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08


 私、梅吉、先生、そして竹蔵。

 四人で、地面に倒れている男を囲んで見下ろす。


「……どうしよう?」


 私が青ざめた顔で言うと、高尾先生が当たり前のように言う。


「ハンター協会に持っていって、賞金をもらう」

「ええっ? ちょっと止めてよ!」


 私は先生に食って掛かる。


「シオンにも賞金がかかってるの!?」


 そう、倒れている男は我が養い父、シオン・リリー。


「そりゃ、そうさ。こいつだって、モンスターだぜ。スペシャルのAが三つも、四つも付くぐらいの超大物クラス。狼男と合わせて持っていけば、ひ孫の代まで遊んで暮らせるな」


 高尾先生がうっとりと目を細めて、気絶しているシオンを見下ろす。

 また、美女ハーレムか。やに下がった顔から判断するに、今度はどんなアバンチュールを妄想してんだろう。

 どうせ、ろくなもんじゃないし、シオンをハンター協会に持っていくなんて、私が許せないんだから。


「シオンは吸血鬼の中でも特に強い種だし、裏の世界にも顔が利いて、色々とやって来たみたいだからね」


 長年一緒に暮らしてきた私でさえ知らない情報を、竹蔵が教えてくれる。


「ハンター協会とも表向きは上手くやってきたみたいだけど、本来なら敵対同士だから……」

「それで、シオンを連れて行ったら賞金出すっていうの?」


 私はムッとする。


「でも、シオンは殺されちゃうんでしょ?」 

「別にいいだろ? このままいくと、あと数日で変態の餌食だぞ。お前」

「う……」


 ムッとするものの、高尾先生の言葉に私はつまる。


 誕生日まで、残り四日を切った。


 確かにこのままだと、私は四日後には吸血鬼になって、シオンと結婚するはめになる。

 そんでもって、先生が言う“モンスター”の仲間入りになるから、ハンター協会からも命を狙われるのだ。


「……とりあえず、家に帰ろう。僕の家においで、琴。シオンも一緒に」


 腕組して考え込んでいると、竹蔵が側に来て優しく頭を撫でてくれた。

 私を見つめる眼差しはどこまでも深く、柔らかい。

 竹蔵みたいな人に愛される女性は、とっても幸せだと思うんだ。


「うん、そうする」


 ちょっと甘え声で答えてしまうのは仕方ないこと。

 竹蔵は、私にとって頼れる兄貴分なのだ。


「それがいいいよ。いつ、あいつが戻ってくるか分からないしね」


 もう一度、私の頭をぽんぽんしてから、竹蔵が顔を曇らせる。

 甘え気分もどこへその。私の顔も自然と暗くなってしまった。

 梅吉はさっきからずっと難しい顔をしてるし、高尾先生も苛々したように煙草を吸っている。

 夜の山での追いかけっこから数時間たっていた。

 もう陽は明けていて、空には太陽が眩しいほど輝いている。山の麓の空き地に立つ私達四人と、気絶しているシオン。

 狼男は姿を消した。でも、また来る。絶対にね。


 昨晩、ううん。もう今日か。

 私を肩に担いで全力疾走した梅吉は、全裸の狼男相手によく頑張ったと思う。

 だけど、そこは人外だ。千年以上生きている狼男は本当に早かった。 

 私達は二時間ドラマの犯人みたいに、崖っぷちまで追い詰められてしまった。

 私を肩から下ろして、臨戦態勢に入ろうとする梅吉に私は逃げてって言った。私の事はもういいから逃げてって。

 自分のせいで誰かが死ぬのは嫌。

 それに、梅吉のお父さんとお母さん、お兄ちゃんの松兄と竹蔵も悲しむはず。梅吉の家族はみんな、不運体質の私を幼い頃から可愛がってくれた。

 ちょっと変ってるけど、このご近所さんの家族が私は大好き。私のせいで誰かが死ぬのも、悲しませるのも絶対嫌。


 梅吉はいくら言っても逃げなかった。


 お前は絶対に俺が守るなんて、今から考えれば赤面ものの事を言って、狼男を睨みつけ続けた。

 私も一緒に睨んでやりたかったけど、なにせ相手は全裸。いや、その前にも色々見ちゃったんだけどね。ここは恥らうのが乙女ってもんでしょ。

 梅吉が狼男の動きを見て緊張したように身動きした時には、私も奴の動きが気になって見ちゃったけどさ。

 そしたら、あいつは私を見ていた。ゾクゾクするほど美しい微笑を浮かべ、私を見つめていた。

 頭上には月が輝いていて、狼男の彫刻みたいな裸身を薄く照らし、まるで絵画のようだった。

 あの時、自分の命を狙っている相手だと分かっているのに、つい魅入られてしまう様な狂気を含んだ美しさを前に、私はただただ圧倒されていた。

 この男が相手なら殺されてもいいとさえ一瞬思った。

 冥界の美神に捧げられる生贄に選ばれた乙女って、こんな気持ちだったのかもしれない。

 だけど、そうは問屋がおろさないのだ。


 狼男が一歩動き出した瞬間、梅吉の手から手裏剣が飛び、やっと追いついた高尾先生がバイクに乗って背後から銃を撃ちながら登場、ついでに竹蔵が式神の烏天狗を引き連れて颯爽と現われた。

 そして、私はというと、竹蔵と共に現われたシオンの腕の中に抱かれ、宙を飛んでいた。崖の上から。


 いや、死ぬって。本当、止めてよ。マジ、死ぬかと思ったんだから。


 悲鳴を上げて首にしがみつく私を抱いたまま、シオンは岩から岩へと飛び、木々をすり抜け、地を風のように駆けて行った。

 その後を、狼に姿を変えた狼男が追いかけ、更にその後を三人の男が追いかけた。

 狼男は朝日と共に逃げ、私達は精根尽きたてた状態で地に膝をつけた。

 五人ともしばらく口をきかないまま、ゼイゼイ言っていた。

 シオンたちはともかくとして、私は何もしてないじゃないかって突っ込まれそうだけど、精神的にもう色々限界だったの。

 だから、シオンが、『僕の愛しい人、無事で良かった』 なんて言って、キスしてこようとしたから無性に腹が立ったのだ。

 無意識に制服のポケットに手を突っ込み、最大限にレベルを上げたスタンガンを――……。

 そして冒頭に戻る、と。

 シオンの目が覚めたら、ちゃんと謝らないとね。




 ◇ ◇ ◇




 竹蔵の家は格式ありそうな古い日本家屋だ。


 私は縁側に一人座り、松の木があったり、鯉が泳いでいる池があるいかにも和風の庭をぼうっと眺める。ちなみに、松の木以外に、竹林や、梅の木もあったりする。

 シオンが目を覚ました後、竹蔵と共に乗ってきたシオン所有の外車に私を含め三人で乗り込み、梅吉と高尾先生は自分達のバイクに乗って、竹蔵の家に帰って来た。

 五人ともボロボロの状態で、みんな今日は学校をお休み。

 私と竹蔵は生徒、シオンと高尾先生は教師という立場だけど、とても行く気はしなかったの。もっとも、梅吉だけは忍びの里で独特の教育を受けていたから、学校には通った事がないんだって。

 私達の疲労を見越していたかのように、竹蔵のお母さんが用意してくれていたご飯を食べ、お風呂に入り、泥のように眠った。シオンだけは眠る必要がないんだけどね。

 そして目覚めた今、もう夕方になってたんでビックリ。半日近く寝てたんだ。

 私以外のみんなはもう起きてるっていうし、ぐーすか寝ていたとは、殺されかけたっていうのに我ながら図太い。


「……琴子」


 シオンが音も無く現われ、私の隣に座る。

 当然のように肩に腕を回してくるので、私も甘えるようにもたれ掛かった。

 こういう風に、シオンに包み込まれるとやっぱり安心するんだ。


「シオン。怖いよ……」

「大丈夫」


 シオンが力強く微笑むと、私のおでこにそっとキスする。


「あいつがまた来たら、今度こそ息の根を止めてあげよう。君の誕生日プレゼントは、奴の首だ。それを肴に、二人で祝杯をあげよう」


 自信満々に言ってくれるけど、その内容の半分以上に反対。

 先生が言う事じゃないけど、シオンって確かにモンスターだよね。


「……えっと。その、私はあいつの首はいらないし、出来れば殺して欲しくない」


 繰り返すけど、自分のせいで誰かが死ぬのは嫌。

 たとえ、それが自分を殺そうとしている奴でもね。

 ……最悪、殺してもらうしかないかなあとは思っているけど。


「琴子。君の慈悲深さは素晴らしいが、あいつはとても危険な奴だ。とても見過ごせない」


 シオンの目が鋭く光る。


「うん、分かってるんだけど……。でも、その……」

「琴は聞きたいんだよ」


 言いよどむ私を助けるように、竹蔵がスッと現われた。


「どうして、自分が命を狙われるかね」


 私はキュッと口をつぐみ、廊下の真ん中に立つ竹蔵の顔を見つめる。

 竹蔵は私の視線を受け止めると小さく頷き、ゆっくり私達の側に近寄ってきた。

 その顔は女性みたいに整っていて綺麗だけど、夕日によって赤く照らされているせいか、少し妖しげな雰囲気が漂っている。憂いのある眼差しが少し艶っぽい。


「……どうして、琴じゃなきゃいけないのか」


 私の目を見つめ、次に隣に座るシオンに視線を動かした。


「そろそろ教えてやってもいい頃だと思うな」

「……竹蔵」


 シオンが少し気に入らないように眉をひそめた。


「僕は君が好きだ。昔から賢くて、聡い子だった。琴子のこともよく助けてくれた」


 うん。超が百個付くぐらい嫉妬深いシオンにしては、私が竹蔵と仲良くするのを黙ってみていてくれた。

 これって凄い事だよ。

 昨日から今日にかけて、私が梅吉と高尾先生と一緒に一晩過ごした事だって本当は気にいらないのだ。すっごい目つきで二人を睨んでたもん。


「だが、余計な口出しはしないでくれ」


 梅吉と先生に向けていたような目で、竹蔵を睨みつける。

 竹蔵に対しては今までこんな目をした事なかったのに。私は驚き、少し怖くなる。つい、シオンの腕に手を掛けた。


「そうやって、琴のことを守っているつもりなんだろうけど、それは琴にとっていい事かな?」


 シオンの不穏な目つきをものともせず、竹蔵が柔らかく微笑む。


「真綿に包んで、鳥かごに入れて、大切に大切に愛しむにしても限界がある。特に、琴のような子にはね」


 うん、不運体質の私相手じゃ何をしようと、なんらかのトラブルに巻き込まれてしまうのだ。


「時には、包み隠さず話す事も必要だと思うな。何よりも、これは琴子自身のことなんだよ。琴は知る権利がある」

「……そうだよ」


 私は小さく呟き、顔を上げてもっとハッキリ言う。


「知りたいよ」


 シオンと竹蔵が私に注目し、私も二人を見つめ返す。


「知りたいよ! 私のことなんだよ。どうして、あいつは私の命を狙うの? どうして、私はこういう体質なの? 知りたいよ!」


 私は涙目になって、シオンに詰め寄る。


「教えてよ。何か知ってるなら教えて!」

「……琴子」

「嫌なの。誰かが私のせいで……」


 もう、この体質のことは仕方がない。でも、不運なのは私一人で十分だ。

 今日は、私のせいで皆の命が危なかったかもしれない。もしかしたら、死んでたかもしれなかった。


「……お母さんやお父さんみたいに死んじゃうの嫌だよ」


 私の目から、ポロリポロリと涙が零れ落ちる。


 私の両親は自動車事故で死んだ。


 雨の日の不幸な事故。でも、それって私の不運体質が絡んでるんじゃないかな? 

 私のせいで二人は死ぬ運命じゃなかったのに、死んじゃったんじゃないかな?

 これまでだって、何度も、何度も、誰かを危ない目に合わせてきた。

 シオンや竹蔵が助けてくれたおかげで、今までは大丈夫だった。

 だけど、これからは? 二人がいなくなったら? 私、どうしたらいいの? 私のせいで誰かが死んじゃうなんて嫌だよ!


「……琴子、琴子。泣かないで」


 シオンが痛ましい顔をして、泣きじゃくる私を抱き寄せる。


「嫌だよお。怖い。……怖いの」


 私はしゃっくりを上げながら泣く。

 うう。精神的に来てるな、これ。

 くそお、狼男のせいだ。……でも、シオンのせいでもあるんだよね。

 だって、あと数日で十六歳の誕生日で、私はまさしく人生の岐路に立っている。

 人間か吸血鬼か選ばなくちゃいけない。

 シオンから見れば、一つの道しかないんだろうけど、やっぱ悩むよ。


「僕がいるから大丈夫。君を絶対一人にしたりしないよ」


 甘く囁いてくるシオンを恨めしげに睨みつけ、側に立っている竹蔵を見上げると優しく見返された。


「琴、僕も付いてるよ。君は一人じゃない」


 竹蔵ってば、そんな顔でそんな事言われると、ちょっと惚れちゃいそうになるから止めて。

 彼女さんがいるのに申し訳ない。

 私は少し赤くなりながら、目をそらす。

 すると、いつの間に来ていたのか、梅吉と高尾先生の姿が廊下にあった。

 梅吉は難しい顔で、抱き合う私とシオンを見ている。その様子を、先生が柱に寄りかかって煙草を吸いながら眺めていた。

 何よ、その面白そうな顔。


「琴子。……分かった」 


 私が泣き止むのを見計らって、シオンが少し体を離して私を見つめて言った。


「……シオン?」

「言うよ」


 シオンが渋々といった感じで頷く。


 お母さん、お父さん。


 もし、狼男に食べられたら、あの世でごめんなさい言うから、私のこと抱きしめて、頭を撫でてくれる? 

 私、二人の事あんまり覚えてないけど、ギュッと抱きしめられた時の温かさだけは忘れられないの。

 頭を撫でてくれた時のくすぐったさが忘れられないの。

 この温かさは、シオンや竹蔵だって敵わない。



「君のその体質のこと。何故、あの犬が君の命を狙うかを教えよう」



 でも、その前に私の新たな扉が開かれるみたい。



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