17
「魔女!!」
くわっと、頭上に目を向ければ、そこには箒の上に乗る魔女の姿。
「……あんたねえ。あんたねえ、今度という今度は許さないんだからね!」
「やだあ。怖いっ」
きゃっと、魔女が可愛らしく身を縮めてくれるが、その様子は私の沸騰点をますます上げる以外、効果はない。
「ふざけんじゃないっつの。人を崖の上から落としておいて。危うく死ぬとこだったじゃないの!」
「でも、死ななかったでしょう?」
「そうだけど、関係ない狼男まで危ない目にあったんだよ!」
「でも、彼だって大丈夫だったじゃなあい?」
「そ、そうだけど!」
殺気だった私とは裏腹に、魔女はいたってマイペースだ。
そのペースに飲み込まれそうになる自分をなんとか立て直そうとするものの、魔女は止まらない。
「崖から落ちても大丈夫。滝に巻き込まれてもまだ生きてる。おまけに怪我一つなし。あなたと一緒にいたその彼もね」
人差し指を頬にあてながら首を傾げる仕草はおもわず殴りたくなるほど人を苛立たせるものだけど、間の抜けた声音とは違って、その目は相変わらず冷めていて少し怖い。
「だいたいねえ、私なんかよりそのワンちゃんのほうがあなたの命狙ってたじゃなあぃ? それなのにお咎めなしなのぉ?」
「それは! そりゃ、最初は私のことずっと狙ってたけど、それはあんたに騙されたわけで……」
抱きしめたまま狼男を見ると、彼は私の腕の中でじっと魔女を見ていた。
「今はもう……。少なくとも、私のこと助けてくれた。そのことはすっごく感謝してるよ。私」
上手く言葉にならなかったけど、本心だった。
狼男には本当に感謝してる。命を狙われたのだって帳消しにしていいぐらい。
そもそも、私の命を狙ったのも魔女に騙されての事だしさ。
「まー。そーねー」
真摯な気持ちになっている私とは違い、相変わらず魔女はのほほんとしている。
「でもでもぉ。最初はあなたの命を狙っていた。喰らおうとしていた」
「今は違う! ……そうだよね?」
ついつい念を押す形になってしまったのは、やっぱり食べられるのが怖いから。
「そうだ」
素っ気無く言う狼男の言葉に、ほっと息を吐く。
「やぁだ。つまんない!」
魔女が駄々っ子のように首を振って、むうっと口を尖らす。
「知るか!」
あんたが、つまんないかどうかなんて関係ないでしょうが!
そう言うと、魔女はいっそうむくれる。
「ええ~。大事なことよ。それって。私みたいに長生きしてると、何か暇つぶしになるような娯楽が欲しいのよぉ」
「その暇つぶしに私を使うなっての!」
「もうっ。この子ってば、ジルと違って反抗的。こんなんでいいの? あなた」
シオンに言うも、何だそんな事と、にっこり返される。
「そこが、また良いのさ」
私を優しく見つめ、甘ったるい表情を作った。
「それに、ジルも中々頑固な娘だった。大人しそうに見えたが意思は強かったよ」
「……やあね。惚気ちゃって、おじさんが。キモッ」
魔女が気分を害したように眉をしかめ、ボソッと呟く。
キモいのは認めるけど、あんた、シオンより年上じゃなかったけ?
「えっ? キモいのは認めるんだあ」
意外そうに魔女が目を丸くする。
魔女、もしかして私の心読めてる? 疑問に思いつつも私は頷く。
「うん」
「……こ、琴子」
「ま、しょうがねえよな」
シオンが愕然とするが、高尾先生は肩をすくめる。
「変態ロリコン親父で、吸血鬼。これで、キモくなきゃ何なんだよ」
あれっ? 竹蔵が先生の言葉に微かに頷いたように見えたのは気のせいかな。
ちなみに、梅吉と狼男の表情は読めないけど、二人共なんとなく皆と同意見のような気がするぞ!
「まあ、シオンがキモいってことはひとまず置いておいて」
「待て! 僕は納得してないぞ」
シオンが喚くのを無視して、魔女は続ける。
「ワンちゃんがいっくら命を狙い続けても、いつも良いタイミングで皆が助けてくれたわよねぇ」
うん。これにも同意。みんな、私のこと助けてくれた。本当、感謝だよ!
「それ以前だって、そうよねぇ」
毛先をクルクル指で巻きながら、魔女が考え込むように眉をひそめる。その表情はいつになく真剣だ。
「前に一回、あなたと遊んだ時も間一髪ってところで危機を脱していた」
う~ん。そういえば、そうだったかな。ああ、詳しい話はまた今度ね。
「よくは知らないけど、いつもそうなんでしょう?」
「えっ? ……いや、そうなの、かな?」
魔女に問いかけられても、上手く答えられない。
だって、いつも不運ごとに巻き込まれてきたっていう印象しかない。
確かに、いつもギリギリで助かってきたかもだけど、シオンや竹蔵に助けられてきたことが大きいんだよね。
だけど……、だけど本当にそれだけなんだろうか?
「ジルもねえ。そういう子だった」
昔を思い起こすように、魔女が睫を伏せて目を細める。
「あれだけ強力な呪いをかけていながら、常に彼女は無事だったわ。周りにいる人達のほうがむしろ巻き込まれたりしたしね」
と、シオンを見てふふんっと笑う。
「僕は満足だ」
前世での出来事なのに、一気にクールダウンして気分が沈む私をすくい上げるように、シオンが即答する。
「おかげで、他にはない能力を持ち、永遠に彼女と共にする事が出来るようになったんだからね。だから、琴子。君が気にすることはまったくないんだよ」
力強く言うと、私へと優しく微笑みかける。
「……シオン」
「ああ、いいから。そこ、甘ったるい雰囲気作るんじゃないの。とりあえず、今は話に戻りましょう」
ハッと、魔女がつまんなそうに手を振るので、私も慌ててシオンと見つめあうのを止める。
「は、話って……」
「――君が、とてつもなく幸運な星の下に生まれたことだよ」
静かにそう言いきったのは、竹蔵だった。
「竹蔵?」
「琴。自分でもそう思わないかい?」
戸惑う私を追い詰めるかのように、竹蔵は私の両肩に手を置いて言葉を重ねる。
「君は不運なんかじゃない。幸運なんだよ」
「な、何言ってるの?」
「君が不運ごとに巻き込まれるのは、魔女の呪いのせいだ」
宙に浮かんだままの魔女をちらりと見上げるけど、すぐに私に顔を戻す。
「確かに、琴は今まで厄介ごとに関わってきた。だけど、それは全部呪いのせいだ。でも、どうだろう? いつだって、君はそれから逃れる事が出来た。全部、ほとんど無傷でね」
「そ、それはっ」
「シオンや僕が助けたお陰かもしれない。だけど、それだけじゃない。それだけでは説明できないんだよ、琴子」
間近で見る竹蔵の顔は真摯で、口調は穏やかだけど、確固とした強い意志が感じられた。
「ご両親が死んだ時、君だけ枝に引っかかって助かった。何度、車に引かれそうになった? そのたびに無事だったのは? 洪水にあおうが、火事にあおうが、君は無事だった」
「でも、たけぞ」
「銀行強盗にあった時はどう? 警察に追い詰められた奴らが狂ったように銃をぶっ放したにもかかわらず、不思議な事に銃弾は全て君の体をそれて飛んでいった。まるで君を避けるかのようにね。飛行機が墜落した時も、船が沈没した時も、隕石が落ちた時でさえ君は無事だった」
「……どんだけデンジャラスな日々をおくってんだよ」
熱弁をふるう竹蔵のその内容にドン引きしたようで、先生が強張った顔で呟く。
「確かに普通じゃ考えられないような目に君はあってる。その度に、通常なら無事ではすまないような状況の中で君は無事だった。ただ、運が良いというだけでは済まないんだよ!」
「……信号が全部、青だった」
ぽつり、と呟いたのは梅吉だ。
「梅吉?」
竹蔵の肩越しに、梅吉に問いかけると、彼もまた真剣な顔つきで繰り返した。
「全部、青だったんだ」
「……青」
「学校からずっと、こいつに追いかけられただろ?」
いつの間にか私の腕を抜け出し、寄り添うように側に座っていた狼男を見て言う。
「お前をバイクに乗せてずっと走った。いつ、赤になるか不安だった。こいつは信号なんか無視して俺達を追いかけてくるのは分かっていたからな。でも……」
「でも、青だった」
竹蔵が引き継ぐ。
「ああ。ただの一度も、赤にならなかったんだ」
「本当かよ」
信用しかねる様子で高尾先生が顔をしかめる。
それは私だって同じ。意味がわかんないよ。信号が赤にならなかったぐらいで何? たまたまでしょ。
「高尾さん。僕にもそういう経験がありますよ」
竹蔵がそれと分かるぐらいに口角を上げて、まだ信じがたい顔をしている先生に言う。
「山ほどね」
「……シオンは? シオンはどうなの?」
私が聞くと、シオンは少し間を置いた後、息を深く吐く。
「竹蔵の言うとおりだ」
顎に手をやり考え込むように、一つ一つ言葉を口にしていく。
「もちろん、全力で君を守ってきた。そのことに嘘はない。でも、どうしても僕の手が及ばない時がある。だけど……不思議な事にいつだって君は無事だった。僕が駆けつけると、危険な状態には置かれているものの、いつだって傷一つない君がそこにはいた」
私を見、その先にいる誰かを懐かしむように目を細める。
「ジルもね」
愛情のこもったその声に嫉妬する私は変だ。だって、ジルは私の前世なんだから。
「……確かに、そうだったな」
狼男も思い出したかのように、小さく呟く。
「そうね」
魔女も同意する。
「いっくら、こっちが殺そうとしようが、嫌がらせしようが、呪いにかけようが、あの子は無事だった。本当、おっそろしいほどの悪運よ」
「幸運だ」
すかさず、竹蔵が言い換える。
「それも、私の最強の呪いさえはねのけるほどのね」
魔女がふんっと口を尖らす。
「……もうっ。プライド傷ついちゃうわ」
子供のように拗ねた魔女の横顔を私は呆然と見つめる。
次に、竹蔵を見、優しい笑顔を返された。梅吉、先生と順に顔を移動し、最後にシオンへと目を止める。シオンが小さく頷く。
急展開に唖然としてついていけなかった私だったけど、シオンの甘い微笑のおかげで肩の力が抜けた。
ようやく、止まっていた時計が正確に時を刻みだす。同時に、いま言われた事が徐々に体にしみこんでいく。
私は不運なんかじゃない。
滅茶苦茶、ラッキーな星の下に生まれたんだ。




