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05


「……琴子、大丈夫か?」


 逃走劇を繰り広げて早一時間、梅吉がバイクを止めて聞いてくるけど、私は茫然自失状態。

 最後の方は狼男に狙われる恐怖より、スタンドマン顔負けのバイクテクに、梅吉の背中にしがみついているのがやっとだった。


 そういえば、途中でパトカーのサイレンが聞こえたような気がしたけど、狼男と一緒に撒いたんだろうか? うん、捕まっても困るしね。

 そういえば、私ってば制服のままじゃん。

 走っている間、スカートは当然めくれて……。いや、もう何も考えるな!


 興奮から醒めないままの私を心配したのか、梅吉がバイクから降りてヘルメットを脱ぎ、私のも慎重に脱がしてきた。頭がぼさぼさになっているのが分かる。最悪だ。

 シオンが見たら、悲鳴を上げるに違いない。

 毎晩、お風呂上りに私の髪を乾かして、ブラッシングするのが、シオンの日課なのだ。

 無意識に震える指で髪に手を入れて整える私に、梅吉が聞いてくる。


「大丈夫か?」


 大丈夫なはずないでしょう? あんた、あの運転なによ!?


「……おい、本当に大丈夫か?」


 私が無言で睨みつけていると、梅吉は馬鹿の一つ覚えみたいに同じことを聞いてくる。

 文句つけてやりたい所だが、心配そうな少し切れ長な瞳を見て、私はぐっと抑えた。

 そういえば、梅吉はこういう子だった。

 口下手で、不器用。

 竹蔵が色々と器用な人なだけに、その対比が見事だったな。うん。悪い子じゃないのよ。


「大丈夫。……ありがとう、梅吉」


 私が笑顔でお礼を言うと、梅吉が避けるように目を伏せた。


「……大丈夫ならいいんだ」


 ポツリと言うと、私から離れて警戒するように周囲を見回し始めた。

 その後姿を見て、やっぱり変ったなと思った。

 小さい頃の梅吉はいわゆる肥満児で、ぽっちゃり体型だったんだよね。

 それが今や、背は伸び、竹蔵より高い。服を着ていても、その下の体が無駄な贅肉がいっさいないことを私は知っている。

 だって、ずっとその体にしがみついてたんだもん。


 じっと見ていたら、視線を感じたのか梅吉が振り返った。

 今度は、私が目をそらす。久しぶりに会う幼馴染って、なんか気恥ずかしいね。なんだか、見知らぬ男の人みたいだ。

 目を反らしたのが自然に見えるよう、私はそのまま視線を動かして周囲を見回す。

 いつの間にか、郊外にまで出てきちゃったみたいで、畑の中にぽつんぽんと家が建ち、後ろには野山が広がっていた。

 携帯を見ると、案の定シオンからの着信とメールがすごかった。竹蔵のも合間に入っている。

 心配させちゃってるな。早く返信しなきゃ。

 と、思うのも束の間、梅吉が厳しい顔をして私に駆け寄ってきた。


「琴子、行くぞ!」


 相変わらず必要事項だけを簡潔に言うと、素早い動きでバイクに乗ってヘルメットをかぶる。

 背後を振り返ると、そこには弾丸のように走ってくる狼の姿。

 もう、止めて! 本当、マジで止めて!! 私に休息時間はないのか!?


 私もヘルメットをかぶると梅吉にしがみつくけど、梅吉は中々バイクを発進させない。まさかエンスト? 

 一人焦っている間にも狼男は迫ってくる。

 もうすぐそこだと言う時に、バイクが発進された。同時に梅吉の両手から筒状のものが道に投げ出され、煙幕がもうもうと周囲を立ちこめ始める。

 その煙の壁を突っ切り、梅吉が道路に飛びだす。

 道は二つに別れ、更に三つに別れたけれど、梅吉は迷うことなく曲がりくねった山道へバイクを走らせていく。

 後で聞いた話だけど、梅吉が投げたのは鼻と目を麻痺させる煙幕を出すものだったらしい。

 そのおかげか、狼男を再び撒く事が出来た。

 持つべき者は、忍者の幼馴染。

 私自身は色々問題がある奴だけど、シオンや竹蔵といい、周囲の人達に恵まれているのかもしれない。ん? 

 ううん、シオンはちょっとばかし、いや、かなり問題か。


 それでも、感謝しなければと思っていたら、梅吉が音を立ててバイクを止めた。

 ――痛い! ちょっと、急ブレーキすぎだって! 

 文句を言おうとしたら、梅吉の見つめる先、道の先にいる人物を認めて、私は首を傾げる。


 進行方向には、私達の行く手を阻むように大型バイクに乗った男がいたのだ。

 お次はなんだ!? 狼男に追いつかれちゃうじゃないの。

 嫌な予感がして後ろを見れば、そこには狼男の姿が。

 やっぱりね! ぷんぷん怒っていると、謎の男がヘルメットを脱いだ。


「――月森、頭下げろ」


 何故か、聞いたことがある少し擦れた声を男は出すと、チャキっと音を立てて何かを取り出した。

 え~っと、どうして私の名前を知っているのだとか、その手に持っているのはもしかしてショットガン? 

 とか色々ツッコミたいのは山々なんだけど、私は言うとおり頭を下げた。

 というか、梅吉に無理やり下げさせられた。

 次の瞬間、空を割くような音が頭上を通っていく。そして、爆発音。


「……ちっ、外した」


 再び、チャキッと音がしたと思うと、またも爆発音。チャキッ、爆発音。チャキッ、爆発音。三回、その繰り返しの後、キャウンっという動物の悲鳴。


「はっはー!!」


 男が楽しげに笑い声を立てる。

 恐る恐る頭を上げると、後ろには狼男の姿はなく、折れた木の枝が何本も道路に転がっていた。

 葉っぱや小枝も散乱している。これって、もしかしてショットガンもどきのせい?


「……こいつは特殊な武器でな。化け物相手にも効くんだよ」


 謎の男が武器を褒めるように手で撫でるとバイクに置き、煙草を取りだして火をつけた。


「しとめる事は出来なかったが、怪我を負わす事は出来た」


 美味しそうに煙を吸い込み吐き出すと、顎をしゃくる。


「そこの、後ろの崖の下を落ちていったみたいだ。まあ、化けもんだからな。すぐに這い上がってくるだろう」


 男の言葉に、私は梅吉に手伝ってもらいながらバイクから降り、狼男が落ちていったであろう道の下を見る。

 確かに結構な崖だ。おまけに下は流れの速い川。

 川に落ちたかな? どうぞ、そのまま流されちゃっていってくださいな。男も同じことを思っていたみたいだ。

 私達の隣に立ち、崖の下を覗き込む。


「あのまま死んじまったのなら、都合がいいんだけどな。ああ、でも死体を見つけんのが面倒だ。証拠がないと金貰えねえからな」


 不思議そうな顔をする私を見ると、にやりと笑う。


「あの狼男には莫大な懸賞金がかかってんだよ。奴の首を貰えば、一攫千金。月森、付き合えよ。どうせ、お互い学校はサボりだからな。お前がいれば、奴はまた来る」


 馴れ馴れしく話しかけるな。お前、一体何者だ。

 梅吉も不審そう目をして男を睨みつけ、私をかばうように前に立つ。


「……おいおい、俺が誰か分かんないのか?」


 男が煙草を加えながら、可笑しそうに言う。

 分かんないよ。こんな人、始めて会った。

 長めの髪を後ろに梳き、三白眼で、酷薄そうな唇をした男――。そこで、私ははたと思いつく。



「……もしかして」



 男が、冴えない“タカセン”こと高尾先生が満足そうに笑む。


「月森。先生は悲しいぞお。大事な生徒が、学校サボってこんな所で不純異性交遊とは」


 私と梅吉を見比べて、くっと口の端を上げる。


「……せっ、先生! なんで、なんで……」


 動揺する私を他所に、高尾先生は深々と煙を吐き出す。

 その様子は、なんと言うか柄が悪い。

 黒縁眼鏡を取った顔もなんとなく軽薄そうだ。汚れた白衣を着た地味でイケてない“タカセン”はどこに行ったのだ?


「普段は副業で教師なんかやってるが、俺の本職はモンスターハンターなんだよ」


 副業が教師って可笑しくない? っていうか、モンスターハンター?

 ツッコミどころ満載なのは、私が会う奴に共通して言える事だ。

 私が目を丸くしてあわあわしてるのを見て、高尾先生が小さく噴出す。


「可愛いなあ、月森は」


 まるで小動物を見るかのような目をして、手を伸ばして私の頭を撫でようとしてくるけど、梅吉によって手を振り払われる。

 私も驚いたけど、高尾先生も同様みたい。

 自分を無言で睨みつけてくる梅吉を意外そうに見つめ返す。けど、すぐに口元が面白そうに歪んだ。


「……あの変態といい、この坊主といい、お前の周りにはボディガードが多いな」


 高尾先生から見ても、シオンは変態なのね。お気持ちは分かります。


「でもなあ、嫌でも付き合ってもらうぞ。月森」


 私を見つめる目が、小動物ではなく獲物を見つけた捕食動物に変化する。


「さっきも言ったように、あいつはお前がいれば必ず来る。お前は餌だ。大事な餌。お前を囮に、あいつを釣る」



 ……ああ、分かってる。私って運が悪いってね。



 どうしてこう私の周りって、まともな人間がいないのよ!?




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