FIFTH TIME
それから約一年後、元夫朝比奈誠志朗との離婚が成立して桂木姓に戻ったあおいは、かつて過ごした児童養護施設の職員として二人の子供と共に住み込みで働いている。
離婚についての話し合いの際、元姑の異常な行動を目の当たりにした朝比奈は全面的にあおいの肩を持った。当主である義祖父も、妻と子供を大切にしてこなかった元夫に対し慰謝料と養育費はきちんと支払えと命じた。
元姑は碧が不貞の子だと最後まで反発した。しかし当主は嫁を折檻する言い訳にはならないと突っ撥ね、子供に良くないものを見せてきた責任は重いと拓海の親権もあおいにあると宣言した。
協議離婚中は現役の保育士である大倉の助けを借り、故郷に戻ってからは孤児たちとの共同生活ながらも、シングルマザーとして子供二人を育てるのはそれなりに大変だった。
しかし自身をいびり続けてきた元姑も、愛というものを免責付にして支配してきた元夫のいない生活は彼女にとってこの上なく幸せなものだった。
もう結婚なんか面倒臭い。そう思いながらも、頭の片隅には人知れず不倫関係にあった葛城司の存在があった。彼とは連絡先すら交換しないままそれきり会っていない。今頃はきっと奥様と……と割り切ることにして、日々子供たちと向き合う生活を楽しんでいる。
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そんなある日、施設内にいる一人の女子児童が熱を出したので近所の病院に連れて行くことになった。自動車免許を取得しているあおいが引率の大人として同行し、小児科の待合室で順番を待つ。
「次の方どうぞ」
三十分ほど待って看護師に呼ばれ、児童を伴って診療室に入る。そこにはかつて愛した男性が医師として待機しており、思わず入り口の前で立ち止まってしまう。
「如何なさいましたか?」
彼は何事も無かったかのように初対面の相手として接してくる。
「何でもありません」
あおいもそれに合わせて平静を装い、児童の病状を淡々と説明した。この場ではあくまで医師と患者の引率者として言葉を交わし、診察は程なく終了してそのまま帰宅した。
翌日の午前中、児童たちが学校に行っている間に職員一同で館内の清掃をしている最中に男性客が施設の前で立ち止まった。門に設置されているインターフォンを押し、相手の応対を待っている。
『はい』
「すみません、総合病院小児科医の『カツラギツカサ』と申します。そちらに桂木あおいさんという方はいらっしゃいますか?」
『少々お待ちください』
インターフォンはそこで一旦途切れた。
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「あおいさん」
掃除の際外で乳幼児たちの遊び相手をしていたあおいに、同僚である女性職員が声を掛けた。彼女はこの日持ち回りで来客応対の担当をしており、うっすらとチャイム音は聞こえていた。
「はい」
「あなたにお客様よ。総合病院小児科の先生で『カツラギツカサ』さんって方なんだけど」
「えっ?」
その名前にあおいの身体は一瞬にして熱を帯びてくる。
「ひょっとしてお知り合い?」
「えぇ。昨日カナちゃんの診察をしてくださったのと、以前住んでた所で助けて頂いて以来何度か面識があるんです」
あおいは一刻も早く葛城に会いたくてそわそわとし始める。女性職員はそれを察したのか、門の外で待たせていると伝えて子供たちの面倒を引き受けた。
「すみません、ちょっと行ってきます」
あおいはそう言い残して門を目指して走り、辿り着いた勢いそのまま門戸を開ける。外で待っていた男性客は一瞬驚きの表情を見せていたが、目的の女性あることを認識するとあの日と変わらぬ優しい笑顔を見せた。
「ご無沙汰しています。昨日はまともな挨拶も出来ず失礼致しました」
「いえ、あの場で私情を挟む訳にもいきませんでしたので」
二人は再会を喜び合うも、人目を気にして敬語で話す。しかしそんな光景を気にしている者は誰もおらず、同時に自分たちだけの世界を作り上げていくうちにそれすらも気にならなくなっていた。
「ずっと会いたかった」
葛城はあおいの手をそっと握る。あおいもその手を握り返し、密着するかしないかのところまで距離を縮める。
「奥様とは?」
「一旦はやり直そうと思ったけど出来なかったよ。結局離婚して郷であるこの町で人生やり直す事にした」
「あなたもここの出身だったの?」
意外な事実にあおいは目を丸くする。葛城はうんと頷くと、空いている手で彼女の頬を触った。
「お互い知らない事が多過ぎるな。今日からそれを共有したくてここに来たんだ」
「共有?」
「うん、どんなに些細な事でもいいから君のことが知りたい。まずは連絡先だな」
「あっ……ふふふ」
お互いにそれすらも知らない事を思い出してつい吹き出してしまう。二人は持っていたケータイを取り出し、その場で連絡先を交換した。




