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06

 私は空を見上げる。星空がとっても綺麗だった。

 私が住んでいる場所だと全然見えないもんね。こんな状況じゃなければ、のんびり天体観測と行きたい所だけど、私の気分は下降の一途を辿るばかり。



「おらあっ、ワン公出て来い! 餌だぞ!!」



 何故なら、高尾先生が私の両手首を縄で縛り上げて木の枝に吊るしているからだ。


「ちょっと、先生縄解いてよ」


 当然抗議するも、にべもなく却下。


「嫌だ」


 枝にぶら下がっている私の横に立ち、美味しそうに煙草の煙を吐き出す。


「何が、嫌だだよ。降ろして! これって犯罪だよ。訴えてやる!」

「うるせーな。何かって言うと最近は、親も子供も、訴える、訴えるって。……ったく、面倒くせえ奴らだぜ。欧米かっての」


 ペッと唾を吐き、また一服。

 素を隠そうとしない高尾先生の柄の悪い事、悪い事。街のチンピラみたいだ。


「お前んところの保護者も、あれだ。今流行りの、モンスターペアレントだよな。ってか、本物のモンスターなんだから洒落にもなんねえよ」


 確かに、シオンがあれこれと、うるさい事を学校に言っているのは知っている。

 主に、私への害虫対策な訳だけど、学校側からしたらはた迷惑だよね。でも、今の私の状況は抗議しても可笑しくないと思うんだ。


「……とにかく、逃げたりしないから降ろして。縄、解いてよ」


 私は必死で手を動かすけど、きっちり締め上げられているから、自分が傷つくだけだったし、振動によって上から葉っぱが落ちてくる始末だった。

 わっぷ。また、葉っぱが。っていうか、一緒に毛虫が!?


「いやあ~!!」

「うるせえな。俺は嫌だって言ってんだろ? さっきからさあ。お前の耳は節穴か?」

「もう嫌。なんなんの!? 先生、柄悪いすぎ! 普段のあれは何?」

「一応、うちはお嬢様学校だから大人しくしてんだよ。本音と建前だってやつだ。社会人としての常識。お前も、大人になれば分かる」

「分かんないよ。だいたい、何? モンスターハンター? いい年して馬鹿じゃないの? ちゃんと働きなさいよ。この不良教師!」 

「ああんっ!?」


 高尾先生の三白眼が更に鋭くなる。


「働いてんだろうが、こうしてよ!」


 私のお尻をパンッと叩く。


「きゃあっ!? ぎゃん?」


 今度は、悲鳴を上げる私の鼻を指で摘んできた。そして、顔を覗き込むようにして睨んでくる。


「月森! お前が役割をまっとうしてくれれば、俺の懐に大金が入るんだよ!」

「わだじにはひゃんけいないもん!」

「大有りだ!」


 私が鼻声で訴えれば、高尾先生も負けじと言い返す。


「大人しく囮になってろ! 平気だって。狼男がお前を狙っている隙に、俺があいつを殺ってやるから」

「絶対、嫌!」


 冗談じゃない。私も巻き添え食らって死んじゃう可能性は大だ。

 おまけに、こんな不良教師に安心して身を任せるなんて絶対無理。

 自称、凄腕なんて言ってるけど、どこまで信用出来るものか。


「……月森、強情な女はモテねえぞ」


 高尾先生がギリッと歯をかみ締める。


「囮になるぐらいなら、強情でオッケーです」


 私はフンッとそっぽを向き、高尾先生を横目で見る。


「だいたいねえ、私に対してこんな事したら、シオンが黙ってないんだから。先生は哀れ、あの狼男とシオンに殺される事になるよ」


 自分で言うのも何だけど、シオンの私への執着心は凄まじいのだ。

 本当、私をこんな目に合わせたなんて知ったら、高尾先生は殺される。


「……確かに」


 高尾先生も思い当たる節があるのか、少し顔を曇らせた。


 その様子に期待を持ちつつ、私は周囲を見回す。

 ここは、山奥の空き地。

 家が二、三軒ほど建てられそうなスペースがあり、実際に掘っ立て小屋のようなものが近くに建っていたけど、窓ガラスは割れてるし、壁も屋根も穴だらけ。

 多分、誰かが住んでいたか、使用していたんだろうけど、今は完璧な廃墟だった。


 空き地の真ん中には焚き火が燃え盛っていて、私は近くの大木の枝に吊るされている。

 この状況に追い込んだのは高尾先生だけど、こんな所に一人じゃなくて良かった。

 時々、風が吹いて周囲の木々を揺らし、鳥の鳴き声や、物音がして滅茶苦茶怖いのだ。


「……しかし、あれだな。お前、本当にあの変態吸血鬼の嫁になるつもりなのか?」


 難しい顔で考え込んでいたと思ったら、ふいに高尾先生が顔を上げた。


「それは……、分かんない」


 私は言葉を濁す。本当に分からないんだもん。


「ふ~ん。勿体無い話だな」

「何が?」


 不思議そうに目を瞬かせると、さわりとお尻を触られた。


「なに。吸血鬼の嫁になるか、狼男に喰われるか。どっちにしても勿体無いと思ってな」

「……なっ」


 私は目を丸くして、にやりと笑う高尾先生を見つめる。


「な、なに触ってんの? 最低。さっきも叩いてきたし。やっぱ、訴える!」

「あ~。訴えろ、訴えろ」


 高尾先生が楽しそうに笑いながら、人差し指で脇腹を突っついてくる。


「ぎゃっ!? やめっ……」


 私は身をよじるも、高尾先生の指はしつこく、追求を止めようとしない。


「本当、勿体無いよなあ。月森、可愛いからさあ。体もエロイし」


 太ももを触り、上に撫であげる手が、少しだけスカートの中を入って抜けていく。


「いいねえ。ムチムチしてて。痩せすぎはいかんよ。痩せすぎは」

「セクハラ! セクハラ教師!」


 満足そうに目を細める高尾先生に向かって、私は真っ赤になって怒鳴りつける。


「……胸も育ってるし」


 厭らしい手つきで胸を触ってこようとする様子を見て、私は恐れおののく。

 何だって、私の周りはこんな奴らしかいないの!?


「えい!」


 しかし、やられっぱなしの私ではない。

 唯一自由になる足で、高尾先生を蹴ろうとする。が、あっさり捕まれた。


「……白」

「いやあ~!」


 高尾先生がぼそっと呟き、私は悲鳴を上げた。

 捕まれた足を更に上げられ、スカートの中身を見つめている先生を涙目で睨みつける。


「離して! 離してよ!」


 必死の思いで言うと、高尾先生がにっこり笑った。


「離して欲しかったら、あの変態に俺の命を保障するように言え」

「はあっ?」

「確かに、いくらあの狼男を捕らえるためとは言え、大切な花嫁候補を囮にしたと知ったら、あいつは怒り狂うだろう。そんな事になったら、せっかく狼男を捕まえて大金せしめても、ヒル野郎に殺されたら元の子もない」


 そこで、私の足をもう一段回、上にあげる。


「でも、お前が言えば大丈夫なんだろう? 月森、約束しろ。俺の命を保障しろ。じゃないと、狼男に喰われる前に俺が喰っちまうぞ」


 上げた足を脇に抱え、ずいっと前のめりになって顔を近づいてくる。


「――もちろん、狼男とは別な意味でな」


 もう嫌! 私の周りは変態しかいないの!? 


「言う! シオンに言ってあげるから離して! 近づかないで! 触らないでえ!!」

「……そこまで拒絶されると傷つくなあ」


 高尾先生の口がへの字になるけど、すっと身を引き、足もゆっくり下ろしてくれた。


「まあいいや。これで、安心してお前を囮に出来る」


 また新しい煙草を取り出すと火をつける。

 私が涙目になって見ていると、煙を吐き出しながら笑う。


「本気にすんなよ。お前みたいなガキ、相手にするわけ無いだろ? 学校だけで十分だよ。ガキのお相手は」

「……んあ?」


 私の口から間抜けた声が漏れる。


「ほ、本当に?」

「本当、本当。仮にも俺、教師だぜ。未成年には手を出さんよ。体系も本当はスレンダーなほうが好みだし」


 ほっと一安心した私を下から上に見て、目尻を細める。


「……でも、たまには、こういうのも良いなとは思うけどさ」


 たまにはいらない! 永遠に思うな!!


「触り心地も良かったし、肌ももちもちだし。あの変態の気持ちも分からなくもない」


 高尾先生がまたも顔を近づけてきた。止めて! 本当に訴えるよ!


「唇も柔らかそうでそそられる……」


 顔に手をかけ、親指の腹で唇をなぞって来る。

 止めんか、こら!

 あと、ちょっとで触れあいそうになった時、高尾先生が素早く身を離し、二人の間に何かが鋭く宙を切っていく。

 トンッと小さな音に目を向ければ、手裏剣が地面に刺さっていた。  

 ……手裏剣だよ。本物の手裏剣!

 おおっと興奮してたら、頭上で何かが切れる音がしたと同時に体が軽くなる。

 縄が切れたのだ。横を見れば、縄を切った手裏剣が木の幹に刺さっていた。



「……坊やのご帰還だ」



 高尾先生が渋い顔をして見る方向には、梅吉が凄まじい目つきをして立っていた。

 ――怖い! なんか、梅吉怖いよ!

 縄は切れたものの、手錠のように手首を縛られたままなので、不自由な手のまま私は梅吉が近づいてくるのを見守る。

 何やらオーラが漂っているような気がして、ごくりと喉がなった。

 ちなみに、梅吉は狼男の手がかりはないか、奴が近づいてこないか、周囲の山中を見回りしていたのだ。

 んで、帰ってみれば、私が縄で縛り上げられ、高尾先生にキスされそうになっていたと。

 ……うん。怒るよね。

 私も逆の立場だったら怒ると思う。でも、ちょっと怒りすぎじゃない?


「来いよ、ルーク」


 高尾先生が挑発するように、指で手招きする。

 余裕の笑みを浮かべる暗黒卿に対して、若きジュダイは無言で一気に間合いをつめると、相手の顎を豪快に殴りつけた。

 更に、後ろに倒れてしまった高尾先生に馬乗りになって殴りつける梅吉の姿を見て、私は慌てる。


「止めて! 梅吉、止めて!!」


 この勢いで殴ってたら、高尾先生が死んじゃう。

 柄が悪くて、セクハラな先生だけど、梅吉を人殺しにするわけにはいかない。

 それに、この状況で狼男が襲ってきたら、こちらにとっては不利な形勢になりそうだもん。


「梅吉! 私は大丈夫だから止めて!」


 高尾先生を無言で殴りつけていた梅吉が動きを止め、顔を上げる。

 その目はまるで狂犬みたいだ。懐かしい幼馴染のはずなのに、やっぱり見知らぬ男の人のようで私はちょっと怖くなる。


「……大丈夫。大丈夫だから」


 それでも、私は言い聞かすように一生懸命口を動かす。


「そりゃあ、縛られたけど。これは先生なりの考えがあったからなの」


 本当はすごい嫌だったけど、高尾先生がこのまま梅吉に殴り殺されるよりはいい。

 だいたい、死んじゃったりしたら後見悪いしね。

 ――というか、大丈夫かな? 先生、気失ってない?

 鼻と口から血を流し、目をつぶっている高尾先生はピクリとも動かない。

 凄腕モンスターハンターなどとのたまっていたけど、やっぱり自称だったのか。


「ね? 落ち着こう? それに、今は仲間割れしてる場合じゃないよ」


 最後は目で訴えると、ようやく梅吉が搾り出すように声を出す。


「……分かった」


 無言で立ち上がると、私の側に立ち、手首に縛れた縄を解いてくれた。

 高尾先生もうめき声を上げながら上半身を起こす。

 良かった。死んでも、気を失ってもなかったみたいだ。


「……馬鹿力」


 梅吉を睨みつけ、血が混じった唾を吐くとまた新しい煙草を取り出す。

 このヘビースモーカー。いつか、肺癌で死ぬんだからね。


「言っておくが、俺はわざと殴られてやったんだからな」


 負け惜しみのようにも聞こえたけど、最初の一発はそうだったのだろうと思った。

 避ける時間はあったはずだもの。

 高尾先生は動かす、梅吉が来るのを待っていた。梅吉も分かっていたようだ。


「そうかもしれない。でも、その後は避ける事が出来なかったんだろ」

「……ふん」


 高尾先生が煙草に火をつけ、口にくわえる。

 図星か。

 確かに梅吉すごかったもの。どっちかっていうと、高尾先生は肉弾戦より、武器を扱った戦法のほうが強そうだしね。

 私は先生のバイクを見る。さっき見せてもらったけど、ショットガンもどきの他にも、あのバイクには武器が色々装備してあったのだ。


「……琴子、傷が」


 逃げようと動いた時に傷ついてしまったのか、赤くなった手首を見て渋い顔をした。

 再び、高尾先生を睨みつけるが、もう殴る事はしなかった。

 代わりに、焚き火の前においた丸太に自分の上着を脱いで掛けると、そこに私を座らせた。

 胸元から小さなケースを取り出す。蓋を開けると、中にはクリーム状のものが。


「薬だ」


 小さく言うと、私の手首に丁寧に塗りこむ。

 うん。梅吉は言葉足らずだけど、優しいんだよね。

 ごつごつした大きな手で、私の手を壊れ物のように触れてくれるのを見て、私の胸がじんわりと温かくなった。

 高尾先生とは正反対だ。とっても繊細で優しい。きっと、梅吉の心そのもの。

 私は梅吉を見て、にっこり笑顔でお礼を言う。


「ありがとう。梅吉、優しいね」

「……別に」


 素っ気無く言うと、梅吉はそのまま私の横の地べたに少し距離を置いて座る。

 焚き火の明かりに照らされた横顔は少年のようにも、大人のようにも見えた。

 間違いなく言えるのは、梅吉は私の大事な幼馴染ってことだ。もう見知らぬ他人には見えない。


「梅吉」

「……何?」


 私が名前を呼ぶと、梅吉は前を見たまま口を開いた。


「――お帰りなさい」


 梅吉が虚をつかれたように私の方を向いたので、もう一度言う。


「お帰り。梅吉が帰ってきてくれて嬉しい」


 私の笑顔を、梅吉はしばらく呆けたように見ていたが、やがて照れたように顔を伏せ、また上げた。

 はにかんだ笑顔が懐かしかった。


「ただいま」


 恥ずかしそうに言う笑顔を見て、私はまた大きく笑い、二人で微笑みあう。

 なんだか、梅吉の笑顔は子犬みたいで可愛かった。狂犬なんかじゃ、全然無い。

 人懐っこくて、忠実で、本当は寂しがり屋な大型犬だ。


「……青春だねえ」


 私達の後ろで木の幹に寄りかかって座り込んでいた先生が深々と煙を吐き出しながら、星空を仰いで少し羨ましそうに呟いた。



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