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07

 私は走る。


 全速力で走る。

 ハアハア。脇腹痛いよお。でも、走る! 

 だって、死にたくないもん。狼男に追いかけられてるんだもん。

 自分の命がかかっている絶体絶命のピンチ状態なのだ。


 だけど、狼男は早い! 


 暗闇の中でも光る神秘的な瞳を私にロックオンして、確実に距離を狭めてくる。

 鬱蒼と生える木々の間を器用にすり抜け、枝を潜り抜け、岩石を飛び越え、もうすぐ後ろという所まで来られてしまった。

 これでジ・エンドと言わんばかりに、狼男が地を蹴って私めがけて飛ぶ。

 ちょっとはハンデ付けてよ。こっちはねえ、未だに制服のままだし、途中で何度か転んだせいもあって全身あちこち傷だらけの、泥だらけなんだよ。

 そりゃあ、子供の頃から不運体質のせいで色々あって逃げ足は速くなったけど、狼男に追いかけられたのは初めてだ。河童に追いかけられた事はあったけど。

 あれは怖かった。ああ、詳しい話は後でね。


「琴子! 今だ!!」


 梅吉の力強い声が、夜の林の中に響いた。


 それを合図に私はパッと地面に倒れこむように伏せる。

 実際、体力も気力もギリギリで、いつ気絶しても可笑しくない状態だった。

 同時に、ナイフのような爪が生えた狼男の前足が宙を切る。

 あと一歩だったのにね。エンドマークが付くのはあんたの方よ。


 獲物を失った狼男はそのまま宙を飛ぶ。

 私は倒れこんだまま顔だけ上げて、その姿に見入った。

 見掛けだけは人間のままでも、狼のままでも本当に綺麗だ。この世のものとは思えない。

 月明かりだけが頼りの暗がりの中でも、銀色の毛は不思議な事に光沢を帯び、キラキラと輝いているように見えた。

 決して触れてはならない神聖な生き物。しかし、恐れを知らない者がいた。



「はっはー!!」



 高尾先生だ。

 網にかかった魚みたいに網状のロープに体を包まれ、木の枝からぶら下がっている狼男を指差して、げらげらと笑い声を立てている。

 ガッツポーズまでとりだした。

 よっしゃあ! やったぜ!! とうるさい、うるさい。 

 ぴょんぴょん飛び跳ねちゃったりして。先生、いくつよ。

 あまりのハイテンションぶりには、ドン引きだ。


「やったぜ。ちくしょう! やった。俺はやった!!」


「うーるーさーいー!!」


 梅吉に助け起こされながら、私は騒ぎ続ける高尾先生に文句をつける。


「だいたい、やったのは私と梅吉。先生は黙って見てただけでしょ!」

「んだとぉ!? 俺が絶妙なタイミングで罠を発動させてやったんだろうが!?」


 そうなのだ。

 結局、囮になることを了承した私がわざと追いかけられ、狼男を罠に誘い込む。

 最期まで私が囮になることを反対していた梅吉が、途中で襲われないように私達の後ろに、横にと飛び回り、手裏剣を投げたり、手榴弾を投げつけて邪魔してくれたの。

 狼男は見事に全て避けていたけど、時間稼ぎは出来たよ。

 じゃなかったら、今ごろ私は狼男の胃袋の中だもん。

 とどめに、見事誘い込まれた狼男を捕らえるべく高尾先生が罠を発動。


 狼男はいま網の中でジタバタと暴れながら、ぎゃんぎゃん吼えている。

 私をすごい目つきで睨んでいる。こっわ~!

 この網は忍びの里で作られた特別なもので、そんじょそこらの力では抜け出すことが出来ないらしい。梅吉と忍びの里の職人さん、グッジョブ!


「ふははははっ……。これで大金が俺の手に。地中海にクルーザーを浮かべて美女とハーレム生活さ」


 高尾先生が両手を震わせて高笑いするのを、私はボロボロの姿で睨みつける。

 私の命をかけた結果、大金が高尾先生の手に渡るのが気にいらないのだ。

 梅吉だって、私達に合わせてずっと走り通しで大変だったはずなのに。


「先生。そのお金、私と先生と梅吉で三分割だからね」


 私の言葉に、高尾先生が目をむく。


「ふざけんな! こいつは俺の獲物だ! 最初から最後まで! ずっと狙ってたんだ。逆に感謝しろよな。お前の命を助けてやったんだぜ」

「上から目線止めてくんない? 私が“囮”になってあげたからこそ、こいつを捕まえることが出来たんでしょうが。それに、先生だけじゃなくて梅吉も手伝ってくれたんだよ。せめて、梅吉だけにはわけてあげてよね」

「どっちが上目線なんだよ。偉そうに。これだから、ゆとり教育は駄目なんだよな!」

「そうやって、若者にすぐレッテルはって、押さえつけようとするのって大人の得意技だよね。ふんっ。知ってる? 生徒の間で先生って人気無いんだよ。可哀想~」


 ストーカー吸血鬼先生より好きって思っていた事は内緒だし、本性を知った今ではむしろ嫌いだ。


「……けっ。別に俺もお前らに好かれたところで嬉しかねえよ」


 高尾先生は気にいらないように舌打ちするものの、ちょっとだけ傷ついたような顔をした。

 三十男は複雑だ。


「私達も先生に好かれたところで困るし、嬉しくな~い」

「……おい、忍者小僧。こんなクソ生意気な小娘でお前は本当にいいのか?」


 べ~っと舌を出す私を見て、何故か先生は梅吉に話をふった。


「えっ……。別に俺は……」


 梅吉も何故かうろたえはじめた。

 暗がりでも頬が赤くなっているのが分かる。なんだか、とっても困ってるみたい。


「自分の命を顧みず、こいつのために色々活躍してたもんなあ。愛だよなあ。愛」


 にやにやと高尾先生が笑う。

 確かに、梅吉はバイクで逃げてくれたり、見回りしてくれたり、高尾先生のセクハラから助けてくれたり、狼男に襲われないように一生懸命走ってくれた。

 うん、愛だね! 

 持つべきものは幼馴染想いの忍者青年だ。私も、梅吉に何かあったら助けてあげないと。


「別に俺は……」


 密かに決心を固めている私をチラッと見て、梅吉はついには耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。


「……若いねえ」


 高尾先生が何やら、甘酸っぱい顔でそれを見守る。

 私はちょっとムッとした。

 梅吉は不器用で口下手なの! 

 よく分かんないけど私の幼馴染を困らせないでよね。

 どうやら早速、幼馴染を守る時が来たようだ。いい加減でセクハラな不良教師の魔の手から。

 ずずいっと私は梅吉を庇うように前に出るものの、高尾先生に文句を付けることは出来なかった。

 狼の姿になっても、やたらと耳に心地よい美声が私達の上で落とされたのだ。


「――網を外せ」


 三人揃って顔を上げ、私達が話している間に散々ジタバタした挙句よけいに網が絡まり、身動きが取れなくなってしまった狼男を見つめる。


「外すわけねえだろ」


 高尾先生の言葉には、私だって賛成だ。梅吉も無言で頷いている。


「これから、しこたま睡眠薬をぶち込んで、ハンター協会に持って行ってやるよ。俺が金もらってから、網は取ってもらいな。ついでに命もな」


 バイクに積んでいた鞄から特大サイズの注射器を取り出して、高尾先生がにやりと笑う。


「……それとも、あれかな。念のため近寄るのは止したほうがいいから、吹き矢か……。弓矢の方がいいかなあ」


 う~んっと唸りながら鞄の中をがさごさと漁る。

 なに? あの鞄って異次元にでも繋がってんの? 

 次から次へと、レアアイテムが出てくる鞄に感心してしまう。


「……娘」

「なによ?」


 私はつっけんどんに返す。


「お前の命を俺に渡せ」

「……渡すわけないでしょう? 馬鹿じゃないの!?」


 命を渡せと言われて、はいどうぞと差し出す奴がいるっかての。

 いたとしたら、究極的なマゾ志向を持つ人に違いない。


「俺はお前をずっと捜していたのだ。絶対に逃がさんぞ」

「勝手に言ってれば!? あんたなんかねえ、シオンに八つ裂きにしてもらんだから!」


 自分の力ではなく、シオンの力を頼ってるあたりが情けないけど、不運ってだけで他になんの取り得もない私に何が出来るかっての。


「ふっ」


 狼男が長い鼻先で笑う。


「ヒル小僧に簡単にヤラれる俺ではない」


 小僧……。もしかしなくても、シオンのこと? 

 でも、こいつは千年以上生きてるみたいだから、シオンなんかたかだか数百年歳の若造なのかな。


「大人しく俺に心臓を差し出せ。自分が死んだ事にも気づかない内に喰らってやろうじゃないか」

「そりゃあ、ご丁寧にどうも」


 私は腕組をして、ふんっと睨みつける。


「でもねえ、なんだってまた私の心臓なんか欲しいのよ? 不運体質が乗り移ったって知らないんだからね」


 今まで、私を殺そうとした奴は大勢いたのでそんなに驚かない。

 誘拐しようとした奴もいたし、処女を奪おうとした奴だっていた。

 ……最期の二つは、シオンか。

 最初の一つは実行に移した。二つ目を実行に移すのも早いだろうか?


「……お前の心臓を喰えば、俺は人間に戻れる」


 近いうちに来るであろう恐怖にガクブルしていると、狼男が思わぬことを言った。


「えっ?」


 私は目を丸くする。梅吉も高尾先生も意外そうな顔をしている。


「ようやく元の人間に戻れるんだ」


 ギリギリと歯軋りしながら、狼男は私を見つめる。


「やっと見つけた……。絶対に、絶対に逃がしたりするものか。誰にも邪魔させない」


 そう言ったかと思うと、狼男に変化が訪れた。

 それは以前とは反対の変化だ。

 見る間に美しい白銀の狼から、銀色の髪を持つ美しい男へと姿を変えた狼男は網に手を掛けると、凄まじい力で引きちぎり、私達の前に華麗に降り立った。

 なんて綺麗なんだろう。

 まるで彫刻みたいだ。星が五個も、十個も付くぐらい超一級の芸術品。

 非の打ち所がない美しい顔に、しなやかに伸びた首、厚い胸板、見事に割れた腹筋、そしてその下の――。

 え~と、私は見てない。うん、見ないよ。ほら、横向いたでしょ?


 私が必死でアピールしている間に、狼男が実に麗しく微笑し、一歩前に進みでた。

 それを見て取り、凍りついたように固まっていた梅吉が小さく息を飲んだかと思うと、私の体に手を掛け米俵のように肩に担ぎ上げた。


「きゃあ!?」

「……この野郎」


 叫ぶ私を無視して梅吉が猛スピードで走り出し、高尾先生が銃を取り出して発砲した。

 しかも二丁使い。アクションスターか、お前は。

 映画の中でしか聞いたことがないような音を響かせて、狼男に発砲するのを私は梅吉の肩に担がれながら遠くに見る。

 狼男は長い腕で高尾先生をなぎ倒し、走り出した。全裸のまままで。

 先生が悲鳴を上げながら山の斜面を転がっていく一方で、狼男は元気一杯に走ってくる。全裸のままで。

 最低でも、一発か二発撃たれているはずなのに頑丈な奴。

 スピードが遅くなるどころか、ますます早くなるばかりだ。走る、走る、走る! 全裸のままで。



「い~や~!!」



 私は叫ぶ。それは、恐怖のためではなく、恥ずかしさのためだ。

 両手で目を覆うけど、何故だか指の間から目を覗かせて狼男の姿を見つめてしまう。

 夜の山の中を追いかけてくる美貌の男から目が離せない。

 その実、千年以上生きている狼男。そして全裸。


「梅吉。逃げて! いや~!! 見たくない!! 見ちゃ駄目!!」


 私の願いも虚しく、狼男はとっても早い。

 梅吉だって相当早いはずなのに、例え忍者であろうと、これが人間と人外の差か。姿形も人間離れした美しさだ。

 でも……。そうね、いかんせん下半身が笑えるっていうか、滑稽というか。



「と、とりあえず早く逃げて~!!」



 夜の森に私の叫びが響き渡った。





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