20
「……あわわ」
あまりの迫力に呆然とする私の顔に影が差す。
「お前も苦労すんな」
「先生ぇ……」
情けない声を出す私の頭を、高尾先生がしゃがみこんで撫でる。
「俺としてはこんなガキンチョのどこが良いんだか、さっぱり分からないんだが……」
「ガキンチョじゃないもん!」
私がむうっと反論すると、先生が口の端を上げる。
「そういうところがガキなんだよ。まあ、可愛いとは思うけどな」
ぺし。
「おっ? なんだよ」
ポチが尻尾を振って、自分の足をはたいたのに気づき、高尾先生が眉を上げる。
ポチは何も言わない。ふんっとふて腐れたように、自分の両前足に顎を乗せて無言を通す。
「……へえ」
したり顔で先生は一つ頷き、最後にもう一度私の頭を軽く叩くと、立ち上がった。
「月森。幸せもんだな、お前はよ。色々大変だろうけど、学校にはちゃんと来いよ。あと、友達も作れ。難しいかもしれんが、いたらいたで良いもんだぞ」
ふん、だ。何よ。先生ぶっちゃってさ。
「……こんな私でも出来るかな?」
「出来るさ」
高尾先生が優しく言う。優しすぎて、ちょっと泣きそうだ。
ハンターが本業で、教師が副業なんて言ってるけど、ちゃんと見てくれてるんだな。
私が学校で孤立してるの知ってるんだから。
「まったく、ちょうど土日で助かったよ。けど、明日からまた学校かあ。ったく、一週間肩こるぜ」
コキっと肩をならし、梅吉へと話しかける。
「お前も学校行くんだったら、色々手続きが必要だからな。親御さんとよくよく話し合えよ」
竹蔵とシオンの争いを見守っていた梅吉だけど、その言葉に高尾先生と入れ違うように近づいてきた。
すれ違う寸前、先生が梅吉の肩に手を置き、意味ありげににやりとし、梅吉が強張った表情を見せたのが気がかりだったけど、まず疑問に思ったことを私は尋ねる。
「……梅吉。学校に行くの?」
私の問いに、梅吉が私の前に跪きながら小さく頷く。
「ああ。一応、あいつも教師だからな。相談に乗ってもらってたんだ」
そっか。じゃあ、さっきのやり取りはそのことだったのかな? いつの間に仲良くなったんだろう。
「忍びの里は? 家に帰ってくるの?」
「修行はもう終わったから……。家に帰って、今更だけど学校に行こうと考えてる」
「そっかあ」
私の胸に昔の思い出が甦る。
子供の頃、よく梅吉の家で遊んだな。現在、絶賛行方不明中の松助お兄ちゃんがいて、竹蔵がいて、梅吉がいた。楽しかったな。
「じゃ、また一緒に遊べるね」
えへへっと笑う私の顔を、梅吉がじっと見つめてくる。
それは、ちょっと戸惑うほどに長い時間だった。
私が首をかしげながら見つめ返すと、梅吉は一回顔を伏せ、また上げる。その顔は何故だか真っ赤だった。
「……梅、吉?」
「……俺も諦めたりしないから。絶対」
そう、搾り出すように言ったかと思うと、気が付いた時には梅吉の耳まで真っ赤になった顔がすぐ前にあった。
「あっ!?」
と声を上げたのは、シオン。戦闘中だってのに、よく気づくな。
それは、竹蔵も同様で一瞬驚いたように目を見開いたものの、余裕の笑みを浮かべ、茹でたこのようになった梅吉を優しく見つめる。
ポチはというと、目前で行われた私達のキスシーンにあがっと口を開け、不器用に私の口に当てられ、すぐに離された梅吉の動きを、不意を付かれたように目だけで追いかける。
「いよっ! ご両人、熱いね!!」
両手の人差し指と中指を口に入れ、ピュ―、ピューと口笛を吹く高尾先生だけが唯一能天気で、パチパチと拍手をしながら梅吉を叱咤激励する。
「でもな、もうちょっと長い時間でもいいんだぞ。それに、位置がちょっとずれてた」
「う、うるさい!!」
相変わらず真っ赤になったまま梅吉は怒鳴るも、先生はにやにやとするだけ。
「いいね、いいね。若いもんは勢威が良くて。今度は、俺が昨日言ったとおりちゃんとやれよ」
何よ? 先生ってば、何か梅吉に入れ知恵したわけ? そうだよね。じゃなきゃ、梅吉がいきなりこんな事するわけないもん。
濡れた感触が一瞬だけ掠めた唇を手で押さえる私も実は相当真っ赤になってると思う。キスなんて、シオンから死ぬほどされてるのに、なんでこんな恥ずかしいの?
やばい、梅吉のことちゃんと見られない。頭が沸騰しそうだ。
唇に拳をあて真っ赤になったままの梅吉だけど、すぐに改まったようにその場に正座して私を見る。
それに気づいた私はおもわず赤く染まった顔を両手で筒込むようにして覆い、下を向いてしまった。
「……琴子」
真っ赤になってうつむく私に、梅吉が震える声で言う。
「その……。そういうわけだから」
「ちゃんと言え~」
「うるさい! 黙れ!!」
くわっと先生を怒鳴ると、また梅吉が私に向かい合うのを感じる。
不思議な事に、うるさいシオンも含めてみんな口を出してこない。みんな待ってるのだ。
何をって? 言わせんな。恥ずかしい!
そして、いやがうえにも高まる緊張を前に、ついに梅吉が決定的な言葉を言う。
「その……。昔から、好き……だった」
その声に、方々からほおっと息を吐く音が聞こてきた。
なんで、みんなも緊張してんのさ?
「ずっと、ずっと好きだったから……」
「……うん」
顔を上げられないまま、私は小さく頷く。
うつむいた視線の先には、きちんと正座した両膝の上に置かれた梅吉の手。竹蔵とも、シオンとも違う、ごつごつとした男らしい手だった。
「だから……」
梅吉がスッと息を飲み込み、音が静寂の中で響く。
「……だから」
「うん」
おずおずとだけど、私はようやく顔を上げはじめる。
上げた先には私を真っ直ぐに見つめる、眩しいほどに真剣な梅吉の顔。
「だから、竹兄にもシオンの奴にも負ける気はないから」
「うん!」
私は潤んだ目をして大きく頷き、声を出して笑う。
「ありがとう、梅吉」
なんだか、本当に梅吉の気持ちが嬉しくて、幸せだったのだ。
今にも泣きそう。だって、こんなに真面目な告白をされたことはなかったから。
私が笑ったのを見て、梅吉も照れたように一緒になって笑った。
その笑顔はやっぱり子供の頃と同じで、私達は顔を見合わせてにこにことする。梅吉の家の庭でいつもやってた、おままごとの時間に戻ったみたいだ。いつも私が一方的に喋ってるだけだったどね。
ぐす、という音に目を向ければ、高尾先生が横を向いて鼻を鳴らしていた。
薄っすらと目尻に涙が光っているように見えるのは気のせい? あの年になると、男の人も涙もろくなるのかな?
「……諦めないのは僕も同じだとも」
ゴオオオっと効果音でも聞こえてきそうな勢いで、シオンがゆらりゆらりと近づいてきた。
「右に同じく」
シオンの後に続き、竹蔵が歩み寄ってくる。
「でも、梅吉。お兄ちゃんは嬉しいよ。兄として、弟の成長をまた一つ見ることが出来たからね。松兄にも聞かせてあげたかったよ」
「……ううっ」
梅吉が恥ずかしそうに呻くけど、キッと顔を上げる。
「ま、負けないからな!」
「うん。僕も負けないよ」
そう言って、また私をじっと見てくるので、戻りつつあった顔の赤みがまた復活した。
「ぼ、僕も負けない! 負けないからね、琴子!」
シオンが二人を押しのけて身を乗り出してくる。
「はいはい、分かった」
「琴子ぉ……」
いや、もうそんな顔されても言われすぎて、麻痺しちゃってるよ。
それに――。
分かりやすく落ち込むシオンへ、私は悪戯っぽく微笑みかけた。
無言で微笑む私を、シオンが不思議そうに見るけど、私は黙ってる。
うなだれ、しおれる様子が可愛いなんて、絶対言わないんだから。
「それで、琴子」
竹蔵がにこやかに口火を切る。
「うん?」
「誰を選ぶ?」
「ぶへっ!?」
い、いきなりそんな事言われても!
「もちろん、僕だろ!?」
シオンが自信満々に、自分の胸を指差す。
「いや、あの……」
うろたえ、動揺する私をよそに、竹蔵はにこにこ笑ってるし、梅吉は緊張した面持ちでじっと待ってる。
高尾先生に目でSOSを求めても、「自分で決めろ」 とあっさり言われてしまう。
迫ってくる三人の無言の圧力に、私は困り果てる。
その時、私の手をつつく冷たい感触があった。横目で見ると、そこにはポチ。私の目を見て、無言で何かを訴えかける。
――うん、決まった。
私は頷き、手を伸ばす。
三人が同時に私の動きに気づき、手を伸ばして止めようとするけど、ポチのほうが早かった。サッと立ち上がり、私を背に乗せると、風のごとく三人の前から走り去ったのだ。
「琴子!!!」
逃げる私を追いかけてくる三人の声と気配を背後に感じる。
高尾先生の、「ありゃあ」 とあくまで他人事な声も。でも、ポチは早い。ぐんぐん、みんなを引き離し、疾走のように森の中を駆け抜けていく。
だって今すぐに誰か一人を選ぶなんてできないもん。とりあえず、この場からの逃亡を選んだ私は卑怯者なんだろうな。
三人に罪悪感を感じつつ、目も開けてられないほどの高速疾走の中、私はポチの首に必死でしがみ付く。
「ポチ! 結構引き離したし、もう少しスピード緩めてもいいよ!」
ポチは無言で走り続ける。しかも、そのスピードは更に増していった。
「ポ、ポチ?」
くいっと、ポチの口の端が上がる。
「琴子。このまま行こう」
「ど、どこへ?」
「俺達の家へ。二人だけの家へ」
「はひぃ!?」
素っ頓狂な声を上げる私を乗せて、ポチは幸せそうな顔をして走り続ける。どこまでも走り続ける。飛んでるみたいに軽やかな足取りで走り続ける。
背後では、執拗に私を呼ぶ声が微かに聞こえた気がしたけど、ここで彼らに助けてもらっても、その後が怖い。
また選択肢を迫られるのは目に見えてる。かと言って、このままポチと逃避行の旅に出るわけにもいかない。
十六歳の誕生日はついに明日に迫った。私はいったいどうすればいいのやら。
この状況って、良いの? 悪いの? 幸せ? 不幸? ラッキーなの? それとも?
ねえ。でも、やっぱり私って運が悪い気がするよ。
この後も、彼らと私の話は続くんだけど、みんなにお話しするのはまた次の時にね。




