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冬の楽園  作者: 森崎緩
先輩視点
14/24

最初の春の逢着

 私はよくマイペースな人間だと言われます。

 それはどちらかというといい意味ではなく、人と歩幅が合わない、のんびり屋さんだという指摘のようです。


 現に私は同年代の他の子と比べるといささかのんびりと言いますか、ぼんやりと言いましょうか、とにかく機敏でも鋭敏でもない自覚はあります。

 いつも一つのことに集中するのがやっとで、それが片づかないうちはなかなか頭を切り替えられません。ですからマイペースと言われてしまうのも仕方のないことです。

 でも、マイペースという言葉は額面通りなら『私のペース』という意味合いのはずですから、マイペースな人間とは、外界からそう簡単に影響されることなく自分のペースを保ち続けられる人、という意味合いにもならないでしょうか。

 私は他の子よりものんびりしているかもしれませんが、そののんびり具合を保つことにかけてはちょっと自信があります。誰かに急かされても滅多に慌てはしませんし、いつもできるだけぎりぎりまでのんびりしていたいと願い、その意志に基づき行動しています。

 幸いにも今日まではのんびり具合の維持に成功していて、高校生活一年目は至って平和に、穏やかに終えることができました。


 そうして私は無事二年に進級し、ぴかぴかで眩しい後輩たちが入学してきたこの春、とある目標を立てました。

 それは所属する写真部にて、新入部員を獲得するということです。

 父から古いデジカメを譲り受けたのが、私がカメラを始めたきっかけでした。小さな頃からのんびりしていた私にとって、瞬間を形にしていつでも見返すことができる写真は、まさに思い出そのものでした。自分では追いきれないこと、覚えきれないことも、写真は全部残しておいてくれます。

 それで入部した我が校の写真部は、運動系部活動とは趣が違い、地味ではありますが競争する必要もない緩い活動ぶりです。そののんびりした空気に居心地の良さを覚え、特に苦もなく今日まで続けてきました。

 しかしながら緩い活動ぶりは欠点でもあり、部の先輩がたはさほど熱心ではありませんでした。文化祭やクリスマス会などの各種イベントでしかお会いしていない先輩もいるほどで、部室に行くと空っぽで私は一人ぼっち、ということが去年は何度となくありました。広くはない部室も一人で過ごすとなるとがらんとしていて、いささか寂しいのです。

 私なりに部活動に熱中してきたつもりでしたが、どうも私のペースは部内のどなたとも合わないようで、やる気を出しているのが私だけという現実に、複雑な気分になります。

 それならばいっそ、純粋に部員数を増やせばいいと思いつきました。

 新入部員を獲得してより多くの人が部室に通うようになれば、あの広くはない部室にも常に誰かしらいてくれるでしょうし、そうすると私のペースについてきてくれる人がいなくても、私が寂しい思いをすることはなくなります。


 そんなわけで一年生のクラブ見学が始まるこの時期、私は放課後の部室の前に張り込んで、誰か脈のありそうな子はいないものかと日々目を光らせていました。

 気分はさながらアリを待つアリジゴクです。先輩がたは私に『勧誘を任せる』と言ったきり、例によってお休みだったり音沙汰がなかったりしていまして、アリジゴクはいつも私一匹だけです。


 数日張り込んでいた私の前に、ある日チャンスがめぐってきました。

 廊下の向こうからこちらへと、ぷらぷら歩いてくる男子生徒がいたのです。

 遠目にもわかる真新しい制服はどう見ても一年生です。一人で歩く彼はチラシのような紙束を覗き込んでおり、どうやらほうぼうで勧誘を受けてきた後、文化系部室の並ぶこちらにも足を踏み入れたというところでしょうか。

 ここにもアリジゴクが待ち受けているとも知らずに――。

 もっとも写真部にはとりあえず配っておくチラシもありませんし、私は空手で、しかも一人で勧誘に挑まなくてはなりません。よその部と比べると何とも半端なアリジゴクっぷりです。


 ともあれ私はそのアリさん、もとい一年生くんに声をかけました。

「こんにちは」

「え? あ、……こんにちは」

 開けっ放しの戸口に立つ私を、彼は言葉をかけられて初めて認識したようでした。

 ぼんやりさ加減では私とどっこいどっこいなのでしょうか。放っておいたらきっとそのままスルーされていたことでしょう。

 部室前の廊下で足を止め、彼はおずおずと口を開きます。

「えっと、ここも何かの部活ですか?」

 一年後輩とはいえ男子だからか、彼は私よりもずっと背の高い人でした。私の頭越しに目をやって、部室の中をまず確かめたようです。

 当然、そこが無人のがらんどうであることもわかったようですが、でも『何かの部活』には違いないですし、部員はここにちゃんといます。問題ありません。

「うん。君は見学に来たの?」

 私は、かつて街中で捕まったことのあるキャッチセールスの話法を思い出しながら応じました。

 すると一年生くんはどうやら興味を覚えてくれたようで、じっと私の顔を見つめます。


 男子らしい鼻筋の通った彼の顔立ちからは、素直そうな、いい人そうな雰囲気が全体的に窺えました。険がないとでもいうのでしょうか。

 この人なら私の話を聞いてくれるかもしれない。

 第一印象でそう思いました。


「あ、そう、ですけど。ここも何かやってるんですか?」

 私に視線を留めながら、彼はたどたどしく聞き返してきます。

 随分まじまじと顔を見てくる人です。

 ですが私は彼の視線を失礼だとは思わず、むしろ私が信用に値する人間かどうかを判断してくれているのだと思いました。ですからなるべくいい顔をしておかなければと気を引き締めたくなります。まして今は大事な勧誘の導入部なのですから。

「そうなの。写真部はただいま絶賛勧誘中です」

 逃すまいと私は一歩近づき、彼が逃げないのを見てもう一歩、じりじりっと踏み込みます。

「時間あるなら、よかったらうちも見学していってくれない?」

 一年生くんは距離を詰められても逃げ出そうとするそぶりはなく、若干ぼんやりはしているようですが話くらいなら快く聞いてくれそうな様子です。

 ただ私の背後、部室を覗く目だけはどことなく不安げでした。

「いいですけど、他の部員さんは……? ここ、ちゃんと活動してるんすか?」

「もちろん。今日はたまたま部員が私一人なだけです」

 その『たまたま』が多いのがうちの部なのですが。

 さておき写真部は地味すぎて、実演しても盛り上がりそうにないのがまた困りものです。

 私は寂しい部室から彼の注意を逸らすべく、更に詰め寄ります。

「とりあえず中に入って、私の話だけでも聞いて欲しいなあなんて。だめですか?」

「ええと、だめではないですけど……」

 一年生くんの視線が再び私へ戻り、またしてもじっと見つめられます。

 まるで視力検査のように真剣に見入ってくるので、何だかくすぐったくなります。

 でもくすぐったかったのは彼も同じだったようで、しばらくしてから弾かれたように目を逸らしてしまいました。その後、あさっての方角を見ながら彼は頷きます。

「じゃ、じゃあ、お邪魔します」

 アリさんゲットです。

 私はすかさず彼の後ろに回り込んでその背を押しました。

「ゆっくりしてね、サービスするから!」

「さ、サービスって何ですか!?」

 部室に押し込まれた彼はぎょっとしているようです。

 一体どんなサービスを想像したのでしょう、後学の為に聞いてみたいところです。


 こちらもサービスとは言ったものの、何をすれば新入部員ゲットとなるのか、決め手がいまいち掴めません。

 もちろん部の活動内容に興味を持ってもらえるのが一番いいのでしょうが、私一人で地味なカメラの実演をするだけで盛り上がるでしょうか。いささか不安です。


 私はひとまず彼に椅子を勧めました。

 そして、落ち着かない態度の彼が座るのを見守った後から切り出してみました。

「とりあえず、飲み物でもどう?」

「いえ、お構いなく」

 一年生くんは礼儀正しく断ってきましたが、それではサービスにならないので困ります。

「そう言わずに、何がいいか言ってよ。買ってくるから」

「え、今からですか!?」

「今からです。よく冷えたのを校内風紀を乱さない程度の小走りで買ってきます」

「いやマジでお気遣いなく! 先輩パシらせるみたいで悪いですし」

 彼は強硬に拒んできますが、そちらの方こそ気を遣ってくれているのはわかるので、私は少し悩みます。


 先に飲み物を用意しておくべきでしたでしょうか。

 でも、今日見学者が来るとは限りませんでしたし――現役部員すら、皆さん来るかどうかわからない人たちばかりですし。


 そこで私は胸を張り、主張しました。

「これはパシリなどではなく、新入生勧誘活動の一環です。むしろ私が二年生という絶対的権力を笠に着ているところです」

「はあ……」

「先輩が奢ってあげようと言っているんですよ。ご都合よろしければ是非奢られましょう」

 私はここぞとばかりにこの春得たばかりの権力を振りかざしてみます。

 先輩っていい響きです。口にする度ににテンションが上がってしまいます。

 そして権力というものはこんな小さな高校においても効果覿面だったようで、一年生くんはたちまち迷いを見せます。

「お気持ちはすごく嬉しいんですけど」

「そうですか。よかった」

「や、でも、別にそこまでしていただかなくてもいいっていうか、俺はまず先輩とお話ししてたいっていうか……」

 そこまで話してから一年生くんは妙に慌て始めました。

「あ、変な意味じゃないっすよ! 部活についてお話が聞きたいっていうだけです!」

 なぜか弁解していたようですが、私はその『変な意味』がどういう意味か把握できませんでした。私の話というのは、まさに部活動の話になるんじゃないかと思うのですが。

 とは言え、興味を持ってくれたなら何よりです。

「写真部、どうかな? 入ってみたくなった?」

「そ、そうっすね。気になってはいますけど」

 そこでやや言いにくそうに、一年生くんは続けます。

「でも俺、カメラ持ってませんし。ってか写真部って写真撮るだけなんですか? 活動内容についてまず教えてもらえたらなと……」

 なかなかに的確なご指摘。

 そうでした。まずその肝心な点について説明をすべきでした。

 私はやはりどうにも、よくない意味でマイペースなようです。

「言ってなかったね」

 ようやく気づいた私が恥ずかしさに首を竦めたら、彼は軽く笑ってくれました。

「そうっすね。いつ言うんだろうって思ってました」

「ごめん……何かこう、うっかりしちゃった」

「うっかりですか。俺もよくありますよ」

 フォローするみたいに優しく笑った彼を、私はその時、いい人だなあと思いました。


 いい人、というのもマイペースという言葉と同じで、世間ではあまりいい意味で使われなかったりするそうです。

 でも私はそれをマイペースと同じように額面通りの意味で使いたいですし、今、部室に来てくれた一年生くんに対してはそのとおりに例えたいと強く思いました。なぜでしょうか。


 ――嬉しかったから、かもしれません。

 こんなぐだぐだで飲み物一つ用意していない勧誘に付き合ってくれて、何部かも説明しないうちから私の話を聞いてくれる気でいた彼の気持ちが。

 肝心なことをうっかり言い忘れていた私を呆れもせずフォローしてくれた、彼の優しさが。


「じゃあ、飲み物を買ってきますから、その後でお話しします」

 尚も言い張る私に、一年生くんは更に笑います。

「それはお気持ちだけでいいですって」

 こうして見るとしみじみ、明るい笑顔が素敵な人です。おまけに優しくて、私のマイペースぶりにも呆れてすらいないようです。

「そういうわけにはいきません。サービスするって言いましたし」

「ぶっちゃけ、もう十分サービスされてます、先輩」

 彼はそう言ってくれましたが、その点についてはいささか疑問があります。

 私はまだ何もしていないので、もっと何かしたいのです。話を聞いてくれる彼の為に。


 ですが彼の疑問にもなるべく迅速に答えなくてはなりません。

 いかに彼が優しい人であろうと、正体不明の部活動に関わりたいとは思わないはずですから。

 何よりも、私もこの人ともっと話してみたくなりました。さっきからずっと、自分でもほとほと愛想が尽きるほどマイペースな勧誘を続ける私を、乗りかかった船とばかりに見捨てず打ち捨てず辛抱強く付き合ってくれる彼は、初めて会った人だというのに不思議と心地いい存在でした。

 きっと器の広い人なのだろうなと思います。将来は大物かもしれません。


「じゃあ、一緒に買いに行く?」

 だから私は思いきって、そんな風に持ちかけました。

「え!? ふ、二人でですか?」

 彼はびっくりしたようです。ちょっと可愛いです。

「そうです。自販機までの道すがら、我が部について説明します。そして買ってきたら、部室で一緒にジュースを飲みましょう。それなら君の疑問も解消する時間もできますし、君にとって先輩をパシらせるような罪悪感も持たずに済みます。まさに一石二鳥です」

「一石二鳥……かなあ……?」

 まるでことわざの意味を確認するように彼は首を傾げます。でも少し考えたら納得もしたようで、恥ずかしげに続けます。

「けど先輩、確かにサービスは上手いっすね」

 誉められちゃいました。

 私も嬉しいのを隠そうとしたらじわじわ恥ずかしくなって、俯きながら言い返します。

「そ、そうでしょう。何せ私は――先輩ですから!」


 こうして私は彼に、我が部の地味かつ緩い活動内容を説明する機会をいただきました。

 ついでに自己紹介もしました。

「私、二年の早坂です。君は?」

「俺はキヨタシュウです。清いに田んぼの田、柊でシュウです」

「清田柊くん?」

 不思議な偶然に、私は思わず声を上げました。

「私、ふゆっていうんだ。冬繋がりだね!」

 もっともそれは彼には上手く伝わらなかったようです。彼の名前にも『冬』が入っていることを告げたら、妙に感心していました。

「ああ、確かに冬繋がりっすね」

「でしょう。何だか運命的じゃない?」

 そう言ったら彼は喉を詰まらせたように黙ってしまいましたが――。


 そして私たちは放課後の廊下で、校内の自販機前で、あるいは他に誰も来なかった我が部室で、ブリックパックのジュースを飲みながら話をしました。

 清田くんは写真部の活動にはそれなりに興味を持ってくれたようで、熱心に話を聞いてくれましたし、前向きに考えてみます、とも言ってくれました。

「元々、これといってやりたい部活があったわけじゃないんで、早坂先輩にこんなに熱心に勧誘してもらったら、ここしかないかなって……」

 照れながら語る清田くんを、私は可愛いと思いつつ眺めていました。

 それともう一つ気づいたのですが、『先輩』という言葉は自分で口にするより、誰かに呼ばれる方がテンションが上がるみたいです。彼に呼ばれる度、何だかどきどきする自分がいました。

 やはり私は寂しかったのです。マイペースな私と一緒にいてくれる相手が、ずっと欲しかったのだと思います。

 だから、彼が入部してくれたらいいと、心の底から願っていました。


 しかしながら後日、私は彼が、私といい勝負を張るマイペースな人だと身をもって知ることになりました。

 マイペースな人間なりに、実は似た者同士だったんだなあと後から気づいた次第です。

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