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THIRD TIME PART Ⅰ

 それから更に約一年、桂木から朝比奈に姓を変えたあおいの状況は一向に良くなっていなかった。相変わらず育児にほとんど関わらせてもらえず、母乳も『穢れる』と突っ撥ねられた。


 日々生産される母乳を自身の手で棄てねばならぬ虚しさ……一体自分は何の為にこの家に嫁入りしたのだろう? と毎日のように苦悩を強いられ、時には足の悪い義母によるステッキでの折檻が待ち受けていた。


 朝比奈家は今や世界中に支社を構えるほどの大企業の経営者一族である。実際は夫の伯母が社長を努めているのだが、義父も今は海外支社の支社長、夫も三十五歳の若さで役員クラスに昇格している。


 ‎そんな家柄に孤児である自身が嫁入りするのだから、世間で言えば“玉の輿婚”とも言えるだろう。一見シンデレラストーリーに乗れた“幸運の持ち主”なのだろうが、実際はそうでもなく時折これで良かったのだろうか? という思いに苛まれる。


 ‎他の親類にはさほど嫌われていなかったのだが、義母からの風当たりがとにかく強く何度も心が折れそうになった。金目当ての結婚ではない事を証明するために遺産相続権の放棄にも署名した。


 育児も義母の希望に添えるよう自身の思いを封印してきた。家事も苦手だったが、少しでも役に立てるよう積極的に教えを乞いながら朝比奈家流のやり方も覚えていった。


 ‎たちの悪いことに、息子である夫や他の親類には見えないところで嫌がらせを仕掛けるという狡猾さも持ち合わせていた。夫に訴えても証拠が無いと退けられそうで、逃げ場も無く心身ともに疲れ果てていた。


 ‎そんな時に間もなく二歳を迎える息子拓海が風で熱を出した。いくつかの薬品にアレルギーがあるために服用できる薬が限られているのだが、こんな時に限って切らしてしまっていた。


「いつまで経っても使えないわね!」


 義母は当然の様にあおいを罵り、買ってくるまで帰ってくるなと追い出すように買い出しを命じる。時刻は午後八時と少し前、一番近所のドラッグストアには置いていない。


「車を使わせてください」


 今の時間なら車を使えばそのクスリを売っている薬局に間に合う、彼女の主張そのものは決して間違ってはいないのだが。


「いつからそんな口叩けるようになったの? 立場を弁えなさい! クズ女が!」


 義母は薬代のみが入った小銭入れだけを投げ付け、家に入れないよう玄関の隙間からステッキで突き出してから中から鍵をかけてしまった。


 ‎せめて交通費が出せればという期待も虚しく、一駅分の往復料金だけを使っても薬が買えない。朝比奈家には自転車が無く、途方に暮れはしたが仕方無くとぼとぼと歩き出した。


 ケータイすら持ち出せず、大倉を頼りたくても連絡が取れない……それでも思い付く頼れる人がもはや彼女しかおらず、その方向へ向けて歩く以外の選択肢しか思い浮かばない。通り掛かったドラッグストアには片っ端から入店したが、欠品だったり取り扱っていなかったりで結局購入出来なかった。


 もう無理……気付けば自宅から十キロメートルほど離れている県内最大の川に架かる大橋の手前まで来ていた。この橋を渡りきれば大倉の住む市に入る……それだけを頼みの綱に橋を渡っていたが、中腹あたりで立ち止まり、真っ暗な河川を何となく覗いてみた。


 このまま落ちたらどうなるのかな? ふとそんな考えが脳裏をよぎる。亡くなった両親の元へ逝けるだろうか? 写真でしか知らない彼らに思いを馳せ、吸い込まれるように身を乗り出していた。

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