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 それでも、私は悩む。



 シオンのほうでも、大学卒業までは駄目だけど、高校卒業までだったら我慢しないこともないと、あれから更に話し合って渋々言ってくれた。

 とりあえず、十代の花嫁が良いらしい。あのロリコンめ!


 十六歳の誕生日まで残り三日。


 狼男は依然、私の命を狙っている。

 こうなったら、ロリコンなのは否定出来ないけど、シオンと結婚すべきなのかもしれない。

 そうすれば、あのフルチン野郎が私に手を出す事は出来ないはずだ。高校どころか大学卒業まで待ってたら、いつ狼男に食べられちゃうか分かったもんじゃないもん。


「……どうしよう?」


 私が頭を抱えて唸っていると、竹蔵が苦笑した。


「狼男から逃げられるし、永遠の命も得られる。普通ならもう答えは一つのような気もするけどなあ」

「そりゃあ、利点もあるよ! でも、でもさ……」


 言いよどんでいると、竹蔵が少しだけ悔しさを含ませて言った。


「琴の悩みは分かる。僕だって本音を言えば、百パー賛成しかねない」

「じゃあ、どうして……」


 竹蔵は常にシオンよりだったから、私は戸惑う。


「僕はずっと小さい時から見てきたけど、正直、琴の不運っぷりは半端ない」


 否定出来ない事実に、私はぐうの音も出ない。

 私の不運ぶりは、シオンの次に竹蔵がよく知っている。

 実際、何度も、何十回も、もしかしたら何百回も、竹蔵は私の不運現場に立ちあって自らも危ない目に合ってきているのだ。


「僕も出来る限り助けようとしてきたよ。でも、それにも限度があるのかなって思うんだ」

「竹蔵。私……」

「ああ、別に琴を責めてる訳じゃないよ。おかげで中々経験出来ないことさせてもらってるし、修行にもなってるからね」


 超不運な私といる事が、竹蔵にとっては大きな負担になっていたのかもしれないという不安で、苦しげに刻まれていた眉間の皴が、あたたかな微笑と声によって綺麗になる。


「シオンの信頼を得られたことで、その方面のコネも出来たし」


 その方面のコネって、やっぱモンスター関係かしら? 

 竹蔵ってば、綺麗な顔して中々やり手なのね。

 そもそも、あのシオンに信頼されるってこと事態、とてつもない快挙だ。


「たださ、そういった裏の世界や、琴にかかった呪いの強さを知れば知るほど、自分一人の力だけでは琴を守るのは不可能だって思い知ったりもした」


 竹蔵が溜息交じりに自分の頭に手を伸ばして、軽くかき回す。

 少しウェーブがかった柔らかそうな茶色い髪は私の髪質とまったく違っていて、昔も、今も羨ましい。

 顔にかかった前髪の合間から見える透明感のある茶色い瞳が何やら色っぽくて、ちょっとドキドキしつつ、竹蔵が私の事を本当に考えていることが分かって嬉しくなった。


「シオンはやっぱり強いんだよね。吸血鬼どころか、モンスター内でも支持があるのがわかるよ。彼がいなかったら、琴はとっくに死んでたかもしれない」

「……うん、そうだね」

「だから、僕は反対出来ないんだ。シオンの仲間になることが琴にとって最善なような気がして、安易に否定することが出来ない。まあ、今すぐにっていうのは考えものだけどね」


 シオンが今までしてきてくれた事を考え、ロリコンなんて思って悪かったなと沈む私の気分をはね飛ばすように、竹蔵が冗談っぽく笑った。


「……まだ分かんないだろ?」


 押し殺したような声の持ち主は、梅吉だ。


 今、私達がいるのは竹蔵の自室。私と竹蔵の話を部屋の隅に座ってずっと黙って聞いていた梅吉が放った言葉に、私はすぐに反応できなくて戸惑ってしまったけど、竹蔵は違った。


「何がまだ分かんないだい? 梅吉」


 何やら不満そうな顔の弟に優しく尋ねる様子は、やっぱりお兄ちゃんなんだなって思いだせるもので、あんまり似ていない二人だし、ここ十年ほど二人一緒にいる姿を見ていないので、私としては違和感があったんだけど、そんな気持ちはすぐに吹き飛んでいった。


「まだ分かんない。もしかしたら琴子の呪いは解けるかも知れないし、あの狼男だって今度来たらぶちのめしてやるさ。他の連中だってそうだ。何も、吸血鬼になったり、あいつと結婚することないだろ」


 下を向きながら一気に喋ったと思うと、梅吉がパッと顔を上げた。

 私を真っ直ぐな瞳で見つめてくる。


「……それとも、あいつのこと好きなわけ?」

「……へ?」

「あのオッサンだよ。好きじゃなきゃ結婚出来ないだろ?」

「えっと、まあ……そうだね」


 私は頭をかきながら曖昧に頷く。


 シオンのことは好き。でも、それは異性としての“好き”じゃない。

 梅吉の言うとおり、好きでもなんでもない人と結婚なんて出来ない。

 だけど――、だけど分かるの。散々、シオンとの結婚を嫌がっていた私だけど、今なら分かる。

 この今までになく絶対的に追い詰められた状況下で、何の取り得もない私としては藁にでも縋るような気分で、シオンに頼ってしまう。

 それが例え、人間としての生と純潔が引き換えだとしても、魅力的な提案なのだ。


「好きって言っても、お父さんに対しての好きに近いけど。でも……」

「でも、何だよ!? だいたい、お父さんみたい? 何だよ、それ? あいつがロリコンだったら、琴子はファザコンだよな!」

「なっ……。何よ!?」


 私は唖然とした後、すぐにキッと目を吊り上げる。


「梅吉に私の気持ちは分かんないよ!」

「ああ、分かんないね! 分かって堪るか! お前も、あの変態も、竹兄も絶対変だ。俺は認めないぞ!」

「別に、梅吉に認めてもらわなくてもいいもん!」


 私は珍しく饒舌な梅吉を睨みつけると、向こうも負けじと睨みつけてきた。

 変なの。いつも私と目が合うとすぐに目を反らして来たくせに、何なのよ!?


「……まあまあ二人とも」


 睨みあう私達を呆れたように見ていた竹蔵だけど、自分の役割を思い出したようだ。

 落ち着かせるように両手を上下に動かすものの、すぐにクスクス笑い出したので、私も梅吉もちょっと気が削がれたようになって、竹蔵を見つめた。


「ははっ……。いや、ごめん、ごめん」


 目尻に浮かんだ涙を指でこすりながら、竹蔵が心底可笑しそうな顔を作る。


「いや、二人が喧嘩するのって初めて見たし……。というか、梅吉がそんな風に怒るのも、喋るのも初めて見たなあ」


 お喋りな梅吉は、お兄ちゃんの竹蔵にとっても珍しかったらしい。

 梅吉が途端に居心地悪そうになり、大きな体を落ち着かせなく動かせる。


「琴、これだけは分かって欲しいな。梅吉も僕と同じぐらい、君の事を心配してるんだ。ただ、考え方が違うだけ」

「それは……もちろん分かってるけど」


 竹蔵に優しく見つめられ、私は両手を膝の上で握り締めながらつい俯いてしまう。


「梅吉もだよ。気持ちは分かるけど、そんな頭ごなしに反対したら、琴だって嫌な気持ちになるさ」

「……ごめん」


 しょぼくれた顔で謝る梅吉はいくら竹蔵より背が高くなろうと、やっぱり弟みたい。


「うん、もういいよ。でも、琴にもちゃんと謝るんだ」


 竹蔵が柔らかく、それでもハッキリと言う。

 瞳に宿る強い光には逆らえないものがあった。

 梅吉は少したじろいだ様子を見せたものの、すぐに顔を引き締めて私に向き直った。


「琴子も……ごめん。俺が悪かった。本当にごめん」


 胡坐をかいた姿勢で深々と頭を垂れる梅吉の姿を見て、私は逆に慌てる。


「えっ、そんな! 謝らないで! 私もごめんね。怒ったりして」

「でも、俺は」


 私の言葉を遮るように、梅吉が真剣な面持ちで顔を上げた。


「琴子が吸血鬼になるのも、あいつと結婚するのも絶対反対だからな」

「……梅吉」

「あの狼男が襲って来たら俺が守るし、他の連中だってそうだ。不運体質だっていうのも気にしない。何があっても俺が守ってやる」



「……いいねえ。愛する者を守るため、若者は戦うってか?」



 いつの間にやら部屋に入ってきていた高尾先生が煙草の煙を吐き出しながら、にやりと笑った。


「おっ……あっ。べ、別にそんなつもりはっ!」


 首筋まで赤くして、梅吉がどもるので、なんだか私まで赤くなる。


「あ、あ、愛する者って、当然だろ? 琴子は幼馴染なんだから。い、妹みたいなもんだよ!」


 梅吉が赤くなった顔を落ち着かせるように、手の平で顔をさすりながら必死で喋る。


「変な野郎が近づいたり、危ない目にあったら助けなきゃ……。あ、兄貴としてさ」


 自分自身を納得させるように梅吉が何度も頷き、私もコクコクと同意する。

 そんな私達を見て、先生と竹蔵は顔を見合わせて苦笑するだけ。その意味を私はまだ分かろうとはしなかった。



 ◇ ◇ ◇



「……月森よお、せっかくの機会を自分達自身で台無しにしたりして、先生は後で後悔しても知らないぞ」

「何の話ですか?」


 私はちょっとムキになりながら口を尖らす。

 竹蔵の部屋からの帰り道。高尾先生と長い廊下を歩きながら話す。

 ちなみに、シオンは居間で竹蔵の両親と何か話しこんでいるらしい。


「変態ロリコン野郎と結婚するだけが、人生じゃないってことさ。まだ若いんだから、可能性は無限大だ。それしか道がないって簡単に決め付けんのは早すぎるぞ」

「……でも、他に選択はないのかなって思うし」

「だから、それが早計だって言うんだよ」


 高尾先生の薄い唇がくの字を描く。


「確かに、お前は厄介な問題を抱えてる。あの変態の案に乗るのも手だ。でも、それだけしかないって思い込むのは駄目だぞ」

「じゃあ、先生は何か考えがあるんですか?」

「無い」


 先生が即答する。

 何よ。ちょっと期待した私が馬鹿みたいじゃない。ムッとなって先生の横顔を睨みつけると、思いのほか優しい眼差しが返ってきた。


「ただ、狭い世界に収まって欲しくないっていう先生心だよ」

「……吸血鬼になることが、狭い世界に収まるって事なんですか?」


 もしかしたら始めて見るかもしれない高尾先生の真剣な様子に、私もつい背筋を伸ばす。


「どうかな? 正直分からん。吸血鬼になれば永遠の命と若さがもらえるし、狼男も諦めるだろうし、お前の厄介な体質に対しても役立つことだろうな。けど……」

「けど?」

「お前は、そうなったらもう人間じゃない。モンスターだ」


 廊下の真ん中で立ち止まって私をじっと見つめる。


「俺は職業柄、今まで色んなモンスターを見てきた。それで分かった事は、どんなに見かけが人間でも奴らはモンスターだってことだ。決して人間とは違う。人間達から厭われ、嫌われる存在。それも永遠に。お前にそれが耐えられるのか?」

「私は……」

「月森。安易に人生を決めるな。お前自身が、お前の人生の指導者であり、責任者であり、主人公なんだ。現実から目を背けて逃げに走るあまり、簡単に物語を終わらせるべきじゃない。どうせなら、ハッピーエンドを目指してみろよ」


 私が吸血鬼になる選択。

 シオンにとっては、ハッピーエンドだろう。

 じゃあ、私にとっては? 私の幸せって? 私がモンスターになったら、私の物語は終わってしまうの? 狭い世界の中で?


「……とまあ、ちょい恥ずいこと言った気がするが、俺はあの忍者小僧の意見に賛成ってことだよ」


 私がぐるぐると悩んでいると、高尾先生が少し照れたように苦笑した後、がしがしと頭を大きな手で撫でてきた。


「それに、月森が吸血鬼になっちまったら、俺は職業上お前を狩らなきゃいけなくなる。先生としては、そいつは避けたい事態だ。あの変態野郎だったら、いつでもOKだけどよ」

「……先生ってば、シオンのこと嫌いなの?」

「ロリコンなのが許せないだけだ。あと、金になるしな」


 私が悪戯っぽく聞くと、高尾先生は素っ気無く肩をすくめる。


「本当なら、あの狼男と一緒に変態吸血鬼も捕まえることが出来たら、それこそひ孫の代まで遊んで暮らせるんだけどな」

「私が吸血鬼なるかはまだ分かんないけど、シオンを捕まえるのは許さないからね」

「ああ、分かってるよ。お前の大事な親父さんだからな」


 親父さん、かあ。

 そうなんだよね。シオンはやっぱり私のお父さん。それ以外の対象には見られない。……今はまだ。



「もしかしたら、これが最初で最後の進路相談になるかもしれない。よく考えとけ」



 また俯き加減で考え込んでいる私の頭をぽんぽん叩いてから、高尾先生は一人で歩き出して行ってしまった。

 その背中に軽く頭を下げながら、先生のことをちょっと見直してしまったのは内緒。




 ◇ ◇ ◇




 竹蔵の家に泊まる時いつも用意される和洋折衷な客間で、私は眠りの支度に付く。

 何が自分にとって一番最善なのかを考える。ぐるぐると考える。

 チクタクチクタク。時計の針が鳴る部屋で考える。

 答えは中々得られず、時計の針はいつの間にやら丑三つ時。

 狼男がいつ襲ってくるかもしれない恐怖もまだ残っているけど、私が今いるのは陰陽師一家の住家。本物の陰陽師に、忍者、吸血鬼、モンスターハンターまでいる。

 さすがの狼男も私を襲うどころか、家に侵入することも出来ないだろう。

 今はただ、考えることに集中するんだ。私のアンハッピーライフを、ハッピーエンドにするために!



 ……と、思っていたのに、何故か私は襲われた。誰にかって? もちろんあいつよ。



 私はガクガク震えながら、私の体をまたぐようにしてベッドの上に立つ男を見上げる。


「……あ、あんた」


 今まで見たことほどがないほど美しい男が、美しい笑みを、美しい顔に乗せる。


「もう逃がさんぞ、小娘」


 狼男が嫣然と微笑んだ。

 その様子は悔しいけど、本当に綺麗なんだ。一時停止して、ずっと見ていたいぐらい。

 でも、こいつはモンスター。

 高尾先生の言うとおりだ。どんなに見かけが人間らしく、類まれなほど美しくとも、その中身は凶悪なモンスター。

 私を見つめる瞳の冷たさはまるで氷のよう。見つめられると、こちらの心まで凍りつきそうだ。



 十六歳の誕生日まで残り二日を切った。



 今度こそ、私の命は危ないらしい。




 ……っていうか、みんな何やってんのよ!? 早く助けにきて!!



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