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 私が般若の形相で睨みつけると、魔女はのほほんと笑う。


「ああん、そうそう。そんな事もあったわねぇん」

「あったわねぇん、じゃない!!」


 私はぷかぷか浮かんだまま怒鳴る。


「あんたの呪いのせいでねえ、私は散々な目にあってきてるんだからね!!」

「あらん、そうなのう?」

「そうなの!! 解いて!! 呪い、解いてよ!!」

「ええぇ~。無理よお」

「どうして! あんた、最強の魔女なんでしょ!? もう復讐とかダサいと思ってるんなら早く解いてよ!!」

「こ、琴。落ち着くんだ」


 魔女のムカつく喋り方も相まって、少々ヒステリックに怒鳴る私を見て、竹蔵がどうどうと手で押さえるような仕草をする。


「だってぇ、ほらあ私って最強じゃん?」

「知るか!」

「その最強の私がかけた呪いだものぉ。解けることなんて絶対出来ないのぉ。それが、例え私自身でもねぇ」

「はああっ!!?」


 訳の分からない理由に、私はますます怒る。


「わたしぃ、あの時すっごい怒っててぇ。滅茶苦茶強力な呪文使ったのお。それってぇ、呪いをかけた本人にも解けないっていう条件で初めて作れる強力な呪いだからあ、あなた生まれ変わっても呪いがかかったままなのよぉ」

「なにそれ!?」


 魔女はにっこり笑い、私は頭を両手でかかえて呻く。


「じゃあ、何か? 月森が死んで、また生まれ変わっても、呪いは永遠にかかったままだと。そう言う事なのか?」


 先生が煙草に火をつけながら、いささか同情気味に私を見る。


「そいうことぉ~」


 魔女がうふふっと笑い声をたてる。


「私ってすごくなあい? こんな呪いかけられるの、全世界の魔女でも私ぐらいよぉ」

「自慢しないでよ~!」


 私は勇ましく魔女に怒鳴るが、いまや涙目だ。


「いいじゃないのぉ。何かあっても、こうして守ってくる人たちがいるんだからあ」


 竹蔵と梅吉を見て、うふふぅっと目尻を下げる。


「いやあん、可愛い。君達、お姉さんと遊ばなあい?」

「嬉しいお誘いですけど、お断りしますよ」


 竹蔵が愛想よく微笑み丁寧に断るが、その目はなんていうかとっても冷たい。

 梅吉も無言で魔女を睨みつけている。

 そして、「……俺は?」 とお誘いがかからなかった先生がふてくされたように小さく呟いた。


「でも、シオンもさすがねぇ。私の術を破っちゃうなんてぇ」


 魔女は次にシオンを見て、感心したように言う。


「……術?」

「やはり、貴様か」


 シオンがギリッと奥歯をかみ締める。


「ここに来るのが遅れてしまったのは、屋敷全体に術が掛けられ、動きを封じられていたからなんだ」

「特に僕にかけられた術は強かった。ごめんよ、琴子」


 不思議そうな顔をする私に、竹蔵とシオンが説明してくれる。


「だってぇえ、面白いじゃない? 狼男に食べられるか否か、助けられるか否か、ギリギリの瞬間だったわよねえ。楽しかったわぁん」


 何か? じゃあ、私はこの女が楽しむためだけに、狼男に襲われそうになった訳?


「ふざけるな! 琴子で遊ぶなよ!!」


 梅吉が怒鳴りつけたかと思うと、手裏剣を魔女に向かって投げつけるも、光の球体に跳ねつけられてしまう。

 パチンっという金属音が部屋に響き、球体を一瞬静電気のような光がおおう。

 床を見れば、落ちた手裏剣を見ることが出来たけど、その形はなんだか歪。溶けているのだ。 

 私はゾッとし、おもわず手を引っ込めて、球体の光りから遠ざける。


「――坊やぁ、おいたはいけないわよぉ」


 魔女が嫣然と微笑む。


 その声は依然として甘ったるいものだったけど、何故か背筋に冷たいものが走った。

 梅吉がハッとしたように息を飲み、僅かに身を引く。竹蔵も梅吉に注がれる氷のような冷たい眼差しに気づくと、かばうように自分より背が高い弟の前に体を動かす。

 高尾先生も銃を改めて握りなおし、煙草を投げ捨てた。

 部屋の中で煙草を捨てるなと叱りたいところだけど、何やら漂う不穏な空気に私も緊張してしまう。

 シオンは、と見ると、彼もまた戦闘態勢をとり、魔女から目を離さない。


「やだあ。どうしたのよぉ、みんな」


 臨戦態勢の男達の様子を見て取り、魔女が口元に手をやってクスクス笑う。


「貴様の目的はなんだ?」


 シオンが唸るように問いかける。

 よくよく注意してみれば、彼の口から鋭い牙が覗き、長くて力強い指の先から尖った爪が伸びている事に気づくだろう。

 こういう時、いやでも意識せざるを得ない。自分の養父が正真正銘のモンスターだって事を。


「私はただ楽しみたいだけ。面白可笑しく生きたいのよぉ」


 誰だってそうだ。

 だからと言って、誰かに呪いをかけたり、術をかけたりはしない。それが世の常識ってもんでしょ?

 悲しいかな、この女は魔女。世の常識なんて通用しない。存在そのものが世の理から外れてるんだから。


「あんたの楽しみに私を……、ううん、他の人達を巻き込まないで。もう私の呪いだけで十分でしょ?」


 私がパジャマ姿でぷかぷか浮かびながら静かに言うと、魔女は頬に人差し指をあて、可愛らしく首を傾げながら微笑む。


「不思議ねえ。生まれ変わって、姿形も変ってるはずなのに、あの娘に似てる。……その父親にも」


 私を見つめる湖を映したかのような青い瞳には、こちらが気後れするような闇があった。

 深い、深い、底なしの沼に引きずり込んでくるような、ゾッとする闇が。


「硬い事言わずに、もうちょっと付き合ってちょうだいな」


 そう言うと、スッと魔女が左手を上げた。


「っ止めろ!!」


 シオンの口から悲鳴に近い声があがり、竹蔵たちも慌てたように体を動かすけど、魔女の方が早かった。

 光の球体が一段と強く発光し、目を開けるのもかなわないはずの光が部屋を、それどころか屋敷全体を包み込む。

 眩い光に私は目を手で覆うけど、なんとか状況を確かめようと瞼を開けた視界に、私同様に目を覆うシオンたちの姿が見えた。そして、その姿がだんだんと薄まっていく。


「……な、何を?」


 小さな私の呟きを、魔女が拾う。


「大人しくしてなさい。移動するわよ」


 もうその喋り方が普通になっている事にツッコミを入れる余裕もなく、私はひたすら身を守るように体を小さくさせる。

 今までに無い経験に、恐怖を感じる間もない。

 バチバチという音が鳴り、球体の輝きがいっそう増す。そして私は気づく。薄まっていくのはシオンたちではなく、自分のほうだと。

 この場から、私の存在がなくなろうとしているのだ。



 ――助けて。



 私の願いは、声にならなかった。



 まるで、その声が聞こえたかのように、今にも消えゆく球体に飛び込んできた者がいた。

 突然のことに私も驚いたけど、魔女の方がより驚いたみたい。目を見開き、口を半開きにする。


「!? なっ?」


 僅かに動かした手は術を止めようとしたのかもしれない。

 しかし、もう既に時は遅く、術を発動した本人にさえ止められなかった。

 私達三人を包み込んだ球体は今までで一番強い輝きを放った後、まるで何もなかったかのようにその場から消え、それと共に私達の姿も消え去った。



 私と、魔女。そして――。



 深い森の中、私はパジャマのまま芝生の上に座り込み、ボロボロの姿になってしまった、その人の頭を膝の上にのせて優しく撫でる。

 鉄製の手裏剣を跳ねつけ、溶かすほどの力を持つ光りの球に無理やり入り込んだ事が、どれだけ体の負荷にかかるか分からない。それでも、この男はやったのだ。

 私は空を仰ぐ。

 不思議。さっきまで夜だったのに、頭上には美しい青空が広がっていた。

 もしかしたら、ここは日本ではないのかもしれない。私は溜息をつきながら、視線を元に戻し、長い睫を閉じて眠る男を睨みつける。

 ちくしょう、寝顔まで綺麗だぜ。いや、気を失っていると言ったほうが正しいのかな。

 美しい髪に手を入れ、その柔らかさに驚く。女の私を差し置いて妬ましいというか、いっそ羨ましいぞ。


「あらん、まだ目が覚めないの?」 


 魔女が相変わらずのセクシードレスで森の中から出てきて、全裸で眠り続ける男を見つめる。

 全裸っていっても、魔女のマントを拝借して大事なところは一応隠してるけどね。


「狼男って結構やわなのね」


 私を襲いに現われたところまではいいとして、魔女が部屋に現われてからというもの、すっかり存在を消していたというのに、最後の最後になってやってくれたぜ、こいつは。

 起きないのをいいことに、私は頭を撫でていた手を動かして、限りなく二次元に近い三次元の顔をペシっと叩く。

 シオンもたいがいしつこいと思ってたけど、こいつも相当だ。そんなに、私の心臓を食べたいのか。いや、人間に戻りたいのか。



「さあて、お次はどうしようかしらねん?」



 魔女がうふふっと笑い、私も乾いた笑いを返す。



 ……本当、どうしよう?



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