FOURTH TIME PART Ⅱ
「えっ?」
せっかくこうして会えているのに、と葛城は表情を変える。
「あなたにどうこうしてほしい訳じゃないの。ただ、本当はどうしたいのか? 私にとっての幸せは何なのか? 結婚しているから、子供がいるから流されるまま夫に付いて行って後悔しないか私なりに真剣に考えたいの」
あおいは不倫相手の顔をまっすぐ見つめている。
「家で悶々としていても埒が明かなくてね。舅と入れ替わる形だから姑とは離れられるけど、知り合いも居ない、言葉も通じない海外で生活なんて出来る気なんてしなくて。不安しかない未来を憂いていたらあなたの事を思い出したの。たった一晩だけの関係だったけど、あの橋に行けば会えそうな気がしたからお財布だけ持って待っていたの」
うん。彼は向き合っているあおいの髪を撫でながら相槌を打つ。
「今日会えなかったらもう諦めようって」
「今こうして一緒にいるじゃないか。ただ軽々しく『行かないでくれ』とは言えない」
すがるような葛城の言葉に、あおいは穏やかで優しい笑顔を返す。
「奥様と別れてほしいなんて思ってないの、これで最後になったとしても、私は今の幸せを生涯忘れることは無いわ」
「君が遠くへ行ってしまうなら妻とは……」
衝動的に出たその言葉に、彼女は首を振ってみせる。
「まだもう少し時間はあるから」
あおいは逞しい体に腕を回し、夫とは違う男の香りに安心感を覚えて身を委ねる。葛城はそんな彼女の耳元に顔を近付けて唇を押し当てた。
「朝まで一緒にいよう」
囁くような低音ボイスにあおいの身体はぴくりと反応し、嬉しそうに体を密着させた。それに応えるかのように、白く柔らかい体を痣を残すようにぐっと抱き締めた。
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葛城との逢瀬の後、あおいは帰宅したその場で夫との離婚を決意した。
「あなたに付いて行くことは出来ません」
それを聞いた夫は絶句し、姑はなら一人で出て行けとなじった。
「いえ、碧だけは連れて行きます」
彼女は乳飲み子である長女を抱え反旗を翻す。長男は今後この家の跡取りになるので仕方がない、不本意ではあるが離婚の合意を取り付けるには妥協として目を瞑る覚悟を決めていた。
「何を言っているの? きょうだいを引き離すだなんて」
こんな時だけ常識人を気取る姑にあおいは本気で辟易とする。これまでどれだけ非情な仕打ちをしてきたか忘れたのか?
「子供一人くらい良いじゃないですか、拓海は置いていくんですから朝比奈家は何も失わないでしょう?」
「子供はこの家の宝なのよ」
「それは私の台詞です、産んだ張本人なのですから。それに碧は私だけの子、朝比奈家の血は入っておりません」
「何処までも汚い女!」
姑は本性を剥き出して目を吊り上げ、脇に置いているステッキを掴んであおいに向け振り上げる。生まれてこのかた母の粗暴な姿を見たことの無かった夫は仰天し、異常な光景に目を見開いていた。
あおいは碧を守るためさっと立ち上がって後ろに下がる。いつまでもむざむざと殴られ続けると思うな、自分の気持ちに正直な決断をしただけで気力が漲るのを感じていた。
普段と違う動きを見せる嫁に姑が逆上する。意味不明の叫び声を上げながら、ステッキを振り回してじりじりと距離を詰める。あおいは入り口の襖に手をかけて逃げの体制をとると、ようやっと正気を取り戻した夫が姑の動きを封じた。
その隙を突いたあおいは、簡単に荷物をまとめて朝比奈家を出る。その際長男の拓海もママと一緒にいたい、と彼女について来た。それ以来朝比奈家の敷居を跨ぐ事なく大倉の家に駆け込み、全ての問題を片付けた後故郷に帰ることにした。




