「追加発注」<エンドリア物語外伝72>
桃海亭に手紙が来た。
差出人をみた。
読めない。
封筒を開けてみた。
便せんが入っていた。
読めない。
「おーい、シュデル」
食堂にいるシュデルを呼んだ。
「なんでしょうか」
エプロンで手を拭きながら現れた。
右手に封筒、左手に便せんをヒラヒラさせた。
「読んでくれ」
「店長、これはルブクス大陸公用語ですが」
「わかっている。けど、ここまで崩されたら、オレには読めねぇーんだよ!」
達筆、と呼ばれるのだろうが、グニグニで一文字もわからない。
「店長が不勉強なのですから、切れることはないと思うのですが」
小声で言うと、封筒の差出人に目をやり、便せんを読み出した。
「差出人はグロス老です。内容はムーさんに護符の依頼です」
「グロス老、グロス老、どこかで聞いたような」
「コーディア魔力研究所にいらした有名な護符の教授です」
「護符フェスティバルの爺か」
金貨20枚もするムーの護符を3枚買っていた。
「攻撃用の護符10枚、魔法結界護符10枚、合計20枚の護符に金貨400枚支払うそうです」
「ムー、ムー、起きているか!」
オレは2階に向かって怒鳴った。
金貨400枚。
桃海亭はしばらく安泰だ。
「店長、ムーさんを呼ぶのは、少し待ってください」
「待てるか。金貨400枚だぞ」
「でも、依頼通りに作ると大変なことになるかもしれません」
シュデルが真剣な顔で言った。
「ほら、ここです。これが本当なら」
書かれた場所を指さした。
「ふむふむ、って、オレには読めないと言っただろ!」
「そうでした。ここに書いてあることを要約すると『前に買った魔法反射の護符は戦いで使用した。護符のおかげで、初めて相手に手傷を負わせることができた。だが、グロス老自身の攻撃力を弱く、相手を倒しきれなかった。強力な攻撃用の護符と魔法防御の結界護符、魔法反射の護符が欲しい』ということです」
「どこが問題なんだ?」
「この先に戦いの相手について書かれています。『黒魔法』を使用されるそうです。それから………」
手紙を持つシュデルの手が震えている。
「『塞翁』とも書かれています」
「さいおう?」
「北に住まわれているご老人のことです」
「黒魔法、北、爺…………気のせいだ。ムーを呼んで」
「店長!しっかりしていください。いつもの【生き延びる為のアンテナ】が働いていません!」
「金貨400枚だ」
「もし、あのグロス老の戦いの相手があのお方で、戦いでグロス老が使用した護符がムーさんが作ったものだとバレたら」
血が顔から引いていくのがわかった。
ムーのせいで、多少のことではビビらなくなったが、もし、グロス老の戦いの相手がリュンハ帝国前皇帝ナディム・ハニマンだったら、そして、ハニマン爺さんに手傷を負わせた護符がムーの作った物だと知ったら、考えたくもない事態になる。
「店長、頑張ってください」
「なんで、オレなんだよ。護符を作ったのはムーだろ、ムー」
「ハニマンさんはムーさんのことも気に入っていますが、店長のこともとても気に入っています」
「意味不明なことを言うな」
「ああ、また店長達は捨てられてしまうのでしょうか」
この間、オレとムーは爺さんの国リュンハに捨てられた。捨てられた理由は爺さんの国のゴタゴタを解決するためで、オレ達には何の落ち度もない。
「なんでオレを捨てるんだよ。それにリュンハは寒いんだ。2度とゴメンだ」
薄い上着1枚で捨てられるオレには、寒すぎる地だ。
「リュンハにも暖かい場所があります。そこではどうでしょうか?」
「オレが捨てられるのは決定か?」
「リュンハの領海に小さいですが島があります。場所は北ですが、マグマが噴出している活火山ですからとても暖かいです」
脳裏で、煮えたぎるマグマが泡をプツプツ出している。
「わかった。オレは魔法を勉強するために旅に出る。金貨400枚が入った頃に帰ってくる」
「魔法の基礎知識がないのですから、旅に出ても無駄だと思います」
「大丈夫だ。これでも古魔法道具店で………」
店の扉が開いた。
極上の絹のローブをまとった男が入ってきた。展示してある商品には目もくれず、カウンターにいるオレとシュデルのところにツカツカと歩み寄ってきた。
「護符を買いたい」
30代後半と思われる男は、落ち着いた口調で言った。イントネーションで東方の人間だとわかる。ローブの色は黒。
オレを真っ直ぐに見ている。
「当店では護符を扱っておりません。護符をお探しでしたら、アロ通りに【箔夢堂】という護符専門店がございます。場所がわからないようでしたら、当店の店員に案内させますが」
「護符フェスティバルで販売したというムー・ペトリの護符を買いたい」
背中に冷たい汗が、ツゥーーーーと流れる。
「あれフェスティバルに参加するために書いた護符でして、現在は護符の販売はしておりません」
「特別に書いてもらいたい。御前が所望している」
額にも冷たい汗が、ツゥーーーーと流れた。
「ですから、現在は」
「明日、受け取りにくる」
ローブをひるがえした。
「無理なものは、無理です」」
怒鳴ったオレを完全無視。店を出ていった。
オレは2階に駆け上がった。寝ていたムーを引きずり起こして、店に連れてきた。半分寝ていたので、床に転がして事情を話した。
「ムー、状況はわかったか」
「………はいでしゅ」
眠い目をこすりながら、ムーが起きあがった。
「急いでグロス老からの依頼の護符20枚を書き上げてくれ」
「店長!」
「それを郵便で送ったら、オレは旅にでる」
「何を言っているのですか!それではハニマンさんが危険にさらされます」
「オレのリュンハでつらい日々を過ごすことになったのは…………」
「店長の理不尽な日々はいつものことです」
「あのな」
「それより、ハニマンさんに護符を書いてあげてください。どんな防御結界も破れるのをお願いします」
「金貨400枚を捨てる気か!」
「まだ、もらっていません。手に出来るかわからない金貨より、ここはハニマンさんの為に………」
「爺さんより、金貨だ!」
ムーがオレの上着を引っ張った。
「なんだ?」
「めんどいしゅ」
ボッとした顔で目をこすった。
「面倒くさいしゅ。護符は書かないしゅ」
「ムー、金貨400枚だぞ、400枚。しばらく、ケーキが食えるぞ!」
「ハニマンさんには結界破りの1枚ですむと思うのです。護符を書いていただけませんか?」
ムーは大あくびをした。
「護符を書くのは、飽きたしゅ」
全身から、書きたくない感が溢れていたが、オレとシュデルの必死の説得で1枚だけ書いてくれることになった。
翌朝、渡された護符を見たオレとシュデルは頭を抱えた。
「これを買いたい」
昨日、護符を依頼しに来た黒のローブの男が、壁に飾られた護符を指した。
ムーから渡された護符は、扉の真上、ラッチの剣の真下に額に入れて飾られている。金額は金貨20枚。
「護符フェスティバルのことをご存じでしたら、当店で護符を買う場合のルールをご存じのことと思います」
黒のローブの男が、怪訝そうな顔でオレを見た。
「当店にあるムー・ペトリ制作の護符を買うには【護符の効果がわかった者のみ購入できる】という約束がございます。存分にご覧になってください。効果がおわかりになれば、お売りいたします」
黒のローブの男が、壁に掛かっている護符を見る。
焦った顔で、オレを見た。
「効果がわかりましたでしょうか?」
何か言いたげな顔でオレを見た。
護符に書かれているのは、グニグニのニョロニョロだ。
オレには、寝ぼけた幼児が、護符の紙に落書きしたようにしか見えない。シュデルも護符か落書きか判断できなかった。先ほど、これをオレに渡したムーは『護符だしゅ~~』と言って2度寝するため、部屋に戻って行った。
男はしばらく護符を見ていたが、憔悴した顔で店から出ていった。
オレはグロス老に手紙を書いた。店にある護符の効果がわかったら、20枚を売ると内容だ。
数日後、グロス老の弟子らしき人物が数人でやってきた。全員、壁の護符を見て青ざめた。グニグニのニョロニョロに【ムー・ペトリが書いた護符】と書かれた札がついていなければ、『落書きだ』と怒りそうな様子だった。全員で相談しながら解析を試みたが、3時間ほどで挫折した。護符なのか、落書きなのかも、わからなかったようだ。
グロス老の弟子が来た翌朝、目覚めるとオレは闇の中にいた。大きな箱のような物に縛られて、押し込められている。隣で「ムゥーーー!ムゥーーー!」言いながら動いているのは、ムーのようだ。
オレは思った。
今度は、どこに捨てられるのだろうか、と。