09
昔、昔、とある処にとっても不運な女の子がいました。
どう不運かといえば、道を歩いているだけで狼の群れに襲われたり、人攫いに攫われそうになったり、蜂の大群に追いかけられたり、森のくまさんとこんにちはしたり、馬車にひかれそうになったりなんてのはもう日常茶飯事。
その女の子は、幼い頃に流行病で両親を亡くしていましたが、父親代わりの男性がいたのでちっとも寂しくありませんでした。
中世ヨーロッパのとある国の片隅で、何不自由なく大きなお屋敷で沢山の召使達にかしずかれながら暮らしていたのです。
もちろん、時々どころかいつも不運な出来事に見舞われていましたが、貴族であり、近辺の土地全てを治める領主である養父が助けてくれました。
最近、恋人になった使用人の息子兼幼馴染もいましたから大丈夫です。
彼との付き合いは養父にはまだ内緒でしたが、その内打ち明ける予定でした。
尋常じゃないぐらい不運という事以外は、順風満点だった女の子の生活にある出来事が起こります。
彼女の前に現われたのは、グラマラスな美しい金髪美女。その実、数百年も生きているという魔女でした。
奇しくも、私と同じくあと数日で十六歳の誕生日を迎えようとしている女の子を見て、魔女はとっても驚きました。
何故なら、魔女は昔とある呪いを幼い彼女にかけていたのです。
その呪いとは、それこそ世界中の災いが彼女に降ってかかるという、とっても迷惑な呪いでした。その呪いをかけた理由というのが、これまた傍迷惑な話なのです。
実はこの魔女、女の子の亡き父に横恋慕しておりまして、流行病で亡くなった両親というのも魔女の呪いでせいでした。
そうです。この人、自分がフラれた仕返しに病気に見せかけて二人を殺したんです。最悪です。
そんでもって、残された女の子に対しても、とどめと言わんばかりに呪いをかけたのです。
可愛さあまって憎さ百倍というか、人間ごときの分際で自分をフッた男が許せなかったんですね。男が選んだ女が許せなかったんでしょうね。そんな二人の子供である女の子が、もう絶対に許せなかったんでしょうねえ。
これだけ強力な呪いをかけたら、こんな小娘の命などあと数日ももたないと踏んだのか、魔女はやる事だけやると女の子の前から姿を消します。
何百年も生きているので、時の流れが常人とは違うのでしょう。数日後に現われるつもりが、十数年後になりました。
そんで、自分をふった男の娘の成れの果てをウキウキで見物に行ってみたら、そこには元気一杯の女の子の姿が。
驚愕した魔女がとった行動と言えば、また大人気ない事ばかりで、不運な女の子に対して更に追い討ちをかけるかのように、様々な呪いをかけたり、自身でも仲間のモンスターたちを世界中から集めて女の子にけしかけます。
当然、女の子はその都度逃げます。恋人も養父も彼女を全力で守ります。
悲しいかな。その過程で、養父は命を落としてしまいます。
女の子を庇おうとして、魔女の仲間である吸血鬼に噛まれたのです。
女の子は当然嘆き悲しみましたが、奇妙なことにそれを機に魔女からの攻撃が止んだのです。姿も見せません。
人一倍、不運な事には変りありませんが、女の子はその後、幼馴染と結ばれ死ぬまで幸せに暮らしました。
その裏に、養父の切ない想いがあったことなど露知らず。
吸血鬼に噛まれて死んだと思われていた養父は、実は生きていました。
もう姿は以前通りの彼ではありません。そう、彼は吸血鬼として生まれ変わったのです。
吸血鬼として生まれ変わった彼は、元からその資質があったのか、魔女や他の吸血鬼達が驚くほどの力ある“モンスター”になりました。
しかも、人間であった時は王様や領民達から信頼を寄せられていた貴族であり、優秀な騎士であり、名の知れた学者でもあった彼は、すぐに吸血鬼仲間からのみならず、他のモンスターたちにも強い影響力を与えます。
それまでの吸血鬼達は、お腹が空けば人を襲い、普段は人の目を隠れるように暮らすという、言わば原始的な生活を送っていたんですが、そんな彼らに対して彼は人間に姿をバレないよう暮らしていけるよう処世術を教えました。
他のモンスターたちに対しても同様です。
おまけに、モンスター組合みたいなものまで作っちゃいました。根っからの、経営者気質なんでしょうね。
そんなこんなで、モンスターたちからの信頼が厚くなり、魔女にも対抗できるほどの権力を身につけました。
その時、魔女は女の子に対して更なる呪いをかけようと一旦身を隠し、ある人物を探していました。
そのある人物とは、美しい狼男。モンスターの間でも噂の、最凶最悪なモンスターでした。
しかし、彼もまた養父と同様に以前は普通の人間だったそうです。
彼は、元の人間に戻りたがっていました。そこに、魔女は狙いをつけたのです。
――ある小娘の心臓を喰らえば、あなたは元の人間に戻れるのよ。
女の子にとっては非常に迷惑な、甘い言葉を狼男に囁きました。
いや、もう迷惑な話ですよね。本当に。
そして、それに反応してしまう狼男はもっと迷惑です。
魔女の言葉を聞いた狼男、突如現われた魔女を最初は胡散臭げに見ていましたが、俄然やる気を出しました。
父が亡くなったのは悲しいけど、いつまでも悲しんではいられないと、恋人と手に手を取り合って力強く生きていこうとしていた女の子の元に全力疾走で向かいます。
そこに、立ちはだかるのは吸血鬼となった養父。その背後には、彼のモンスター仲間達。
狼男と養父率いるモンスターたちの戦いは、女の子が死ぬまで続きました。
その間、女の子が自分を巡る水面下の戦いを知る事はついにありませんでした。
それもこれも、養父の彼女への気遣い故です。
幼馴染と結婚し、子宝にも恵まれ、幸せに暮らしている彼女の生活を脅かしたくなかったんですね。
魔女とも契約を交わし、呪いを解く事は出来ないけれど女の子には二度と近寄らないようにさせました。
その頃には、彼の権力は魔女も無視できないものになっていたし、元々気まぐれで飽きっぽい所がある彼女はあっさり承諾しましました。
問題は狼男です。
元の人間に戻るため、しつこく女の子の命を狙おうとします。
その都度、養父は仲間の手を借りて撃退し続けます。数十年後、かつて少女だった彼の養女は何も知らぬまま息を引き取りました。
その墓に手を置いて、吸血鬼になって以来初めて養父は涙を流しました。
必ず、彼女と同じ魂を持つ者を見つけ、今度こそ自分の花嫁にすると。
はい。皆さんお察しの通り、彼はずっと女の子に恋していたんです。
たまたま視察に行った孤児院で幼い彼女を見つけた瞬間、雷で打たれたかのような電撃が彼の体に走りました。
はい。皆さんお察しの通り、立派なロリコンの出来上がりです。
彼はすぐさま領主の権限を使って、女の子を自分の養女として引き取り、それはもう舐めるように大切に、大切に育てました。
はい。皆さん、お察しの通り、将来は自分の花嫁にするつもりだったんです。
女の子が有り得ないぐらい不運体質である事も、彼の庇護欲をそそるだけでしたし、おかげで余計な虫がつかないので安堵もしていました。
はい。皆さん、お察しの通り、彼はちょっとばかし変態的思考と嫉妬と束縛心が強いです。
そして、十六歳の誕生日にプロポーズしようとしていた矢先、恋人の存在に気づいたと同時に、魔女登場。
はい。皆さん、お察しの通り、彼はあれやこれやあって吸血鬼になります。
またそこで、あれやこれやあって、吸血鬼なった彼は狼男のこともあるので、女の子の幸せを想い、涙ながらに身を引きます。
はい。皆さん、お察しの通り、彼はそこで諦めるような奴でありません。
世界中を放浪し続け、何百年も生き続け、女の子と同じ魂が生まれ変わるのをひたすら待ち続けます。そして、ついに見付けました。
はい。皆さん、お察しの通り、吸血鬼となった養父の名はシオン・リリー。
そんでもって、シオンが何百年もの歳月を費やしてようやく探し出したのが、この私。
超不運な体質を持つ女子高生、月森琴子その人なのです。
……なんか、もう私ってば前世から不運なことが決定してるんだね。