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番外編・節分

 突然ですが、私逃げてます。


 何故って? 今日は節分ですよ、みなさん。鬼が来ます。


「ぎゃあ~!!?」


 私は絶叫しながら、夜の住宅街をがむしゃらに走る。

 まさか、本物の鬼が来るとは誰が思うかって話だよね。

 え~っと、最初から話すと子供の頃から竹蔵の家の庭で毎年豆まきしてるんだ、私って。

 鬼役はいつも竹蔵のお父さんとシオン。本物の陰陽師と吸血鬼が鬼のお面をつけてうろつく姿は中々シュールだ。

 松兄も時々鬼役をやってくれてたんだけど、ある節分の夜、謎の武装集団によって豆の代わりに手榴弾を次々と投げられ、そのまま逃走して行方不明なのはまた別のお話。

 今、話さなければならないのは現在進行形の話だ。


「いやああ~!!」


 相変わらず私は悲鳴をあげながら走り続ける。


「もう嫌。本当に嫌! いい加減にして!!」


 私は喚きながらも走ることを止めない。

 いや、だってね。すぐ背後に、絵に描いたような金棒もった鬼が追いかけてきてるんだよ。

 鬼は二人。

 鬼らしく背が高くごっつい体型をしている。服装はピチピチのレザーのベストと短パン。頭には確かに二本の鬼が生えてるけど、サングラスをかけているのでその顔立ちまではよく分からない。ご丁寧に、それぞれ赤と青の衣装である。

 こんな変態ぎりぎりの格好でいいんだろうか。なぞだ。


 でも、吸血鬼が鬼のお面つけちゃう時代だし、毎年ご贔屓にしているサンタクロースのおじいさんは去年のクリスマスには、マフィア風のいでたちで、きらびやかなお姉さんたちをひきつれ玄関からやってきた。

 いくらお馴染みさんとはいえ、もうちょっと夢のある登場のしかたをして欲しかったところである。

 その後も私にセクハラまがいの事をしてシオンを怒らせるし、プレゼントはセクシーな赤い下着のセットだったし散々だった。

 まあ、詳しい話はまた今度。私は鬼から逃げなければいけないのだ。

 ちなみに、この鬼たち、例年通り竹蔵の家で豆まきしてたら出てきました。

 豆を投げても効き目はなし。シオンたちが防いでくれている間に逃げたんだけど、しつこく追いかけてきたのだ。そして今にいたる。

 これぞ、リアル鬼ごっこ。

 と、その時、赤鬼が金棒を一振りした。

 すると強風が勢いよく舞い起こり、私の身体が軽々と浮いたと思ったら、十メートルばかり先まで飛ばされてしまった。


「フォー!!」


 あまりのことに、変な悲鳴をあげてしまう。

 悲鳴をあげながら、そのまま道路にごろごろと転がるのを止められない。

 むむ。やるな。鬼のくせに。

 いや、鬼だからか。視界の隅で鬼達が迫ってくるのを見て私は慌てて立ち上がろうとするけど、身体中を打ち付けてしまったため痛みで上手く動けない。

 私は焦る。もう鬼はすぐそこだ。

 金棒を振り回しながら迫ってくる鬼の姿に、私はごくりと喉をならす。頭に角を生やしたレザーパンツの鬼。間近で見るとただの変態だ。

 その時、銀色の光が闇夜に走った。 


「……ポチ」


 ふわりと、美しい銀狼の尻尾が揺れる。


「大丈夫か。琴子」


 狼のくせにやたらと美声だ。その姿も神々しいばかりに美しい。

 ポチの凛々しい姿に気おされたのか、鬼たちも低い唸り声を鳴らしながら立ち止まるけれど、すぐにその金棒を振り回した。

 同時に、金属同士が触れ合う鋭い音が響く。


「梅吉!」 


 少し離れた家の屋根に、梅吉が立っていた。その手には手裏剣が。

 険しい顔の梅吉の姿に、威嚇にも聞こえる唸り声をあげる鬼たちだったけど、急に周囲が明るくなったのを見て慌てたように周囲を見回す。

 私も驚き、一緒に左右を向くと、鬼火がいくつも宙に浮いていた。

 にこり、と爽やかな笑顔を鬼火が照らす。

 両手を印の形で結んだ竹蔵が、鬼の背後に立っていたのだ。


「もう大丈夫だよ。琴」


 極上の笑顔でそんな事言うもんだから、私もつい笑ってしまう。竹蔵の笑顔って本当すごいな。

 安堵で肩を落とす私の身体をやわらかい風がふわりと包み込む。


「……琴子」

「シオン!」 


 もうそのちょっとした空気の流れで、私はその人が分かってしまう。

 シオンの首に両腕をまわして抱きつく私の頭にキスが落とされる。

 顔を上げると、子供の頃から親しんだ大好きな人の笑顔があった。

 うん。やっぱり、シオンといると安心する。どんな困難な状況でも大丈夫っていう安心感がある。


「……ああ。琴子、そんな可愛い顔をしたら、僕はっ!」

「だ~め~!!」


 少し前まで余裕の笑みを見せていたくせに、すぐにだらしなく蕩かせた顔を近づけてきたので慌てて両手で押し返す。


「じゃあ、頬っぺただけでも!」

「駄目だったら駄目!」


 シオンと私でくだらない攻防戦を繰り広げていると、呑気な声が聞こえてきた。


「お~。無事だな」


 高尾先生だ。咥え煙草をしながら、のんびり近づいてきたと思ったら鬼たちの姿を見てビクッとなる。


「えっ? これ、鬼?」


 鬼たちを指差しておののく。


「変態だろ、これ」

「変態です」


 間髪いれず私が同意すると、鬼たちが抗議するように唸った。 


「何にせよ、琴子を追いかけた罪は重い」


 私を背中に庇い、シオンが不敵な笑みを浮かべる。


「同じく」


 竹蔵が頷き、屋根の上にいる梅吉を見て眉をひそめる。


「今年は久しぶりに、梅吉も一緒に豆まきができるって母さんたちも喜んでたのに」


 梅吉がちょっと恥ずかしそうに頭を掻く。

 本当そうだよね。梅吉は今まで忍びの里にいて離れ離れだったんだもん。私だって子供の頃以来で楽しみだったのに。


「すぐにまたできる」


 ぐるるっとポチが唸り、鬼たちに牙をむく。


「そうそう。変態にはさっさとご退場してもらって戻ろうぜ」


 高尾先生の手にはいつの間にか拳銃が。

 今年の節分には、梅吉のほかに、ポチと高尾先生も参加しているのだ。

 せっかく大人数で楽しんでいたというのに、途中からこんなことになったのは、やっぱ私の不運体質によるものなんだろうな。臨場感はあるけど台無しだよ。

 私は改めて、シオンの背中越しに鬼たちを睨みつける。

 シオンたちが間合いを詰めるを見て鬼達も身構えるけど、見れば見るほど変態度数が高いので、ちょっと間抜けた光景だ。

 鬼達も含め、私達も大真面目。

 両者睨み合いが続き、まさに一触即発といった時、子供の明るい声が私達の間を割って入ってきた。



「鬼は~外!」



 節分の日なんだから当たり前だろうけど、今の状況には不釣合いな言葉に、一瞬私達は動きを止めてしまう。


「鬼は~外! 福は~内!」


 ぽつん、ぽてっと私達の顔に、身体に小さな豆が当たり、はじかれる。


「鬼は~外!!」


 豆は鬼にも当たる。


「福は~内!」


 きゃっ、きゃっという笑い声と共に、五、六歳ぐらいの男の子達三人が、折り紙で折ったらしい箱に入った豆を楽しげに投げながら、呆然とする私達の前に現れた。


「鬼は~外!」


 すると、驚くべき事に鬼達が、豆が身体に当たるとまるで熱い火の粉にでも当たったかのように悲鳴をあげて後ずさりしはじめたのだ。


「鬼は~外!!」


 子供達は止まらない。

 無邪気な顔をして、じりじりと後ずさる鬼達を追いかけ、豆を投げ続ける。

 その攻勢に、ついには鬼が周囲をぐるぐると逃げ始めた。


「あっち行け~!!」


 わあっと歓声が上がる。

 予想外の光景に私もシオンたちもただただ呆然と見守るだけだ。子供達は勢いよく豆を投げては、鬼が悲鳴を上げ逃げ惑うのを見て笑う。

 よくよく見ると、折り紙の箱はその手に見合って小さいのに、その中の豆の量は減らないのだ。

 ごくりと私は唾を飲み込む。

 最初、私は近所の子供達が出てきてしまったのかと思ったんだけど、どうやら違うみたい。


「鬼は~外!! やった~!! 逃げたあ!!」


 ついに、くるりと背中を見せて走り出した鬼達の姿に、子供達がぴょんぴょん跳ねる。 


「鬼は~外! 鬼は~外!!」


 鬼が退散した方向に声を揃えて豆を投げてはしゃぐ姿はとっても可愛らしいけど、この子達っていったい?

 梅吉も屋根から下りてきて、私達は互いに顔を見合わせ、また子供達のほうに戻す。

 すると、子供の一人がぴょんっと一際大きく跳ねた。


「モモタロー兄ちゃん!」


 子供の視線を追うと、いつの間にやって来たのか私達の背後に一人の青年が立っていた。


「モモタロー兄ちゃ~ん!」

「みてた? やっつけたよ!」

「鬼のやつ逃げたんだぜ!!」


 子供達が弾けるような歓声を上げながら私達の間をすり抜け、青年の長い足にじゃれつく。


「見てたよ。みんな、立派だったな」


 青年が誇らしげに微笑んで、一人一人頭を撫でる。撫でられるほうも嬉しそうだ。

 年の頃は二十代はじめぐらいかな。肩先まである長髪を結わうこともせず、風に揺れるに任せている。

 整った顔立ちの白皙の美青年である。和風な雰囲気に対して服装はロックテイストだけど、それがまた似合う。今時の若者だ。でも、モモタローか……。 


「犬丸、雉彦、猿之進、よくやった」


 ぶっと、高尾先生が小さく吹き、モモタローさんに褒められて嬉しそうに笑う子供達から顔を背け、肩を震わせる。


「おれが一番たくさん投げたんだぜ」

「違うよ、ぼくだよ!」

「ぼくだよ! ぼく! モモタロー兄ちゃん見てたでしょ?」


 三人がわあわあと口げんかするのを、モモタローさんはにこにこ見てる。

 いい人そう。イケメンだし。

 しかし名前が、モモタローかあ。と、モモタローさんがこちらを向いたので、ドキリとする。

 私と目が合うと、にこーっとする。いやん、本当にイケメン。もうモモタローでもいいよ。


「みなさん、ご迷惑おかけしました」


 すらりとした外見のわりに意外に野太い声をだして、モモタローさんが丁寧に頭を下げる。

 お供のちびっこ三人も釣られて小さな頭をぺこりと下げるのをみて、私も慌てて頭を下げ、お礼を言う。


「ご迷惑なんてとんでもない。どうも、ありがとうございました!」


 モモタローさんが目を細める。


「この日、奴らを退治するのが先祖代々受け継いできた私の役目。お礼なんてとんでもない」

「モモタロー兄ちゃんはすごいんだぞ!」

「一番強いんだ!」

「鬼も兄ちゃん見ただけで逃げ出すんだから」


 我が事のように、犬丸くんたちが自分の胸をはるのを見守るモモタローさんの口元は柔らかい。


「話したいこと、聞きたいこともありますが」


 一見、正体不明であろう私達の姿に、モモタローさんは興味深そうな表情を覗かせるものの、結局また綺麗に頭を下げた。


「今日、私達にはまだ役目が残っています。全国の鬼を退治しなくては。これで失礼します」

「あっ。はい、頑張ってください」 


 私も深々と頭を下げる。

 梅吉も軽く下げ、竹蔵はお共三人衆に頑張ってねとエールを送った。シオンも小さく頷き返し、ポチは尻尾をを一振りし、高尾先生はにやける口を手で押し隠している。


「それでは」


 可愛いお供を引き連れて、闇夜に消えていくモモタローさん。


「なんで、カタカナなんだよ」 


 と、呟く高尾先生の足を蹴りながら、その姿が見えなくなるまで私は鬼退治の一行を見送った。



 こうして、ちょっと不思議な節分の夜の逃亡劇はひとまず終了。



 私達は竹蔵の家に戻ると、おばさんが用意してくれた恵方巻きをみんなで縁側に並んで立って黙々と食べながら、今この瞬間もきっと鬼退治に勤しんでいるであろうモモタローさんたちに感謝したのでした。


 

 後日、歌番組で今注目の若手ロック歌手としてノリノリでシャウトするモモタローさんの姿を見る事になるんだけど、それはまた別のお話。




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