15
私は落ちる。
真っ逆さまに、崖の上から落ちる。
崖の下はめちゃくちゃ大きな滝。更に、その滝の下には流れの激しい川。
その半端無い濁流具合には眩暈がしそうだ。もう落ちてる段階で今にも気を失う寸前。むしろ、気を失ってしまった方がいい。
なのに、私の意識はこれ以上無いぐらい冴え渡っている。
猛スピードで真っ逆さまに落ちているはずなのに、スローモーション状態で周囲が良く見える。
よく体験談とかでそんな話を聞くけど、これ本当だね。
なんかコマ撮りみたいだよ。ちなみに、走馬灯はまだ来ない。だけど、確実に終わりが近づいている事は間違いようがない事実だ。
私は狼男の首にギュッとしがみつく。
そう。私と一緒に狼男も崖の上から落ちたの。
彼もバッチリ意識があるみたいで、眼下に見える川を睨みつけている。そして、遠くから誰かが私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。ああ、これはシオンだ。合間に、竹蔵たちの声も聞こえてくる。
ごめんね、シオン。ごめんね、みんな。
私、どうやらこのまま死ぬみたい。
考えてみれば、私の本当の両親も、私が小さい頃に事故で崖の上から車でダイブして死んだ。運よく私だけ生き残ったけど、結局こうなる運命だったって訳みたい。
しかしまあ、死ぬ前って本当色々考えられるんだな。僅か一秒の間にすさまじい勢いで色々考えてる気がする。でも、もうそれも終わり。
だって、シオンたちの声の代わりに激しい川の音が聞こえてきて、水しぶきが顔にかかるところまで近づいてきたもん。間違いなく、あと数秒後にジ・エンドに違いない。
私は改めて狼男の首にギュッとしがみつくと、目をつぶる。
そんな私を狼男が慰めるかのように唸り声を一声上げた気がした。
こういう時に誰かが一緒にいるってすごく心強いんだね。とっても、とっても怖いはずなのに、安堵している自分もいてビックリだ。
ねえ、狼男。出会いは最悪だったけど、今この瞬間にあんたがいて良かったと思ってるよ。出来れば、名前知りたかったな。
そうすれば、狼男なんかじゃなくて、ちゃんとした名前で呼んであげることが出来たのに。
さて、ここに至るまでの詳しい話、みんな知りたいよね。
大丈夫。
また今度にはしたりしないで、ちゃんと話すからね。
◇ ◇ ◇
私は走った。
人生の中でこれ以上必死で走ったって事がないぐらい走った。
あっ。
でも、超イケメンで何故か眼鏡スーツの死神に、大鎌振り回されながら追いかけられた時も滅茶苦茶必死で走ったっけ。
まあ、全部イケメン死神による人違いだった訳だけど、この話はまた今度ね。
とにかく走って、走って、走って、走った末に、ようやくみんなの元に私はたどり着いた。
そこは、最後にみんなの姿を見た場所から大分移動していたけど、彼らが通ったと思わしき場所はまるで竜巻でも通り過ぎたみたいになっていて、簡単に後をなぞる事が出来たの。
そうして、脇腹を抑えながら息も絶え絶えの私が見たものといえば……。
う~ん、これってどういう状況?
「うふふっ。みんな、お馬鹿さんなんだからぁ」
実に楽しそうに声をたてて笑う魔女。
「……ふざけんな」
高尾先生が悔しさを声に滲ませて、銃を発砲する。
「この若作りのクソババアがっ!!」
しかし、その発言はいかがなものか。
「……まあ。あらあら」
魔女が笑うものの、その顔はとっても引きつっていた。
「ふんっだ」
「うああっ!?」
また、指先一つだ。
人差し指と親指を使って、ピンっとはねる。
同時に、弾丸がいきなりUターンをして真っ直ぐ先生に跳ね返ってくるけど、その弾丸が先生に当たる事はなかった。
何故なら、すぐ隣にいた竹蔵が帯に挟んでいた扇子でサッと空を扇ぐ動作をしたかと思うと、それは凄まじい風圧となって弾丸を地に払い落としたからだ。
「キャハっ。やるじゃなぁい。坊や」
「……どうも」
竹蔵が律儀にお礼をいい、優雅な仕草でまた扇子を帯に差す。
言っておくけど、あの扇子は紙製で本当にただの扇子なの。一度触らせてもらった事があるから知ってるんだから。
私が持つと本当にただの扇子。竹蔵が持つと途端に凶器と変るのだ。
ちなみに竹蔵、羽織と袴を身に纏い、着物姿だ。全身黒尽くめだけど、襟元から見える半襟と胸元に縫い付けられた家紋は白。羽織紐や鼻緒なんかは赤で統一していて、アクセントが聞いている。
無骨で一昔前の日本男子みたいな弟の梅吉と違って、お母さんに似て現代的でハーフのような顔立ちの竹蔵だけど、凛とした佇まいといい、中々どうして着物姿も似合うのだ。中性的な顔立ちもあいまって、人を寄せ付けない雰囲気がかもし出されていた。
対する梅吉はジーンズにTシャツ、皮製の茶色い上着という格好だけど、捲くった袖の下に黒の手甲を身につけているのが見えた。
シンプルな格好だけど、欧米男性並みに体格のいい梅吉にとっても似合ってる。
「けっ。馬鹿にしやがって」
「挑発に乗るな。それが奴の手だ」
魔女の態度に顔を歪ませる高尾先生を、シオンが冷静に諭す。
ちなみに、この二人も梅吉と同じく普段着だ。いきなり、みんなお揃いの着物姿で来られても困るけどさ。
「……その通りだ。来るぞ」
そして、グルルと唸りながら、シオンに同意したのはなんと狼男。
そう。私が走りに走ってたどり着いた先に待っていたのは、涼しい顔してモデルみたいにポージングを決める魔女を囲むようにして立つ五人の男達。いや、四人の男と一匹の狼。
彼らが交わしあう眼差しや表情、会話の内容はどう見ても敵対している者同士がするものではない。
やだ。もしかして共通の敵を前にして、友情が芽生えちゃったりしたの?
「……言っておくが、この女を片付けたら次はお前の番だからな」
これは、シオン。
「そうそう。覚悟しておけよ。犬っころ」
と、高尾先生。
「少しでも変な動きを見せたら、只じゃおかないよ」
爽やかな笑顔でそう言うのは竹蔵。
「…………」
梅吉、無言で竹蔵の言葉に頷く。
う~ん。友情はどうやら芽生えてないみたい。残念。
「あ~ら。やだ、あなた来ちゃったの?」
私が声を上げる前に、魔女が私の存在に気づいてしまった。
「琴子!!」
いっせいに皆が私の方を向き、声を上げるが、私もまた声を上げた。悲鳴に近い声を。
「駄目ぇ!!?」
みんなが私に気を取られたその一瞬に魔女が動いたのだ。
「――ちょうど良かった。今度こそ試させてもらうわよ」
意味不明な言葉と共に、凄まじい風が魔女の手から巻き起こる。
風は瞬く間に嵐となって私に襲い掛かり、頭から足の先まで全身を包み込んだかと思うと、まるで意志を持ったかのように動きだす。
私は竜巻に飲まれたかのように周囲を取り巻く風の渦にかき回され、悲鳴を上げるもその声さえも風に呑まされてしまう。
フワリ、と体が宙に浮かぶのが分かる。
体の向きが横になり、逆さになり、ぐるぐるとぶん回される。脳みそを直接ミキサーでかき回されてるみたい。
うええっ。気持ち悪い。吐きそう。
翻弄される意識の中で、シオンたちの声が聞こえた気がしたけど、目を開けて確かめる余裕さえ今の私にはない。
そこで、パジャマがめくりあがってお腹どころか、その上まで見せていることに私は気づいてしまった。
……い、やああ~!!??
おもわず目を開けてしまった視界の先にちょうど見えたのは、真っ赤な顔の梅吉。
――ぎゃああ~!! 見ないでよ、馬鹿!! 見ないでったら!!
私の喚き声は風圧に巻き込まれて、ちゃんと聞こえなかったと思うけど、気持ちが通じたのか、竹蔵が梅吉の目を後ろから両手で覆ってくれた。
ありがたい。でも、竹蔵はバッチリ見てる気がするのは私の勘違い? その爽やかな笑顔が今は何故か憎いわ。
まともに目も開けてられないぐらいの風圧を上回る羞恥心に、私は必死になってめくり上がったパジャマを下まで引き下げながらも、周囲を包み込む風の渦が着実に移動していることに気づいていた。
ふと、下を見るとそこは切り立った崖の上。
その側面からは大量の水が放出され、大滝となっている。更に視線を下に巡らしてみれば、ゴウゴウと音を立てる流れの早い川が。その光景に一気に血の気が引く。
まさか、という考えが一瞬脳裏をかすむ。
ただの勘違いでどうにか終わらせたいという私の希望を余所に、魔女の楽しそうな声が一際高く周囲に響く。
「はい。移動終了~っと!」
楽しそうな声と共に一気に風が止んだ。
「ひっ!?」
途端に私の体がニュートンの法則に従って落下する。
それはもう崖の下の川に向かって一直線に。
もう誰もこれを止める事なんて出来ない。シオンたちが止めにはいるのが声と気配で分かったけど、すぐ魔女に邪魔されたのも同時に分かった。
そこをかいくぐって崖の上から身を踊りだしたのが、何を隠そう狼男。
前足を揃え、長い鼻を下に向け、飛び込み選手みたいな綺麗なフォームで飛び降りた狼男はあっという間に私の元に到達する。
咄嗟にその体に手を回したのは、我ながらGJだ。そのまま狼男と私は一緒に黄泉の国への片道切符を手に入れる事になったって訳。




