある旅をしてきたのである。アランたちと夜空を見上げながら魔物の数とか強さを話し合い、寝ずの番を決めたことも懐かしい。


 がさり、と行く先の茂みから音がした。

 ニーナはびくりと身を竦ませて、クリムの後ろに隠れた。

 クリムは注意深く周囲の様子を探ると、足元に転がっている石を拾い上げ、茂みのほうへと放り投げた。


 手のひらほどの石が茂みの中に消えると、静寂が訪れる。

 人ではなかったか。

 動物だっただろうか。

 クリムが警戒を続けていると、

「あ、人です! 子供みたいですよ」

 ニーナが駆け出していた。


 茂みの中に、少年がうずくまっていた。ボロボロの衣服を身にまとった少年である。さきほどの石が足に当たったようだった。

 クリムは手短に詠唱すると、ヒールの魔法を唱えた。

 足にあった傷はみるみるうちに癒えていく。

「どうしてこんなところに――」

 少年を抱き起こし、少年の身体に目を落としたときに、クリムは気づいた。

 足首の腱をきられている。これは逃亡をふせぐためだろう。

 少年が目を開き、クリムの姿を認めるやいなや、必死にその手をふりはらって逃げようとする。

「大丈夫です、僕は敵ではありませんよ。それよりあなたはどうしてここに――」

「あ、あ、あ」

 少年は自分の喉を指で示した。

 赤い痣が残っている。

 クリムは自分の内側に暗い怒りが湧き上がるのを感じた。

「なんとむごい」

 クリムは自分の杖を、少年の額にあて、優しい口調で詠唱を始めた。


 ヒール、の声とともにあたり一面を覆うような光が現れ、少年を癒していく。

「あ、あー」

 少年は喉、それから自分の足が快癒したことを確認しながら、飛び上がった。

「すっごいぜ、今噂の大神官さまかい! 」

「そんな大したものじゃないですよ。近くで治癒を施しているものです。

 名前はクリムと言います。聞かせてもらえますか、なぜあなたがそんな状態になってるのかを――」

 少年は力強い調子で、頷いた。



「人売りが流行っている、ってのは聞いたことあるかい。

 魔物が消えて、始めみんな喜んだ。

 けどそれを喜ばしく思わない奴らもいる。うちみたいな貧乏な家とかはそうだ。

 口減らしに、魔物が活発化する満月の夜に子供を棄ててたんだけど、魔物がいなくなったから子供が帰ってきちまう。そこに目をつけた奴らが始めたのが、「人買い」さ。いらなくなった子供を一人いくらで――それこそ家畜同然の値段で引き取っていく」

 ニーナは優しく少年を抱きしめた。かすかに震えているのが分かる。

「まあ別に俺らは恨んじゃいねーよ。そこにいたやつらも、みんな親を恨んじゃいなかった。

 俺が行かなきゃ兄弟の誰かが行ってたんだろうし、運が悪かったってだけの話しさ」

「かわいそう――」

「かわいそうとかじゃないんだよ、姉ちゃん。

 これが運命んだよ。しょうがない」



『人ってのはさ』


 クリムの頭に、かつてのアランの言葉が蘇る。



『もっと自由に生きなきゃなんねえんだよ』


 それはクリムを修道院から連れ出した時の言葉でもあり、エリッサを呪縛から解き放った言葉でもあった。

 自由とは?

 人と神に仕えて生きるのが当然、と教育されてきたクリムにその言葉は程遠かった。

アランは照れたように頭をかいた。

 けれど、今ならアランの言葉の真意が分かる。


 人は自由に生きなければならない。


 運命や宿命に縛られて、自棄になってはいけない。


 今度は、自分が誰かを連れ出す番なのだ。


「教えてください。あなたをこんな目に合わせた奴らを」

 クリムの瞳に、強い意思が宿った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ