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THIRD TIME PART Ⅴ

 眠れない……時々寝返りを打ちながら眠気がくるのを待っていたあおいだが、体は疲れているのに思考が異常に働いている状態だ。


 深夜遅くに橋の上で佇んでいた自身に手を差し伸べてくれた葛城に、今は少なからずときめきを感じていた。彼のような方が夫であれば……そう思うだけで長い間忘れていた感情が湧き上がってくる。 


 それでもお互い既婚なんだからとその思いを断ち切ろうと、横になっていた体を起こす。その音だか気配だかを察したのか、背を向けて横になっていた葛城が寝返りを打ってあおいを見る。


「すみません、起こしてしまいました?」


「いえ、正直寝付けなかったんです」


 葛城は眼鏡を探り当てながら体を起こす。ベッドの上でぺたんと座り込んでいるあおいは、申し訳なさげに下を向き、布団の端をいじっていた。


 彼はその姿に亡き母を思い出す。物心付いてからずっと入退院を繰り返し、暇さえあれば手芸をしていたせいかしょっちゅう指を動かしていた記憶が残っている。


「つかぬ事を伺いますが、手作業が得意だったりしますか?」


 その言葉にあおいの手の動きが止まり、恥ずかしそうに顔を上げる。


「工作的な事は苦手ではありません、最近はすっかり遠退いていますが。でもどうして?」


「亡くなった母も似たような癖がありまして。それより何か飲まれますか?」


 葛城はベッドから出ようとしたので、冷蔵庫が近いあおいは慌てて立ち上がる。


「冷蔵庫でしたら私の方が!」


「いえ、あなたは怪我をされています。座っていてください」


 彼はそう言って引き留め、冷蔵庫からペットボトルを二本取り出してあおいの前に立つが、なぜかそれを差し出そうとせずじっと見つめ合っている。


「「あの」」


 二人は同じタイミングで声を掛けてしまい、とっさにどうぞと譲り合う。それもまた被ってしまい、気恥ずかしさから一瞬言葉を詰まらせる。


「大した事ではありませんのでお先にどうぞ」


 あおいは会話の主導権を葛城に譲る。


「いえ、レディーファーストで」


「そんなの気になさらなくて大丈夫ですよ」


 今度は譲り合いが終わらず話が前に進まない。その事に気付いた二人はつい吹き出してしまう。


 最後に笑ったのはいつだろうか? あおいはふとそんな事を思う。このところ愛想笑いすらしていないのではないか? 久し振りにする家族以外の人間との対話に、心はウキウキと弾んでいた。


「でしたら『せーの!』で言ってみませんか?」


「えっ?」


「だってこのままだと埒が明かないじゃないですか」


 彼女は血の通った会話を楽しんでいた。一方の葛城は、その提案にためらってちょっと恥ずかしいですね、と言った。


「私たちしかいませんから大丈夫ですよ。せーのっ!」


 その合図で同時に言葉を紡ぐ。


「「隣に座りませんか?」っても宜しいですか?」


 二人はお互いから聞こえてきた言葉に驚きの表情を隠せない。まさか同じ事を考えていたとは……双方既婚の身であり、それが配偶者を裏切る行為になるとしても側に寄り添って話をしていたかった。


「はい、喜んで」


 あおいは顔を上げて微笑みかけ、左手でベッドを軽く叩く。葛城は、子供の頃大好きだった母の笑顔を彷彿とさせるその顔にドキリとする。


「では、お言葉に甘えて」


 彼は叩いた位置に腰掛けてペットボトルを手渡した。


「ありがとうございます」


 あおいは両手でそれを受け取り、キャップを開けてお茶をひと口飲む。ところどころ亡き母に似た表情を見せる彼女に、葛城はどんどん惹き込まれていき、これまで脇目を振る事なく愛してきた妻の存在が徐々に霞んでいった。


 二人は密着こそしていないが、隣り合った事で体の距離はほぼ無くなっている。それによって同じ香りの中に混じる互いの匂いが、これまで保ってきた理性をぷつりと断ち切った。


 葛城は長い黒髪に中に手を入れて首筋を触り、あおいは引き寄せられるように身を寄せて上目遣いになる。ほんの少し潤んだその瞳に魅せられ、ゆっくりと顔を近付けて唇を重ね合わせた。


 彼女は瞳を閉じてそれを受け入れ、鍛え上げられた体に腕を回す。本能を剥き出した二人はそのまま情事へとなだれ込み、同じベッドで夜を明かした。

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