FIRST TIME
とある結婚式会場のフィッティングルームにて、一人の女性が体調不良を訴えたとその場は一時騒然となる。数名のスタッフが血相を変えて右往左往し、救急車は呼んだのか?医師はいないのか?などといった叫び声にも近い会話が聞こえてくる。
「何かあったんでしょうか?」
別室で式場見学をしている長身の美男美女カップルの女性が周囲の喧騒を気にかけている。
「お騒がせして申し訳ございません、フィッティングルームにいらしている女性の方が体調不良を訴えられているようでして」
「そうですか、容態は分かりますか?」
男性の方もその様子を気にして、騒ぎの方向に顔を向けている。
「いえそこまでは……お客様っ!」
彼はスタッフ女性の言葉もろくに聞かず立ち上がると、少し席を外しますとだけ言ってさっさと室外へと出ていってしまう。
「完全に職業病なんです」
「えっ?」
「彼、現役の医師ですので」
女性はその後ろ姿に肩を竦めながらも、微笑みを絶やさず既に見えなくなった婚約者の背中を見つめていた。
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このところ体調が良いとは言えなかった。
つい先日交際している男性にプロポーズされ、彼の両親に挨拶に行った。彼の実父には一応認めてもらえたが、実母には気に入られていないようで目も合わせてもらえなかった。そのせいで幸せ気分に浸りきれず、一抹の不安を抱えている状態だ。
そんな中予約を入れていたウェディングドレスのフィッティングに来たはいいが、二着ほど試着しただけで下腹部に痛みが走る。トイレという感じではなかったのでどうにか我慢していたのだが、段々と酷くなる一方で冷や汗が流れ、遂には立っていられなくなる。
「如何なさいました?」
担当していた女性スタッフに助けられ、長椅子で横になっていたところに見知らぬ男性の声が耳に入ってくる。低音で素敵な声だな……と思いながらも顔を見ようという余裕はない。
「お騒がせして申し訳ございません。体調不良で倒れられた方が……」
「あの、私医師ですので多少のお力にはなれると思います」
彼の一言で周囲の空気が一気に変わる。こちらですと案内されて長椅子の側まで来たのは、チャコールグレーのスーツを着た長身の男性だった。
「大丈夫ですか? 話すのは厳しいですか」
彼はその場にしゃがみ込んで患者の顔を覗き込む。彼女は苦しそうに顔を顰めながらも、頷くことで何とか声掛けに反応してみせている。
「体を触らせていただきますね」
男性は患者が手で押さえている腹部を中心に触診を開始する。
「痛みがあれば仰ってください、声が出せなければどんな反応でも構いませんよ」
そう言いながら腹部を押さえている指が少しずつ下がっていく。それまではさほど感じなかった痛みがある一点で急激な痛みに襲われ、呻き声を上げて拒絶反応が出てしまう。
「二、三質問致しますが、宜しいですか?」
医師は落ち着いた口調で手を離すが、女性はすがるようにその手を掴んでしまっていた。かなり強く握り締められているのにも関わらず、そういった状況にも慣れているのか表情を全く変えないまま宥めるように手を擦る。
「このところ風邪のような症状が出ていたのではないですか?」
彼女は呼吸を乱しながらもこくんと頷く。医師は患者の手首に指を当て、少し熱があるようです、と言った。
「七度七分といったところでしょうか、風邪薬の服用は?」
今度は耳の下付近の触診を始める。彼の手の温もりに不覚にもドキドキしてしまっている女性の体は、熱とは別の意味で火照り始めてきた。
「ここ二〜三日、市販の物を……」
「今お手元にありますか?」
「化粧ポーチの中に……」
「救急車が到着しました!」
その声に遮られた事で問診は終わる。スタッフの案内の元救急救命士が二人入ってきて、手際良く患者を担架に乗せる。
「あなたもご同乗願えますか?」
救急救命士は場所柄の判断で医師を女性の婚約者だと思ったようだ。
「連れを待たせていますのでその旨を伝えてきます」
踵を返した彼の前に行ってあげて、と声が掛かる。こうなる事を予測してなのか、婚約者が元居た部屋から出てきていた。
「ごめん、こんな事になって」
「こっちは大丈夫よ。決めてしまってよければ私が手続きしておくから」
うん。医師は彼女の頼もしさに安堵して救急車に乗り込む。
これが葛城司と桂木あおいとの出逢いだった。




