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冬の楽園  作者: 森崎緩
後輩視点
3/24

春の本懐

 春が、新年度がやってきた。

 俺は晴れて二年生に進級し、写真部員としても気分新たに活動している。

 そして春と言えば桜の季節だ。ちょうど校庭の桜も満開の頃を迎えていて、散る前にカメラに収めなくちゃと今日は早めに登校してきた。


 校庭に立ち、ピンクのわたあめみたいな桜に向かってシャッターを切っていると、やがて真新しい制服の生徒たちが続々と登校してきた。

 この間まで中学生でしたって顔をしてる新一年生たちだ。

 緊張気味に校門をくぐる後輩たちを見て、俺もしみじみ懐かしさを噛み締めていた。

 去年の今頃は俺だってこんな感じだったよな。


 高校に入学したての頃、俺は何の部活に入るかでめちゃくちゃ悩んでいた。

 この選択次第で高校生活がバラ色にも灰色にもなりかねない。かといって特別やりたいことがあるわけでもなく、運動部もいいけど疲れそうだしな、楽譜読めない奴は音楽無理かな、なんて調子であちこち見学してた。

 それで見学しまくって、悩みに悩んだ挙句――俺が決めたのは、早坂先輩のいる写真部だった。

 手っ取り早く言うと、他の部のどんな魅力よりも先輩の魅力が勝ってましたってことだ。


 一目惚れってやつだった。

 部活見学に行って、あどけない笑顔で挨拶してもらった瞬間にずきっときた。

『こんにちは。見学に来たの? ゆっくりしてね、サービスするから!』

 当時、早坂先輩はまだ写真部の部長ではなかった。でも他の先輩がたが忙しいとかで、新入生の勧誘をほとんど一手に引き受けていたらしい。それでも押しつけられたなんて早坂先輩は絶対に言わない。

 そこへ見学の俺が現れたものだから、先輩は嬉しくてたまらなかったらしい。すかさず捕まえられて部室に連れ込まれて、写真部についての熱心なセールスを受けて――活動内容はともかく、早坂先輩の一生懸命な話し方が可愛かったのもあって、気づけば俺も聴き入っていた。

 それでまんまと釣り上げられてしまったわけだ。


 デジカメの画面を覗くと、撮りたての桜の画像が映っている。

 でも光源を気にせず撮ったせいか、空の青さとは対照的な、影を背負った暗い桜になっていた。

「これは部には提出できないな……」

 微妙な出来映えに思わず溜息をついた時だ。

「――おはよう、清田くん!」

 背中がぽんと叩かれ、どきっとしつつ振り返る。

 俺を真っ直ぐ見上げている、あどけない笑顔の早坂先輩が背後にいた。

「こんな時間から朝練? 偉いね」

 先輩は感心した様子で小首を傾げる。

 毛先が緩くカールした髪が、朝日を浴びてきらきら輝いていた。眩しい。

「お、おはようございます、先輩」

 ぎくしゃく答えた俺には気づかず、先輩はぐっと距離を詰めてくる。

「桜の写真を撮るんだったよね。見てもいい?」

 長い髪がふわっと宙に浮き、びっくりするほどいい香りが俺の鼻をかすめた。

 思わず硬直した俺をよそに、早坂先輩がデジカメの画面を覗く。

「逆光で撮ったの? ちょっと暗めかな……」

「は、はい。失敗したと思って、撮り直すところで」

「なら今度は、太陽を背にして撮ってみて。青空と一緒に、きれいな桜が撮れますよ」


 早坂先輩のご指導の下、俺は言われた通りにもう一度、校庭の桜を撮った。

 すると効果はてきめん、快晴の青空に映える満開の桜が、きれいにカメラに収まった。まるで絵の具みたいにくっきりとした青とピンクのコントラスト。絵はがきにできそうな写り具合だった。


「わあ、とてもいい写真になりました!」

 早坂先輩が自分のことみたいに喜んでくれる。

「先輩のご指導のお蔭です」

 俺も一緒に喜びつつ、先輩のその笑顔にどきどきしている。

 一目惚れをした去年から、これだけは何にも変わらず早坂先輩に惹かれ続けている。お蔭でカメラなんて詳しくないくせに写真部も続けてる。サボりもせず、表向きは至って真面目に。

「撮影、もう終わる? 私も一緒に撮っていいかな」

 そう言って取り出された先輩のカメラは一眼レフだ。俺が答えるより早く、隣に並んでカメラを構える。肩がぶつからないすれすれの距離に、心臓がうるさい。

「ぜ、是非。先輩の写真も見たいですし」

 自然なそぶりで頷いた時、春らしい風が吹いて、桜の花びらが吹雪のように青空へ舞い上がった。


 散り際を迎えた桜も、早坂先輩と並んで見れば一層きれいだった。

 校庭をぐるりと囲むよ桜並木が、競い合うように花びらを振りまいている。春風に吹かれたひとひらが、先輩の長い髪をかすめるようにゆっくりと落ちていく。

「遅かったかな、もう散り際だったんだね」

 カメラを下ろした先輩が、名残惜しそうに呟いた。 

「あっと言う間っすよね。こないだ咲いたと思ったら、もう散っちゃうなんて」

「本当。寒くて嫌だなって思ってたのに、気づいたら春になってる。今は寒いのが恋しいくらい」

 先輩はいたずらっぽい顔で微笑んだ。

 寒がりな先輩が寒さを恋しがるとは一大事だ。ああ、でもこたつは大好きだったから、冬の方が好きなのかもしれないな。

 俺がそんなことを思っていると、早坂先輩が不意に首を竦めた。

「でも、そうも言ってられないね。新一年生も入学してきたし……来週は新入生歓迎会だよ。覚えてた?」

「え? あ、忘れてました」

 言われて俺は思い出す。 


 新入生歓迎会とは、その名の通り新一年生を歓迎する集会だ。

 去年体験した身から言わせて貰うと、普通の全校集会とあまり変わらず、そんなに面白いものでもない。校長先生や生活指導の話は長いし、体育館の床の上にじっと座っているのも疲れる。

 そんな中で一番、と言うよりもむしろ唯一の見どころとなっているのが部活動紹介の時間だ。

 歓迎会の席で、各部活動の代表が活動内容を披露する。そうして新入部員を勧誘するわけだ。簡単なスピーチで済ませる部もあれば、実技実演で派手にぶちかます部もある。

 とは言え写真部に実技披露も何もあったものじゃないし、部長の早坂先輩がスピーチをするだけと既に決まっていた。


「清田くん、忘れてたの? 酷いです」

 先輩は言って、少し恨めしそうに俺を見た。

「私はどんなスピーチをしようか、原稿書きに頭を悩ませてるところなのに」

「すみません」

 すかさず俺は詫びた。

 そうか、先輩でも悩むことがあるのか。そういうとこは不思議と器用にやってのける先輩だから、部活紹介のスピーチも簡単にこなせちゃうんじゃないかって思ってたけど。

「原稿できてないんすか」

「そうなの、上手くまとまらなくって」

 困った顔の先輩が溜息をつく。

「運動部とか、吹奏楽とかは発表しやすいんだろうけどね。うちみたいに個々の活動がメインの部だと言葉で説明するしかないでしょう。そこが難しくって」

「ですよね……。活動自体は地味でも、すごく楽しいんすけどね」


 写真の魅力は、見たものを記憶よりもはっきりと残しておけるところだ。

 それとデジカメの性能のお蔭で、俺みたいなずぶの素人でも出来のいい写真が撮れたりする。さっきみたいな失敗もあるけど、そこはいい先輩のご指導で挽回もできる。

 あと、早坂先輩がいる――これはまあ、うちの写真部に限った魅力だけど。


「楽しいって思ってくれてるんだ……」

 早坂先輩が呟いて、それから微笑みかけてくる。

「そうだ、清田くん。よかったら手伝って欲しいの」

「構いませんよ、何ですか?」

「原稿のチェックとか、文章の直しとか、見て貰えたらなあって」

「それ、俺なんかで大丈夫ですか」

 実は、作文はあんまり得意じゃないんだよな。

 手伝うことに異存はないけど、先輩の力になれるだろうか。

「大丈夫です」

 でも早坂先輩は、勇気づけるように言ってくれる。

「私が読み上げるのを聞いてくれるだけでいいから。で、おかしいなと思うところがあったら教えてくれるだけでいいの」

 そんなものでいいなら、どうにか力になれそうだ。

「それくらいなら手伝えます」

「本当? ありがとう、すっごく助かっちゃう」

 肩を揺らして笑う先輩は本当に嬉しそうだった。

 今まで何も言わなかったけど、実は結構悩んでたのかな。原稿書き、大変だったんじゃないだろうか。


 いつも明るくて朗らかな先輩は、愚痴や悩み事を人に言ったりするタイプじゃない。

 去年の新入部員勧誘の時もそうだった。一人ぼっちで部室にいて、俺の勧誘に必死になってて、しれでも愚痴っぽいことは絶対に口にしなかった。

 今は部長もやっているし、頼りになる先輩だけど、俺の知らないところで本当は苦労があったりするんじゃないだろうか。こうやって後輩に頼れる案件ばかりじゃないだろうし、結構大変な思いをしてたのかもしれない。

 駄目だな、俺。そういうのもちゃんと察しておけないと。

 早坂先輩のことを見てるっつったって、全然見えてないんじゃしょうがない。

 もっと先輩の様子に気を配ろう。先輩が大変そうな時には声を掛けて、手を貸せるようになろう。去年の、一年坊主だった頃の俺とは違うんだってところを先輩に見せて、もっと頼りにして貰おう。


 決意した俺は、俄然張り切る気になった。

「任せてください、何でもやります!」

 そう宣言すれば早坂先輩も、ほっと胸を撫で下ろす。

「よかった……。じゃあ、あの、早速なんですけど」

 それから少し言いにくそうに、もじもじと続けた。

「今日、清田くんの部屋にお邪魔してもいい?」

「え? 俺ん家でやるんですか、原稿」

「できればそうしたいんだけど、無理にとは言いません」

 別に無理じゃない。

 先輩が遊びに来てくれるのは大歓迎だし、実際、冬の間は何度か来てもらったこともある。その度にこたつにしがみつく先輩と、『何もない』けど幸せな時間を過ごしていた。

「今日は午前授業でしょう。部室が使えないから、どこか場所を探さないといけないと思って」

「あ、そういうことっすか」

 もしかして、その為に俺に声を掛けたのか。

 ってことは別に頼ってくれたってわけでもないのか。これはますます頑張って、認めて貰えるようにならないと駄目だな。

「もちろん、いいっすよ」

 俺は答えてから、今朝出てきたばかりの部屋の状況を顧みる。

 そんなに散らかってなかったから、先輩を外に待たせて、五分くらいできれいにできるだろう。あと、何か変わったことはなかっただろうか。

「あ」

 一つ、思い当たって慌てて告げた。

「先輩、こたつ片づけちゃいましたけど」

「え?」

 早口で言った俺に、早坂先輩は怪訝そうな瞬きをする。

「俺の部屋、もうこたつを片づけちゃったんすけど、それでもいいですか」

「こたつ? え、別にいいですよ」

 平然と答えられたからびっくりした。

 先輩の大好きなこたつを片づけちゃったというのに!

「けど先輩、冬の間はこたつ目当てでうちに来てたんじゃ……」

 俺はそう思っていた。

 早坂先輩のお目当てはまずこたつ。だから今日も、こたつに入りつつ原稿を作りかったのかな、と思った。先輩が必要とあらば、時間はかかるけどもう一度出してもいいかなとも思っている。

「こたつ目当て?」

 早坂先輩が、そこで眉を顰めた。

 桜の花びらが降りしきる校庭からは、校舎へと向かって行く大勢の生徒たちが見える。その流れに逆らうみたいに、俺たちは揃って突っ立っている。

 早坂先輩はカメラを手にしたまま、どこか不満そうな顔で俺を見ている。


 ちょっとの間、妙に重い沈黙があった。

 何か変なことを言っただろうか。訳もわからず気まずく思う俺に、先輩は尖らせた唇をやがて解いて、尋ねてきた。

「私がこたつ目当てだと、君はそう思ってたの?」

「ええ、まあ、思ってました」

 すかさず俺は、正直に答える。そう理解してました。

「君のお部屋にたびたびお邪魔しているのも、こたつに入りたいが為だと思ってた?」

「はい。違ったんすか?」

 だって先輩、こたつ大好きだもんな。こたつに入ってる時の幸せそうな顔ったらなかった。今日はそれが見られないとなるとちょっと惜しいし、先輩にも悪いなと思う。


 だけど当の先輩はどう思っているのか、しばらく黙って俺を見上げていた。

 少ししてから、急にカメラを俺に向け、ぱちりとシャッターを切った。

「わっ、何すか先輩」

 俺はぎょっとした。

 フラッシュを焚かれたというわけじゃないけど、いきなり撮られるのはさすがに驚く。結構な間抜け面をしてたようにも思うから尚更だ。

 一方の早坂先輩は、カメラを下ろしてもなお唇を尖らせている。

「私、こたつだけが好きなわけじゃないです」

 それからカメラの画面を覗き、そこに映っているであろう俺の顔を見て、ほんの少しだけ口元をほころばせる。

「いい写真が撮れました」

「いや、今の絶対間抜けに撮れてますって。リテイクお願いします!」

「だめです」

 俺の要請にもきっぱりと首を横に振り、先輩は厳かに言い放つ。

「清田くん。今日は歓迎会の原稿を仕上げる為に、君のお部屋にお邪魔します」

 慌てて俺も姿勢を正した。

「は、はい。じゃあ、こたつは」

「なくても平気です。お茶菓子を買っていくので、お茶を入れてください」

「了解っす。温めのやつっすね」

 俺が返答すると、先輩はそうですと頷いた。

 それから細い肩がすとんと落ちて、残念そうに言い添える。

「私、本当にこたつだけが好きなわけじゃないんですよ」

 カメラの画面を見つめつつ、ぽつりと。

「でも、安穏とした空気の心地よさに甘えていた自分がいたのも確かです」

「え……何の話っすか?」

 急に難しげな話になった。

 どういうことかと首を傾げる俺を、早坂先輩が睨むように見る。

「ですので本日からは、機会があれば積極的に狙っていこうと思います!」

「狙う!? な、何をです?」

「それはもう虎視眈々と、伏竜のごとくです!」

 先輩は何を言っているんだ。

 ぽかんとする俺をよそに、くるりと踵を返した先輩が校庭を離れていく。

 そして数歩も行かないうちに振り向いて、もう一度こちらを睨んだ。

「桜も散り始めました……この一年が勝負です」

「勝負って……」

 何かめちゃくちゃ物騒なこと言ってった気がするけど、部活の話、だよな。

 狙うっていうのは、新入部員勧誘のことかな。部長として、写真部の安穏とした空気に甘えることなく頑張るって意味だろうか。こたつ以外の好きなものって言ったら、やっぱり写真だろうし。

 うん、多分そうだろう。

 釈然としないながらも、俺は先輩の発言をどうにか呑み込んだ。


 するとその時、去っていく先輩のきれいな髪から、桜の花びらが一枚落ちるのが見えた。

 地面に散らばった他の花びらに埋もれて、すぐにわからなくなったけど――もったいないな、もっと早く気づいておけばよかったと、不意に強く思った。

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