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THIRD TIME PART Ⅱ

 終電までには上がりたかった。翌日は妻の誕生日だというのにと脳内で愚痴りながら、葛城司もまた時を同じくして最寄り駅に向けて歩いていた。


 ‎勤務先の病院からまずは妻に連絡を入れ、勤務が延びてホテル泊をしてから帰宅する旨を伝えた。ここ三日連続で院内泊が続いており、兎に角院内泊は避けたくて駅近くのホテルに先程予約を入れた。


 ここでのツインルームは痛いなぁ。不運にもこの日はシングルルームの空室が無く、仕方無しではあるが背に腹は代えられぬと一人だがツインルームを押さえることにした。


 ‎もう一度詩織の声が聞きたい。愛妻家を地で行く状態の葛城は、県内最大の大橋を渡る前に一旦立ち止まって妻のケータイに通話する。


『どうしたの?』


 深夜一時を過ぎているのに、妻は眠そうな感じもなく高めの声で話し掛けてくる。その声だけで癒やされる……彼は正直に声が聞きたかったと嬉しそうに言った。


『こんな声で良かったらいくらでも』


「君のその声が良いんだよ」


『ありがとう』


 照れくさそうに礼を言う彼女がたまらなく愛おしくなる。


「明日の約束反故になってごめん。この埋め合わせは必ずするから」


『その前にちゃんと休んで。誕生日だからって何かしなくちゃいけない訳じゃないんだから』


「そうなんだけど」


『あなたは人の命を預かる仕事をしているのよ。予定が狂うのは仕方がないし、私はあなたが健康でいてくれるのが一番幸せなの』


 そう言ってくれる妻を伴侶に迎えられた自分はつくづく幸せ者だ。子宝にこそ恵まれていないが、今はまだ二人だけの時間を過ごしたかった葛城はその事への焦りはさほどなかった。


「日が昇ってからになるけど、なるべく早く帰るから。こんな深夜に電話してごめん」


『謝らなくていいわよ、私もあなたの声を聞きたかったから。まずは食事と睡眠を摂ってね』


 お休みなさい。二人は名残惜しく思いながらも通話を切る。妻と話せたおかげで精神的に元気を貰い、上機嫌で橋を渡り始めると、反対側の中腹辺りで身を乗り出している人影に視線を奪われた。


 何見てるんだ? 葛城は人影を真似て河川を覗いてみるが、そこそこ明るく照らしている照明もそこまで光を届けておらず、ほぼ真っ暗で川の流れすらまともに見えない状態だ。


 ‎まさかとは思うが……ふと嫌な予感がして人影の動きを注視してしまう。中腹辺りまで来ると人影は成人女性と分かり、前のめる角度が徐々に鋭角になってきているようだった。


 声を掛けた方が良いかもしれない。車道を走る車が途切れたタイミングで走って横断をする間に、ズルっという音が聞こえそうな勢いで彼女の足が宙を浮き、履いていたサンダルがころんと歩道に転がった。

 

「留まってください!」


 葛城は車道を渡りきり、女性の体を抱き掴む。彼女の体にはほとんど力が入っておらず、人通りも無いので一人無我夢中で女性の体を歩道側へと引っ張り込む。最悪の事態は免れたが、表情は虚ろで焦点が合っていない様子だった。

 

「何なさるおつもりだったんです!」


 葛城の声が深夜の鎮まった空気の中昼以上に響き渡る。女性はその声に反応してゆっくり顔を向けると、瞳を潤ませて涙を零した。えっ? その顔には見憶えがあり、彼は驚きを隠し切れずじっと見入ってしまう。


桂木・・あおいさん、ですか?」


 そう訊ねると、彼女は葛城以上に驚愕の表情を見せて目を丸くする。正気を取り戻したかのように彼の顔を見つめ、憶えててくださったんですか……?と掠れた声で返答した。


「どうしてこんな所に?」


「息子の風邪薬を買いに……」


「こんな時間にですか?」


「えぇ、決まったお薬しか飲めなくて。何軒かのドラッグストアに行ったんですけど、どこにも売っていなくて……」


 あおいは自身の行動が急激に馬鹿馬鹿しくなってふと自嘲してしまう。


「この時間にドラッグストアは開いていないでしょう。交通機関も終電を過ぎていますし、お送りしますのでタクシーを拾いましょう」


「いえっ! お薬代しか持っていないんです。歩ける距離ですし、自宅に戻ったところで中に入れてもらえませんので」


「……」


 葛城にとっては釈然としない話ではあったが、家庭の数だけの事情がある以上そこにまで口を挟む事ができなかった。

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